「タイセイさん。また派手にやりましたねえ……」
あのタマちゃんが呆れるくらいの惨状が通路?廊下?に広がっていた。
ぷすぷすと煙を上げて黒焦げになっているデビラットたち。
毛むくじゃらのデビラットを一斉に燃やしたことで炎の規模が拡大。それによって周囲の床や壁は煤けたように黒く焦げている。
それだけではなく、廊下の隅にあった花瓶の花は灰となって消え、壁に飾られていた絵画も跡形も無く燃え尽きていた。
……ここが誰かの屋敷だったら怒られるだけじゃ済まなさそうだ。
「あんなに魔法を撃ちまくらなくても良かったのに……」
……だって気持ち悪かったんだもん。
ハムスターの見た目であれは反則じゃない?
家のハムスターがあんな感じになったら俺は泣くね。
「本当に火魔法も使えるのですね!」
テトテトと可愛らしい足音が聞こえてきそうな走り方で目の前まで駆けよって来たロリ様。
幼い少女のような見た目に緊張感の欠片も無い動き。スライム相手でも簡単にやられそうな気がする。
最初は俺もやられたしね……。
「それに凄い威力でした!」
とても可愛らしい女の子が目を輝かせて俺に羨望の眼差しを向けてくる。だがしかし!さすがに12歳は対象外なので俺が動揺することはない。
「い、いや、それほどでっもないどすよ!」
そう、俺はいたって冷静だ。
イッツアクール!!
「タイセイさんはこれから魔法禁止で」
「え?タマちゃん?急にどうしたの?」
「あんな使い方して、もしロリ姫様を巻き込んだらどうするんですか!!だから当分の間、タイセイさんは魔法を使わずに素手で戦ってください!!」
あ、確かにその通り。
今みたいに正面の敵に集中してた時に後ろに残っているロリ様が襲われちゃったとしたら、つい魔法に頼ってしまうかもしれない。その時にロリ様を巻き込まないとも限らない。
ここはタマちゃんの意見に従ってと言いたいのだけれども――
「素手?武器は?」
「素手です!!剣を振り回していて、可愛い可愛いロリ姫様に当たったらどうするんですか!!分かりましたね?」
……あれ?タマちゃん、何か怒ってる?
何か言葉の端々に棘があるような気がするよ?
「えっと、でもそれだとみんなも……」
タマちゃんの矢だって、バックスさんの剣だって危ないんじゃ……。
「何か言いましたか?」
「いえ!何も言っておりませんです!ハイ!」
あれ?俺って今、魔王か何かと対峙してるんだっけ?めちゃめちゃな圧を感じるんだけど?
全身に流れる冷や汗を感じながら、俺はそっと剣を鞘に戻した。
「ギャラクティカ〇グナム!!」
「ラ〇ダーキーック!!」
「なんちゃらチョーップ!!」
ステータスにものを言わせた物理攻撃に、デビラットたちは次々とお星さまとなっていく。
しかし何でこんなにハムスターばっかり襲ってくるんだ?
はあ……はあ……はあ……。
しかしこれは普通に戦うよりも何倍も疲れる……。
魔法とは言わないんで、せめて、せめて剣をください……。
「タイセイ様……かなりお疲れのご様子ですけども。大丈夫ですか?」
ロリ様。そんな可愛らしい顔で覗き込まれても俺の疲れが回復するわけ――
「ぜん!全然大丈夫すよ!!なんぼでもかかってこんかい!!」
――ないんですよね。
「タイセイさん……危ないんでキックも禁止にしますか?」
「タマちゃんは俺をハムスターの餌にしたいのかな?」
延々と続く長い廊下。
襲ってくるのはデビラットばかり。
俺は素手で、バックスさんは剣で、タマちゃんはロリ様とおやつを食べながら楽しそうに会話をしながら進んでいた。
おい!!タマ!!
何かさっきから変に疲れると思ったら!!
