サカナウールさんが扉を開くと――
「じゃじゃーん!!」
案の定、タマちゃんが飛び出してきた。
じゃじゃーん!!じゃねえよ。
「タイセイさん!びっくりしました?!」
「いや、最初からここにいると思ってたし」
「ええー!!もっと心配したとか?無事だったか?怪我してないか?とか言ってくださいよー!!」
不満たらたらなのは無視するとしてだ――
「おや?タイセイさんはここまで想像されていたのですか?」
サカナウールさんは答えが最初から分かっていただろうに、わざわざ俺に聞いて来た。
「そりゃあ、せっかく誘拐した相手を傷付けることなんてしないでしょう?それに、上手く攫ったとしても、今のタマちゃんをまともに相手出来るほどの戦力があるとも思えませんから」
俺たちは積み上げた実績的にはÇランクだけど、実力はそれ以上だと思っている。決して過信しているわけではなく、実際のレベルやスキルによる強さは十分にロエベやラバンダのいるBランク以上だという確信がある。
そんな今のタマちゃんと正面から戦うなら、それこそロエベやラバンダクラスの人を何人か用意しないといけないだろう。それほどまでに、レベルとスキルで強化しているタマちゃんは強い。
「確かにおっしゃる通りですね。それに、万が一傷1つでもつけようものなら……」
「骨の10本や20本は覚悟しておいてもらいたいですね」
さすがに命までは取らないよ。
でも、手加減出来るかどうかは、その時になってみないと分からない。
「そんな物騒なことを笑顔で言うような方と事を構えるつもりはありませんよ。それに20本も骨を折られるくらいなら――いっそのこと、ひとおもいにやってもらいたいです」
「では、全部話してもらえますか?」
俺がそう言うと、サカナウールさんはタマちゃんを連れてテーブルのところに戻って来た。
タマちゃんも俺の隣に座る。
とりあえずはどこも怪我とかはしてなさそうだな。
ちゃんと心配はしてるんだよ?
「先に確認しておきたいんですけど、タマちゃんを誘拐したのは魔道具の類ですか?」
ここにきて嘘をつくとは思わない。
でも、あれの確認をしておかないと、また同じような事があるとも限らない。
特に――すぐウロウロする猫娘が。
「ご察しの通りです。荷台の中にあった魚を入れていると言っていた木箱の一つに偽装していました。魔石を入れて魚を保存していると伝えておけば、中を開けて見ることは無いだろうと思っておりました」
「じゃあ危なかったんですね」
「――ははは!そうですね。あれには肝を冷やしました。まさか、計画開始前に依頼主の荷物を開けようとする冒険者がいるとは考えてもおりませんでしたから。念のために本物の魚を用意しておいて良かったですよ」
タマちゃんが箱から魚を取り出した時の事を思い出してか、サカナウールさんは愉快そうに笑った。
あれに肝を冷やしたのは俺もだけどね。
「あ、あれは、魚の美味しそうな匂いに釣られてしまって……」
顔を真っ赤にして言い訳をするタマちゃん。
いや、言い訳じゃないね。認めてるし。それで良いわけでもないし。
ん?言い訳?良いわけ?
……ごほん。
そもそも完全密封されてるのに、どうしてあの距離で匂ったのか?
嗅覚は人と同じはずなんだけど……。
でもそのせいで俺たちは荷物の中身を疑う事をせず、サカナウールさんは逆に信用を得る結果になった。
「最初から馬車の運転席の座席の下には転送陣が施されておりまして、私の合図で箱の中に転移されるようになっていたのですよ」
「それも小型の馬車の理由の1つですね」
「1つ――ですか。なるほど。あの転送陣は小型ですけど、万が一にも御者席にお二人揃って座るなんてことは避けたかったので」
大きな馬車なら、御者席の両隣に座るスペースがあったりするからね。
もしそうだったら、あの時に俺がそこに座っていた可能性も無いわけじゃない。
だって、そこに座れるスペースがあるなら、初めての街並みを見通しの良いところで見学したいじゃないか。
「転送出来る距離は数メートルってとこですか?」
「それもご察しの通りです。とても貴重な魔道具なのですが、どうにも使い勝手がよろしくない」
最初から見つからないように設置してないとけない上に、対象を数メートルしか転移出来ないんじゃあまり使い道があるようには思えない。
それこそ今回みたいに計画立てて誰かを誘拐するとか、自分の部屋に設置しておいて、夜中にトイレに転移するとかくらいしか思いつかない。
「箱の中真っ暗で何も見えなくて!!それまで馬車に乗ってたはずなのに、急に何が起こったのかと思いましたよ!!」
「猫は暗い所でも見えるんじゃなかったっけ?」
何かそう聞いたことがある気がする。
友達の家の猫が夜中に走り回ってるとか。
「私の猫成分は耳だけなんですよ!目は人間と変わりません!」
その猫ハーフ設定、どうにも都合が良すぎない?
