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第59話 静かな湖畔の森の影から叫ぶ獣

「では、主のところまでご案内いたします。ああ、もう魔道具などは使いませんのでご安心ください」


 そう冗談めかして元サカナウールさんは言った。


 いつの間にか建物の前に準備されていた馬車。

 それは俺たちがこの国に乗ってきたものよりも立派な造りのもので、その御者席には陰キャな彼が座っていた。


「バックスさん……まさか、これに乗って行くんですか?」


 その馬車を見た俺は、元サカナウールさん――現バックスさんに冗談だろ?ってな感じで尋ねた。

 冗談だよね?ね?ね?


「うわあ!私、初めて見ました!!」


 そんな俺とは反対に歓喜の声を上げるタマちゃん。

 うん。君なら喜ぶだろうと思ったよ。


「はい。お二人なら、これの方が喜ぶかと思いまして、特別に手配させていただきました」


 タマちゃんの反応に満足そうなバックスさん。


 乗り込む乗客席は立派な馬車のそれではある。

 荷台なんかじゃなくて、ちゃんと人が乗って移動出来る貴族が乗りそうな立派な造りのもの。

 でも、その前に待機している生き物は――


「これ、ンバですよね?」


 俺が前にダービーで乗ったキリン。いや、ンバがドーン!と長い首を立てておりました。


「はい。ンバ車です」


「ンバ車!?」


「この国でもンバ車は数台しかない貴重なものなんですよ」


 いやいや、そりゃ貴重でしょうね。

 だって、ンバがデカすぎて全然前見えないもんね。

 こんなんがあちこち走ってたら事故が起きまくって大変な事になるわ。

 こんな目立つもんをいつの間にどこから連れてきた!?


「今年度のダービージョッキーであるタイセイさんと、ンバが大好きだというタマキさん。どうです?見事なンバでしょう?生まれつき体質が弱く、競争ンバとしては大きなレースには勝てませんでしたが、引退後は体質が改善して現役時代よりも速く走れるようになったようです。ンバ体の美しさからグッドルッキングンバに選ばれたこともあるんですよ」


 タマちゃんが好きなのは『競ンバ』であって、『ンバ』そのものではないです。

 そして、タマちゃんに競ンバの事を思い出させないでほしい。

 タマちゃんも思い出してそわそわしないの。


「バックスさん……これって、ちゃんと前見て走れるんですか?」


「ええ!そりゃあもう!人だろうと人だろうと人だろうと、どんな障害物でも一跳びで越えて走れますよ!」


 人ごみ走る前提!!

 怖い怖い!!

 これに蹴られたら死んじゃうって!!


「ほら!タイセイさん!早く乗りましょうよ!」


 なんで君はそんなに乗り気なんだ?

 乗り物だけに……。


「では出発しますよー!!うひょー!!興奮する―!!」


 御者席の陰キャがテンションアゲアゲな声でそう言った。

 お前、本当はキャラはそんなだったのか。

 こいつは絶対に乗物を運転させちゃ駄目な性格の奴じゃない?


 街の人の無事を祈る俺を載せたンバ車は高速で走り出したのだった。

 いや、祈らないといけないのは俺たちの無事もか……。

 南無南無。




「到着しましたー!!くそー!!もっと操縦したかったー!!ぶっ飛ばしてえー!!」


 10分ほどだっただろうか。不意に停止したンバ車。陰キャのヤバい声が聞こえてきた。

 どうやら町の人に犠牲は出なかった様子。

 軽い乗り物酔いに胸を押さえながら、帰りは絶対に歩いて帰ることを心に誓った。


 ンバ車を降りると、そこはどこかの広い敷地内にある中庭のようなところだった。

 正面には白塗りの馬鹿でかい建物があり、どこからどう見てもお城!って感じがする。

 庭は綺麗に芝生が植えられ、周辺にはきちんと管理されているだろう花壇があちこちにある。

 そのずっと向こうに高い石壁が見えることから、ここは絶対にこの国の城の中なのだろうと思う。

 まあ、想像通りだけど。


「お二人をここへお連れしたことは他の者には秘密ですので、ここからは出来るだけ静かに移動をお願いします」


 ……え?なんて?


 俺は振り返って今乗って来たンバ車を見る。

 この庭には明らかに似つかわしくない巨大なキリン。

 街中の人の注目を集めながら爆走してきたキリン。

 そしてそのまま王城だろうところへ侵入してきたキリン。

 そして興奮冷めやらぬ陰キャの雄叫び。


 ここから少しくらい静かにしたところで何の意味があると?

 いやむしろ、ここでサーカスでも開催しますよってアピールした方が自然なんじゃね?


「えっと……バックスさん?」


「タイセイさん!!静かにしないと!!」


「タマちゃん。静かにって意味知ってる?」


「お二人ともー!!こちらですよー!!」


 すでにバックスさんは建物のある方へと歩き出していた。

 お前が一番静かにしろや。



 俺たちの身長の倍の高さはあるだろう巨大な扉を開くと、「ギイィィィ」と大きな軋むような音がした。

 タマちゃんが「しっ!」と、扉に向かって言っていたが、俺は特にツッコむ気にもならなかった。

 ただ、この演出は古びた洋館の専売特許だからなとは思った。


 建物に入ると、そこは広いエントランスのような空間が広がっていた。

 大理石のような美しい床に真っ赤な絨毯が敷かれており、天井は何階分を吹き抜けにしているのかと思う程に高い。

 正面には新内閣発表の時のような階段があって、その先は左右に螺旋階段が続いていた。

 もう、どこからどう見てもお城の中だね。タブンナの城の中もこんな感じだったし。

 俺は依頼主――バックスさんの主が王族の関係者だろうとは考えていた。だから城に連れてこられたこと自体には戸惑うことはない。

 しかし俺には気になることが――


「バックスさん。ここって誰もいないんですか?」


 普通、こんなところなら出迎えやら何やらいそうなものというか、誰かはいないとおかしいと思うんだけど。

 エントランスホールには誰一人として姿は見えない。

 だって、正面玄関から入って来たんだよ?

 全然お忍びで来たって感じじゃないでしょ?

 普段はいないにしても、すぐに誰かは駆けつけてくるんじゃない?


「ああ、先ほども言いましたけど、お二人がここに来られることは秘密なのですよ。なので――使用人にはそのことを説明して、誰も出迎えにはこないように、私たちのことを見ないようにと伝えております」


 え?説明したの?

 俺たちが来るけど、それは誰にも秘密なので出迎えに来なくて良いし、絶対に見ちゃ駄目だよって?



「ですので、お二人が来られたことを見る者は誰もおりません」


 出迎えも見る者はいないけど、みんな知っちゃってるよ?

 全然バレちゃってるよ?

 だって先に全部伝えちゃってるんだし。


「さあ、誰かに見つかる前に行きましょう」


「もう見つかるとかそういう話じゃないですよ?それと、さっきの静かに移動させられた意味の説明をプリーズ。あとタマちゃんは広いからって勝手に走り回らない」


「あああああ!!もっとンバ車乗り回してえええぇぇ!!」


「お前はもう付いてくんな!!」


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