「しかし、ここは何なのでしょうな」
バックスさんは周囲を見回しながらそう言った。
どう見ても金持ちの屋敷の中といった感じなんだけど、入り口には【ようこそ地下迷宮へ】という看板があった。まあ、それを鵜呑みにするのもという気もするけど、この世界ならおかしいことじゃないのかもしれない。俺もすっかり世間に毒されているようだ。
「何って?ここが地下迷宮なのでしょう?」
ほら、ロリ様も看板をすっかり信用しているじゃないか。
「あの看板を信じるなら、ですけどね。さすがにあれは怪しくはありませんでしょうか?」
あれ?バックスさんは疑ってるの?
うーん。どうもまだこの世界の常識を理解したとは言えないようだ。
「でも看板にそう書いてありましたよ?」
タマちゃん。俺をこれ以上混乱されるのはやめてくれ!
どっちよ?あんな看板があるのっておかしいの?普通なの?
有識者プリーズ!!
『ダンジョンの入り口に看板があるのは、この世界においても普通ではありません』
じゃあ迂闊に入って来ちゃ駄目だったんじゃないのか……。
ねえ?ロリ様?
バックスさんもおかしいと思ったなら止めようよ?
『聖騎士バックスは主であるロリ姫の意向に逆らう事は出来ません』
ああ、それはそうか……。
はあ……普段は一番おかしいお前が、今は一番まともに思えるよ。
『召喚者ソノダ・タイセイの全ての能力値を半永久的に半減させます。
YES/YES/YES?
それと、ご一緒に腰痛、関節痛、リュウマチなども付与できますが?』
ファストフードか!
ごめんて!!お前の事は頼りにしてるからさ!
いいから早く進ませてくれー!!
結局、疲れすぎている俺を可哀そうに思ったロリ様がタマちゃんを説得してくれたお陰で、その後は普段通りの戦い方で進むことが出来るようになった。
一応、火魔法を使う時は一声かけてから、危なくない程度に力を押さえるようにと強く言われてはいるけども。何にせよ、これにて俺のサブカル流格闘術は永久に封印されたのだ。
長かった直線の廊下の終わりがようやく見えてきた。
1時間以上続いていた廊下の突き当りには大きな扉があり、そこから左右に道が伸びていた。
「どうします?」
俺は一応の雇い主であるロリ様に尋ねる。
「せっかくなので入ってみましょう」
即答だった。
予想していたとはいえ、もう少し考えてから決めて欲しい。
コノツギ王国では警戒心というものを誰もロリ様に教えていないのだろうか?
「……タマちゃん。中の様子は分かる?」
こんな最初にあるとは思えないけども、万が一にもボス部屋的なものだったら大変だ。
スキルの効果が及ぶのかは分からないけど、気配察知で中を探ってもらおう。
「……中に誰か?何か?いますね。一人?一匹?一体?よく分かりませんけど、私が感じたことの無い気配です」
誰かが一人だと気が楽なんだけどね……。
何かが一体だと、流れ的に絶対にヤバい奴がいるはずだし。
「この家の方かもしれませんわね!」
ロリ様の中ではいつの間にかここは家になってるのね。
あなたの希望で入って来た地下迷宮のはずなんだけど。
あとこれは家という規模では決してないのでお忘れなく。
「タイセイさん!左右からまたデビラットが来ます!それもかなりの大群です!!」
「タイセイ殿。ここは一旦部屋の中へ入った方がよろしいのではないでしょうか?」
え?そうなります?
今来た通路に戻って正面から戦うって方法もありますよ?いや、むしろそうするべきではないかと。
「タイセイさん!迷っている暇はありません!急いで部屋の中へ逃げましょう!!」
タマちゃんまでそんなことを言うの?
これって、何か見えない強い力が働いてるとかってやつ……。
――ガチャ。
「おじゃまいたしますわ」
俺の葛藤を余所に、すでにロリ様は何のためらいもなく部屋の扉を開けていた。
まあ、ハムスターも見飽きたから良いけどね……。