普段の行動だと立派に半分以上は猫だよ?
「いや本当にタマキさんには怖い目に合わせてしまってすいません」
サカナウールさんはそう言ってタマちゃんに頭を下げた。本当に申し訳ないと思っているようだな。
しかしここまで推理が合っていたとなると、俺には腑に落ちないことがある。
「でも一つだけ分からないことがあるんですよ。どうしてタマちゃんは箱を壊して出てこなかったの?」
箱自体はただの木箱。
ちょっと暴れれば脱出出来たはずだし、少しでも物音を立てたら俺が気付いていたはず。なのに大人しくここまで運ばれてきた理由が分からない。
「え?私はちゃんと箱を壊して出てきましたよ?」
ちゃんとって何だ?
普段から箱を壊して回ってるみたいに言わないでほしい。
「そしたらこの奥の部屋だったんです」
「え?いやいや!それはおかしいでしょ?だってタマちゃんがいなくなってから、ここに到着するまで少し時間が経ってるんだし」
「……フフフフフ」
ん?急にサカナウールさんが芝居がかった笑い方をしだした。
「タイセイ殿!いつから転移陣が一つだと勘違いしていたのですかー!!」
「な、何だってぇぇぇ!!……いや、そういうのは良いんで説明してもらえますか?」
「あ、はい……。タマキさんが最初に転移した先は馬車の中の木箱の中でした」
最初に?まさか……。
「そして次に通りにあった魚屋の木箱に転移させました」
「あの魚を保存するのに使っているって説明してくれた木箱……」
「はい。あらかじめ店の者に頼んで置かせてもらっていたのです。そしてそこからこの建物まで連続して転移をさせ続けたのですよ」
「貴重な魔道具の扱いが雑!!あそこからここまでだとどんだけ木箱並べないといけないんですか!?」
「それはもう大変な作業でした。といっても、それを設置したのも、ここに到着するまでに全て片付けたのも私ではないんですけども」
ああ、あの男はその為にここにいたのか。
ここまでずっと魚屋があるわけじゃないから、途中には道端に不自然に木箱が並んでいた場所もあったはず。そんな木箱を俺たちが到着するまでに片づける。
ご苦労様でした!!
「今回、こういった行動をした理由をお話します。ああ、タマキさんには先に説明させていただいておりますが」
じゃなきゃ、タマちゃんが「じゃじゃーん!!」なんて陽気に出てくるはずないから。
「少数精鋭で頭の切れる冒険者が必要だった。ですか?」
「――その通りです。それが小型の馬車を使って、パーティーメンバーを絞った理由のもう1つです」
普通に依頼してしまえば、3人以上のパーティーを組んでいる冒険者が受ける可能性があった。
でも、馬車が小さいから2人で、それでも安全が確保できる実力のある冒険者をと。
……ん?そうなると。
「私は最初からお二人に依頼を受けていただけるように計画を組んでいたのです」
そういうことだろうね。
タブンナにいる冒険者の中で、Cランク以上で2人組なのは俺たちだけ。
いや、そもそも、2人組ということ自体が珍しいことだ。
だからこそ、ラバンダ(仮)が俺たちに声をかけてきたんじゃないか。
「さすがにその時はお気づきになられなかったようですね」
サカナウールさんは、俺が何を考えているのかを察したように言う。
「そう――ですね。今になってみれば、俺たち以外に依頼を受けられる冒険者はいなかったんですね」
「え?え?どういうことですか?ねえねえ!タイセイさーん!!」
あとで説明するから。
今は何となくかっこよく進めてるとこだから。
「それでも、あなたは私が想像していたよりも遥かに優秀でした。これほどまで早く答えに辿り着き、タマキさんの居所を見つけ出すとは思っておりませんでした」
自分からあちこちにヒントを出しておいてよく言うよ。
いや、タマちゃんは分かってないみたいだから、やっぱり俺が凄いのか?
うん。俺凄い!!
『称号【手柄強奪】の獲得条件を満たしました。獲得しますね?YES/NO』
ごめん。悪かったって。全部ナビのお陰だって。
圧が強いからやめて。