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第53話 お魚くわえたドラ猫~♪

「どうも初めまして。ギルドでご依頼を受けた冒険者のタイセイとタマキです。よろしくお願いします」


 どうやら本当にかなりの急ぎだったらしく、あの後宿屋に帰ってきていた俺たちの下にラバンダからすぐに連絡が入り、出発は翌日の朝という事になった。

 翌朝、俺たちが伝えられた集合場所に到着した時には、すでに依頼人の商人が小型の馬車と共に待機していた。


 俺たちが護衛依頼を受けるのは2回目。

 前はコモドオオワーム退治の後に、近くのナニカールの村に行くというケチな商人の依頼を受けたのが1回目。

 ちなみに特に何かあーる事も無く、ただ嫌味なケチ商人を運んだだけの簡単な依頼だった。

 終わった後に、タマちゃんがずっと商人の文句を言っていた覚えがある。


「これはこれはご丁寧に。私はコノツギ王国で行商人をしております、サカナウールと申します」


「えっと、漁業関係の方ですか?」


「はい。よく分かりましたね」


 生まれた時から職業が決められた名前ってどうなん?

 たまには魚以外も売りたくならないの?

 まあ、コノツギ王国は漁業が盛んな国って話だから、そういう関係の名前を付けることもあるかもしれないけど……そうか?


 こらタマちゃん。そんなに荷台の匂い嗅がないの。


「今回はお急ぎのご依頼との事でしたが、何か注意しておいた方が良い事はありますか?」


 少しでも気になる事は聞いておかなきゃね。


 タマちゃん。勝手に荷物開けちゃ駄目。


「急ぎというのは私の商品の事が関係しておりまして……。今回の行商はご贔屓にしていただいている村へ新鮮な魚をお届けするのが目的だったのですが、いざ村へ着いてみると、取引相手の村長さんが何やら勝手に村のお金を使い込んでいたとかで捕まっておりまして…」


「はあ?村長さんが捕まった?どこの村の話ですか?」


 横領とかってことかな?この世界でもそんな事件があるんだな……。


「ウラノ村のカオアール村長です」


 ぐはあ!!

 あいつかあぁぁぁ!!


「どうやら、村の人からギルドへの依頼目的で集めたお金を横領していたとかで…。そう考えると私から買っていた商品の代金もそこから出ていたのかと思ってしまって…」


 ギルドへの依頼金が少なかったのはそういうことかあ!!

 それで帰る時に――


「はい!何かあった時は必ず依頼いたします!!絶対に!!明日にでも!!」


 あんなにテンション高かったんだな……。

 また魔物が出たらお金が集まると思って……。


「そう考えると今回持ってきた商品も他で売ってしまう気にならなくて……」


「……お気持ちお察しいたします」


「ありがとうございます。もちろん氷の魔石を使ってしっかりと木箱の中に密封しておりますので、国に戻るまではギリギリ大丈夫だとは思います。それからだとこの魚は売り物にならないので、国に帰ってから近所の……あっ!」


「――え?」


 サカナウールさんが馬車の方を見て声を上げる。

 あ……そういえば……途中から忘れてたな。


 俺たちの視線の先には、お魚くわえた猫娘が嬉しそうに立っていた。


 当然、箱の中の密封状態も解かれていた。




 馬1頭引きの小さな馬車。その馬車の荷台は当然狭い。

 そこには大きめの木箱が3つ。そして俺とサカナウールさんが座ってギリギリといった感じ。

 幌で囲われた荷台の中は生臭い魚の匂いが充満していて、ゆっくりと移動する馬車の起こす風が吹き抜けた程度ではどうにもならない。


「本当にすいませんでした……」


 ほとんど膝をつき合わせるような距離に座っているサカナウールさんに何度目かの謝罪の言葉を口にした。


「いえいえ、本当にお気になさらないでください。さっきは言いそびれましたが、この魚を売るつもりは無くてですね。帰ったら近所の人にでも配ろうかと思っていたんですよ。ですから、魚が駄目になったとしても問題ないってことです」


 サカナウールさんはタマちゃんが開けた木箱を急いで閉じ直したのだけど、力ずくで開けていた為か、ところどころ蓋が破損していて、元の様に完全に密閉にすることが出来なかった。

 一応は魔石の力で冷えているようだけど、これだけ匂いが漏れ出てきているということは、やはりどこかに隙間があって、少しずつは溶けてきているんだろう。前のような冷却効果は期待できそうになかった。


「それでも――です。私たちが受けた依頼はサカナウールさんの護衛です。でも、その依頼人の財産を守るのもその依頼の内だと思っています。それを……まさか……」


 俺はそこまで言って、馬車の御者席で手綱を握っているタマちゃんを睨む。


「ごめんなさぁい……」


 ほとんど真後ろで話をしているから、ここまでの俺たちの会話は当然タマちゃんにも聞こえていた。

 申し訳なさそうに背中を丸めて、消え入りそうな声でそう言った。

 まさに猫背。


「どうしても猫獣人族の血に抗えなかったんですよぉ……」


 耳だけのなんちゃって猫耳娘が何を言うのか。

 せめて語尾ににゃんを生やしてから言いなさい。


「まぁまぁ。本当に私は気にしておりませんから。そんなにタマキさんを責めないであげてください」


「ほらほら!サカナウールさんもこう言ってくれてますし!」


「タマちゃん!」


「はい……すいません……」


「ポケットの中に隠している魚が匂ってきてるよ」


「バレてた!!」


 風上に魚があるんだから、そりゃずっと匂ってきてるよね。

 てかいつ食べるつもりだったの?腐っちゃうよ?


 サカナウールさんはそんな俺たちのやり取りを、ずっと優しい笑みを浮かべて見ていた。

 本当に良い人だ。


 そんなふわふわした空気の中、馬車はゆっくりとコノツギ王国へと向かっていった。





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