コノツギ王国の王都コレカラは、タブンナに比べてやや控えめな規模に思えた。
それは王都を囲う城壁の長さもそうだけど、実際に中に入ってみると、歴史を感じるような古い建物が多くあったのも理由かもしれない。
アルデナイデの中でも歴史の古い国ということで、街の作り自体が当時から残されたものなのだとサカナウールさんが道中教えてくれた。
「歴史が古い分、学問や魔法の研究分野に関しては大陸一を謳ってます。この国には各国から多くの研究者や学者さんたちが集まっているのですが、商人の私からしたら学者さんは商売相手に向かないので……」
研究畑の人たちはあまり食に興味が無く、わざわざ調理しないと食べられない生魚を買う事は少ないのだとか。
それに加えてコノツギ王国は漁業で生計を立てている人が多すぎて、その漁獲量を国内では到底さばききれないらしい。
それで魔物に襲われるかもしれないというリスクを承知ながらも、仕方なく他の国への行商を始めたとの事。
すでに大手の商会が他国との貿易レベルの取引を行っている為、個人で売り歩くのは相当大変なことで、今回のカオアール村長のように個人で定期的に買ってくれる顧客は貴重だったのだとか。
サカナウールさんの説明に少し引っ掛かるものを感じたけど、それが何なのかは分からなかった。
海が近いせいか街の中を進んでいても潮の香りがするような気もするが、さすがは漁業の国というか、そこかしこに魚を売ってる店があるので、そこに並んでいる魚の匂いかもしれない。
店先には木箱がいくつも置かれていて、それはこの馬車に積まれている木箱と同じように氷の魔石を使った冷蔵庫なんだとか。
そういえば、この世界に来てから海を見てないな。帰りに海に寄ってから帰っても良いかな?
一応その希望を伝えようとタマちゃんに声をかける。
「ねえタマちゃ……あれ?タマちゃん?」
さっきまで御者席にいたタマちゃんの姿が見えない。
つまり馬車は運転手不在で街の中を進んでいた。
馬はゆっくり、かっぽかっぽと――
「ええぇぇぇ!!」
冷静に状況を解説してる場合じゃねー!!
慌てて御者席に飛び移って手綱を握る。
馬は俺の大声に少し驚いた様子だったが、特に暴れ出すようなことはなく、軽く手綱を引くと大人しく馬車は停止した。
セーフ!!
「どうしました!?」
サカナウールさんが俺の突然の行動に驚いて荷台から顔を出してきた。
「……あれ?タマキさんは?」
さて、何と答えるべきか……。
そもそもタマちゃんがどこへ行ったのか俺も知らないんだし。
「すいません。ちょっと目を離したすきに姿を消してしまって……」
正直に言う以外、何も思いつかなかった。
そう、嘘は良くない。
「そう……なんですね」
サカナウールさんもこれには苦笑するしかない。
そりゃそうだろうね。
依頼者の乗った馬車を運転していた猫娘が、突然一言もなくいなくなったんだから。
「すいません……。もしかしたら、魚の匂いにつられていったのかもしれないです」
匂いだけじゃなく、ちょっと周りを見ればすぐに現物の魚が店先に並んでいるんだから。
あの猫娘ならあり得る。
なんちゃってのくせに。
「ははは。彼女ならあり得そうですね。この街はどこに行っても魚の匂いがしてますから」
それにしても馬車をほったらかしにしてまで?
自分で言っておいてなんだけど、タマちゃんだからで片づけるにはちょっとおかしな気がする。
すぐ後ろの荷台にいた俺たちに気付かれずに姿を消したタマちゃん。今のタマちゃんの強さを考えると何者かに襲われたとしても無抵抗で連れ去られるとは思えない。すぐ傍にいた俺たちに気付かれることなく一瞬でというのは無理があるんじゃないだろうか?しかし、この国にそれが出来る能力を持った敵がいる可能性もある。そんなことを考えていくと、タマちゃんが何かヤバい事件に巻き込まれているんじゃないかと嫌な胸騒ぎがした。
いくら心配とはいえ、護衛依頼中に依頼人を放置して探しに行くわけにはいかないし、サカナウールさんに変に心配をかけるのも良くない。手綱を握る手にも自然と力が入る中、俺は周囲を警戒しながら馬車を進めていった。
コノツギに着いたばかりの俺たちがいきなりこの国の人の恨みを買ったはずはない。
それならタマちゃん個人を攫うことが目的だったのか?
ただの誘拐にしてはかなりの手練れが相手にはいることになる。そこまでの戦力のある相手が、ただの猫耳娘を日中の街中で危険を侵してまで攫う必要があるのだろうか?
やっぱりタマちゃんが自分からどこかへ行った可能性が高い。
俺たちに何も言わずに、馬車をほったらかしてまで消えた理由……。
いや、それが分からないから誘拐説を考えていたんじゃないか。
思考が同じところを回ってるな……。
「タイセイさん。ここで構いませんよ」
サカナウールさんの声にはっとする。
いろいろと考えていたせいで、全くどう進んできたか記憶がないままにサカナウールさんの店舗兼事務所前に到着していた。
店舗といっても、ここで仕入れた魚を売っているわけではなく、仕入れ専門の卸問屋的な店舗らしい。普段はサカナウールさんが一人でやっているので、行商に出ていた今は入り口の扉に「CLOSED」の札が下げられていた。
「どうもありがとうございました。おかげさまで無事に帰ってくることができました」
「いえ、道中は特に何も無かったですから……。それに荷物の件もありますし、最後はその犯人のタマちゃんもどこかに消えちゃいましたし……いろいろとすいませんでした」
護衛依頼は達成かもしれないけど、まだいろいろともやもやしたものが残っている。
「荷物の件は早く忘れてくださいね。こちらとしても今後の酒の席での良いツマミ話が出来たと思ってますから」
そう言って笑うサカナウールさん。
本当に良い人。惚れる。
「それに道中にしても、タマキさんが何か無いようにと周囲に気を配りながら運転してくれていたでしょう?だから無事に帰ってこれたんですよ」
……タマちゃんが「気配察知」を使いながらだったことに気付いていたのか。
「タマキさんの事なので大丈夫だとは思いますが――なにぶん初めての街ですし、タイセイさんも心配でしょうから、早く捜してあげてくださいね」
そう言いながら、依頼完了のサインを書いた依頼書を渡してくれた。
「そう――ですね。とりあえずどこかの魚屋でも捜してみますよ」
「ははは。それなら大きな店とかにいそうですね。あ、その荷物は中身が入ったままだから、店の奥に運んでおいてくれ」
閉まっていた扉が開いて、その中から顔を覗かせた若い男にサカナウールさんが指示を出す。男は軽く無言で頷くと、感情の感じられない視線を俺に向けてきていた。
「じゃあ、俺はこの辺で。どうもありがとうございました」
「はい。こちらこそありがとうございました。また次に同じような事があればタイセイさんたちを指名させていただきますね」
最後の最後まで、本当に丁寧なサカナウールさんだった。