「おじゃまいたします」
ロリ様は何の警戒もせずに自分の数倍はある大きさの扉を開けて部屋の中へと入っていく。
巨大サイズの割にロリ様の力でも簡単に開いたように見えた。
どうなってんの?手を添えたら開く自動扉?
その意外な光景に呆然とロリ様が部屋に入っていくのを見送っていたが、デビラットの近づいてくる足音に我に返った俺たちも急いでその後に続く。
俺たちが全員部屋の中へ入ると、後ろで扉がゆっくりと閉まっていった。
やっぱり自動扉?
部屋の中は廊下に比べると薄暗い。
奥の壁に付けられてあるライトからのぼんやりとした明かりが室内を照らし、調度品などの家具の輪郭を浮かび上がらせている。
廊下とほど変わらない天井の高さ。10メートル四方ほどの広さの室内の壁には巨大な本棚が並び、そこに納められている書物も全てが規格外の大きさだった。
その広い床にはふかふかのワインレッドの絨毯が敷かれている。
一見すると書斎のようにも見える部屋。
部屋の奥には大きな両開きの窓があり、そこには反射した室内が映っているが、窓の外は何も無いかの様に真っ暗だ。
そして、窓の方を向くように置かれている大きな大きな机に向かって、大きな大きな椅子に座っている、巨大な巨大な人影があった。
ボスおった!!
待ち構えているというより、出番待ちの楽屋裏みたいに寛いでる!!
「あのう…すいませんが――」
「ロリ様!下がって!!」
「ロリ姫様!私の後ろへ!!」
のん気なまでの無防備さでその巨大な人物?に近づこうと歩き出したロリ様の前に俺とバックスさんが飛び出す。
剣を抜いて構え、魔法もいつでも撃てる準備をする。
バックスさんも背中に背負っていた盾を取り出してロリ様を護るように立ち、タマちゃんも冷静に矢をつがえて構えている。
後ろを向いて座ったままの相手。どんな魔物か、どれほどの強さなのかはまだ分からない。しかし、ダンジョンの個室にいる以上は中ボスクラス以上だと考えておいた方が良いだろう。
……この世界のダンジョンの中ボスの強さってどれくらいなん?
事前情報が無さすぎる!!
絶対に全滅するパーティがやらかすやつ!!
でもどうしようもない。退路は断たれている。あいつを倒さないとここから出られないのがダンジョンの常識だろう。
俺たちが部屋に入ってきたことにやっと気付いたのか、その人影がゆっくりと立ち上がり振り向く。
ロリ様以外の全員に緊張が走る。
少しは空気読んで!
立ち上がったシルエットは人間のような形をしているが、その身長は5メートルはあるだろう大男。いや、逆光になって表情が見えないので男かどうかも分からないけども。
とにかくデカい。
そりゃあキマイラと比べたら小さいけど、人型でキリンもどきのンバと変わらない身長という時点で相当デカく感じる。
「これはこれは、よくぞここまで来たものよ」
くぐもったような重低音の声がする。
大男で間違いなさそう。しかも言葉を発することが出来る魔物なんて初めて――モヒカンがいたな。
まあ、あれは言葉じゃなくて鳴き声らしいんだけど。
気を取り直して――言葉を発することが出来る魔物なんて初めて遭遇した。ゲームとかだと、魔族とか知性の高くて会話が成立する奴は大体強いと相場が決まっている。
やっぱりロリ様を連れてきたのは間違いだったかもしれない。
その声には彼女を守りながら戦うことが出来るような生ぬるいレベルの相手とは到底思えないだけの威圧感があった。
ゆっくりとこちらに向かってくる大男。
距離は遠いが一歩が大きい。
「どうした?そんなところに突っ立って?腰でも抜けたか?」
大男はそう言って俺たちを挑発するかのようにどんどんと近づいてくる。
その明らかに余裕のある態度に、圧倒的な強者感すら感じる。
どうする?先制攻撃をするか?
でも、相手の能力も分からずに仕掛けるのは危険じゃないか?それにロリ様のこともある。どんな攻撃をしてくるのか分からない敵に、果たしてバックスさん1人で護り切れるのか?
ここは時間を稼いでいる間にロリ様だけでもここから脱出させ――
「来ないならこちらから行くぞ」
くっ!迷っている時間は無い!
俺は瞬時にタマちゃんとバックスさんに目配せをした。
魔力を一気に集めてファイヤーボールを最大で撃つ。そのタイミングでタマちゃんが一斉放射をして、バックスさんはロリ様を連れて部屋の隅へと移動する。
それが俺の考えた作戦。
目配せだけでその意図を読み取ってくれたのか、タマちゃんの弓につがえていた矢が少し引かれ、バックスさんは半歩後ろに下がった。
「行くぞ!!ファイヤー!――」
俺のかざした手に魔力が集中する。
そしてバックスさんがロリ様を抱えて走り出す。
くらえー!!
――バタン!!
全力のファイヤーボールを撃とうとした瞬間、背後の扉が大きな音を立てて開いた音が聞こえた。
え?何が――
驚いて振り向いた俺の目に映ったのは――
――どどどどどどどどー。
さっきのデビラットの大群だった。
いたたたた……。
回避する余裕もなくデビラットに踏み潰された俺。
倒れた俺の上を何匹ものデビラットたちが踏み抜けていった。
……何で俺だけ踏まれた?
「大丈夫ですか?」
1人分の席がキングベットサイズのソファに寝転ぶ俺にタマちゃんが心配そうに声をかけてくる。
「一応……大丈夫」
あいつら重かったけども、肉球が柔らかかったから大した怪我はしてなさそうだ。
そんな乱入してきたデビラットはというと……。
――きゅきゅきゅきゅきゅー!!
部屋の隅にある檻のようなケージの中にまとめて収納されていた。
「すまんかったな。せっかく久しぶりに来た客人に怪我をさせてしもうたの」
大男の重低音ボイスが響く。
「いえ……勝手に入って来たのは俺たちの方ですから……」
赤髪髭面の大男は申し訳なさそうに俺の方を見ている。
大きくなれよーとか言われそうだ。
突然のデビラットに踏みつぶされた俺をソファへ運んでくれたのがこの大男。
そして手づかみで次々とデビラットを捕まえてケージに入れていったのもこの大男。
「前に飼っていたハムスターが逃げ出しての。それが勝手にどんどん繁殖して困っておるのだわ」
早い話。
ここは、この人の住んでいる家だった。