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第55話 猫娘失踪事件 推理編

 さて、急に消えてしまったタマちゃんだったが――


「俺たちを召喚したくらいだから、人を転移させる魔法とかあっても全然不思議じゃないよな」


 考えられる可能性としてはそれが一番ありそうに思える。

 それに気になることもあるしな。


『個人が行使することにより、他人を別の場所に転移させるような魔法はこの世界にはありません』


 おお、久しぶりにナビが仕事しようとしてるな。

 最近大人しいから忘れるところだった。

 つまり術者が直接タマちゃんに魔法をかけて転移させたんじゃないって事ね。


『ただし、転移陣のように元から転移の術式が組み込まれていれば、術者が指定した場所へ移動させることは可能です』


 ほお?転移自体は存在すると?

 魔法というより魔術?

 あんまり違いは分からんからイメージだけども。


「それはどれくらいの距離の転移が可能?」


『術式の大きさによります』


「たとえば――椅子一つ分くらいに大きさの魔法陣だったら?」


『椅子の大きさによります』


 それはよらんやろ?

 どんだけデカい椅子を想定してるんだよ。

 象が座る椅子とか売ってないだろ?


「一般的な人――タマちゃんが座れるくらいのサイズの椅子だったら?具体的には、馬車の御者席くらいの大きさ」


『タマちゃんと馬車御者席の大きさに――』


「遊んでないで急いでくれるかな?じゃないと、2度と出番無くなるけど?」


 こういうのはテンポが大事なんだぞ?


『……数メートルが限界だと考えられます』


 まあ、ほぼ予想通りの答えだな。

 これでタマちゃんの行方は分かったようなもんだけど、後は何故そんなことをしたのか……。


 うん。考えるよりも直接聞いた方が早いな。




――コンコン。


「はーい」


 木の扉をノックすると、少し間をおいて中から返事が返ってきた。


「あれ?タイセイさん?どうしたんですか?」


 扉の向こうから姿を現した男性――サカナウールさんはいつも通り人の良さそうな笑顔を浮かべてそう言った。


「すいません。ここにちょっと忘れ物をしたので、慌てて取りに戻って来たんです」


「忘れ物、ですか?はて?馬車には特に何も残っていなかったと思うんですが」


「いえいえ、ちょっとタマちゃんを忘れてきちゃって」


 俺の言葉に笑顔だったサカナウールさんの眉がピクっと動いた。


「タマキさん――ですか」


「はい。どうやらそちらの荷物に紛れ込んじゃってたみたいで」


「なるほど――まあ、ここで立ち話も何ですので、どうぞ中にお入りください」


 そう言ってサカナウールさんは俺を店の中へと招き入れてくれた。



 二階建て木造の建物の中はそれほど広くはなく、部屋の中央にテーブルとイス、奥には扉が一つあるだけで、普段何かに使われているような雰囲気はなかった。例え別の国へ行商に行くのがメインの商人が持つ仮の店舗だとしても不自然なまでに簡素だった。


「どうぞおかけください」


 勧められた椅子に座り、長机を挟んでサカナウールさんと対面で向き合う。


「――どこでお気づきになられましたか?」


 唐突に話を切り出したサカナウールさんの口調は、それまでと変わることなくとても落ち着いた感じ。

 まるで探偵小説で罪を暴かれた犯人が最後の告白をするシーンのようだ。


「どこで――ですかね?いろいろなところにヒントがあったんで、それを順に繋げていったら答えに辿り着いたって感じですかね」


「ほお。そんなにヒントがありましたか?」


 そう言ったサカナウールさんは少し嬉しそうだ。

 自分の仕掛けた伏線に気付いてくれた事が嬉しいのかもしれない。


「最初に不自然だと感じたのは、この街に入った時です。あなたから話に聞いていたのは、この国では仕入れた魚を捌ききれないので危険を承知で他の国に売りに出ているんだと言ってました。でも、街の中にはそれなりに魚を売っている店がありました。俺の故郷の国でもこんなに魚屋はありませんでしたよ。つまり、話に聞いていたようなことは無いんじゃないかな?って思ったんです。サカナウールさんが他の国まで売りに出ないでも、この国で十分に商売が成り立つんじゃないかな?って」


「他の魚商人が多いからこそ、他の国や街に売りに行くのではないですか?ここでは競争相手が多いので」


「それならもっと大きな規模でやらないと成り立たないんじゃないですか?少なくとも――小さな馬車に乗る程度の魚を、わざわざ冒険者を雇ってまで他の国に売りに行って、それを全部売りきっても経費を上回るような利益が出ているとは思えないです。依頼したあなたはご存じでしょうけど、Çランクの冒険者への依頼は例え2人であってもそれなりに高額になるんですよ」


「……タイセイさんのご実家は商人をされてらっしゃるのですか?もしくは貴族の出であるとか?」


「いえ?普通のサラリーマンです」


「さらりーまん?」


「ああ、普通に他の人が経営している店に雇われて働いている家庭の出ですよ。どうしました?」


「そうですか……。普通の冒険者、いや、この世界の人はそれほど商いの事に詳しくありませんからね。タイセイさんがおっしゃっている事を理解出来るのは、商家の者か高度な教育を受けている貴族の方くらいです」


 経済大国の高校生を舐めるなよ。

 それにしても……この世界、ねえ……。

 この人はどこまで知ってるんだろうか。


「次に不自然だと感じたのはタマちゃんがいなくなった時の事です。馬車を運転していたタマちゃんが急に消えて、街の中をしばらくの間無人で走っていたかもしれないというのに、あなたは落ち着きすぎてました。まあ、温厚な性格の人だと思っていたので、その時はそんなに気にならなかったんですけど、それなら逆にタマちゃんのことを心配してくれそうなものじゃないかな?って後になって思ったんですよ」


 普通なら馬車が暴走してしまうことや、タマちゃんの安否を心配してくれるはずだ。

 この道中で感じたサカナウールさんの印象なら、そのどちらかであると俺は確信していた。


「……なるほど。確かにそういう反応をした方が自然だったかもしれませんね。慌てるか心配するか……またはその両方か。あの時の私の反応だと、どちらも大丈夫だという確信があったと取られてもおかしくない」


「もし俺がタマちゃんがいないことに気付かなかったら、あなたが偶然気付いたフリをして教えてくれてたんでしょうね。街の中で余計な騒ぎは起こしたくなかったでしょう?」


「なるほどなるほど。よく私の事を分かってくださっている」


 サカナウールさんは満足そうに頷いた。


「最後はここに着いた時です。あなたは一人で店をやっていると言っていたのに、中から男性が出てきましたね。今回だけの手伝いというには、あまりに手慣れた感じで荷物を運んで行きました。普通なら彼を従業員と数えるんじゃないですか?」


「私が話の流れでぼそっと言ったこともよく覚えていらっしゃるようですね」


 そういうとサカナウールさんは立ち上がり、ゆっくりと部屋の奥にある扉の方へ歩いていった。

 そして扉の前でゆっくりとこちらを振り向くと――


「お見事です」


 そう一言言うと、その扉のノブに手をかけた。



『獲得条件を達成しました。【称号】「名探偵シャーロック」を獲得しました』




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