「きゃあぁぁぁ!!気持ち悪いぃぃぃ!!」
うねうねと真っ赤な無数の触手が俺たちに向かってくる。
巨大なヒマワリの花のような魔物が、器用に根っこらしき部位で自走しながらべたべたしてそうな触手を振り回している。
「タイセイさん!!そいつは音に反応して襲ってきます!!目は無いけど耳が良いんです!!」
花(鼻)なのに耳が良くて芽(目)が無いとはこれ如何に?上手い!座布団1枚!
「そんなこと言ったって!!――きゃあぁぁぁ!!」
さっきから情けない悲鳴を上げているのはタマちゃんではなくて俺。
昔から「くにょくにょ」したものが大の苦手なのだ。
蛇とかミミズとか、ミミズとか、ミミズ!!
――ずぞぞぞぞ
何か小さい触手をめちゃめちゃうにょうにょさせながら移動してくる様子は鳥肌を通り越してサメ肌になるほどに気持ち悪い!!
今ならわさびも綺麗に下ろせる!!
「ふにゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
触手の一本が俺の目の前を通り過ぎた。
トイレの芳香剤で嗅いだことがあるような甘い花の匂いがした。
その匂いが余計に気持ち悪さを際立たせる。
今すぐにここから逃げ出したい!!いや、すでに逃げているけども!!
こいつを視界に入れたくない!!
でも、タマちゃんを置いて逃げるわけにもいかな――
「みゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
触手が連続で俺を襲ってくる。
顔を、身体を、腕を足を――うにょうにょうにょうにょうにょ……
「何で俺ばっかり狙ってくるんだよ!!」
あ、俺が叫んでるからか。
声に反応するんだから俺が叫ばなければ――
「ぴょおぉぉぉぉぉ!!」
無理ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!
「タイセイさん!もっとそいつから距離をとってください!!タイセイさんが近すぎて狙えません!!」
タマちゃんはどこかの木の上から狙っているようだけど、俺が振り切れないままでびびりまくっているせいで狙えないらしい。
しかし、そんなことを言われても、こいつの触手が気持ち悪すぎて身体が上手く動かないんだわ!!
それに、こいつの動きが速すぎるというのもある。
Cランク以上の魔物だというのは戦闘開始時に「ダービージョッキー」が発動したことで分かるけど、ステータスが倍になった状態でも動きが速いと感じるということは、こいつの強さはあのキマイラ以上ということになる。
「いっそ燃えちまえぇぇぇ!!」
植物だろ?ファイヤーボールでよく燃えるんじゃね?
その気持ち悪い触手丸ごと灰塵と化せやー!!
「駄目です!!タイセイさんの魔法でそんなことしたら、この森が大火事になります!!」
俺の仕草から魔法を使おうとしているのを察したタマちゃんが叫ぶ。
ここは森の中の少し開けた場所だけど、周囲は木に囲まれている。
確かに狩猟祭を経てレベルの上がった俺の魔法だと周囲の木に燃え移る可能性は極めて高い。てか、絶対に大炎上する。しかも今の精神状態で威力を加減することも正確にコントロールすることも出来る気が全くしない。
「こいつは私がやりますから!タイセイさんは早く離れて!!」
「うみょみょみょみょ!!」
そんなこと言ったって――
「うひゃほわひゃー!!」
こいつが逃がして――
「ぴょぴょぴょぴょー!!」
くれないんだよ!!
いっそ俺ごとやっちゃってほしいくらいの気持ちだわ!!
「分かりました!!」
「分からないで!!あと、勝手に人の心を読まないで!!」
「コノツギ王国?」
「はい。この国から北へずっといったところにある隣国です」
初顔の受付嬢は丁寧な口調でそう説明してくれた。
新入りさんかな?
身長は低めだけど、とても上品な雰囲気のある若い女性。
落ち着いた感じのメイクも好感がもてる。
好きだ!!
彼女が説明してくれている依頼内容は商人の護衛依頼。
目的地はコノツギ王国。
募集人数は2人。適正ランクC以上。
募集人数が2人?しかも護衛依頼でCランク以上の指定付き?
何か訳アリの依頼なのか?
「移動に使っている馬車が小さいので、少数精鋭という依頼者の希望です」
なるほど。そう言われたら納得できる。
「今この国にいるCランク以上の冒険者で2人パーティーはタイセイ様とタマキ様だけなのです。依頼者の方もお急ぎのようなので、どうか受けていただけないでしょうか?」
「受けます!!」
即答するタマちゃん。
タマちゃん?どした、急に目をハートにして。
「タマちゃん?もしかしてまた借金を――」
「違います!!今の私は全ての借金を完済して清廉潔白、品行方正、謹厳実直な真っ白な体です!!」
多分それの使い方間違ってるよ。
尻尾は三毛柄だし。
「コノツギ王国といえば、漁業の盛んな港が多くある水産物で有名な国なんですよ!!新鮮なお魚が食べられるんです!!」
あ、ハートじゃなくて目が魚の形になってるわ。
「私の中の1%の猫獣人の血がお魚を求めて叫んでいるんですよ!!」
陸に住んでる猫が海にいる魚が好きっていう矛盾に多くの人は気付いていまい。
おばあちゃんのとこの猫は魚嫌いだったしな。
「まあ、俺も久しぶりに新鮮な魚を食べたいし、この依頼受けようかな」
そういえばこっちの世界に来てから一度も魚を食べてないや。
「受けようかなじゃないです!受けます!!」
「……じゃあ、お願いします」
俺が受付嬢に受諾の意思を伝えると、彼女は依頼人に連絡を取ってから日時の調整をしますと言ってきた。
「おそらくは明日、明後日の出発になると思いますので、それまでに準備の方をよろしくお願いします」
「本当に急いでいるんですね。分かりました。じゃあ今日は他の依頼を受けずに準備にあてよう」
俺は依頼書を受け取りながらタマちゃんにそう言った。
「おっさかな!おっさかな!」
「行くよ……タマちゃん。じゃあ、依頼人の方への連絡の方はお願いしますね」
「はい。かしこまりました」
浮かれていてすでに全く話を聞いていないタマちゃんを全然気にすることも無く、表情一つ変えずに受付嬢は上品に頭を下げていた。
これが出来る女というやつか。
「じゃあ、ラバンダさん!お魚食べに行ってきます!!」
帰り際にタマちゃんが受付嬢に向かって元気に手を振った。
いや、魚食べに行くわけじゃないし、そもそも今日はまだ出発じゃな――
――ラバンダ?……ラバンダだと!?!?!?
俺はあまりに驚いて全力で振り向いた為、首から「グギィ!!」と凄まじい音がした。
「ぬおぉぉぉ!!」
首を押さえてうずくまる俺の視界には、こちらに笑顔で手を振る受付嬢の姿があった。
その笑みに微かなラバンダの面影を覗かせながら……。