「タイセイさんの件は解決したとして、ここはマルダイさんのお家なんですか?」
解決した……のか?何か心の奥にもやっとしたものが残ってるんだけど。
まあ、おっさんの事の方が気になるからここは我慢してやろう。俺はあくまでもクールな男。
感情を顔に出す事のない冷静沈着なダンディ。
「そうじゃ。200年前からずっとここに住んでおる」
「何故こんな地下に?それに入り口に地下迷宮へようこそみたいな看板が出ていましたけど」
ここがおっさんの家だとしても、あれがこの家の表札なわけはないだろうから、看板は誰かが悪戯で取り付けた――
「それはわしが地下迷宮を改装して住んでおるからじゃの。看板は最初に見つけた時からあったわい」
勝手にダンジョンをリフォームすんなよ。
あ、通路に花とか絵を飾ったのもお前か。
当たり前みたいに我がもの顔でダンジョンに住むなよ。
こんなとこで飼ってたら、そりゃ逃げたデビラットだって繁殖するわ。
違う!あれは魔物だから飼っちゃ駄目!!
「え?やっぱりここは地下迷宮ですの?しかし何故マルダイ様はここに住もうと思われたのですか?」
そりゃあ、このおっさんが変わり者だからだろ。こんなとこに住もうなんて普通の人なら思いつきもしねえよ。
ここが地下迷宮ですよーなんて看板を最初から完備してる物件を普通は選ばん。
「そりゃあ、わしが変わり者だからかのお」
ほらみろ。ちゃんと自覚があるじゃないか。
「これだけ身体が他の者と変わっておっては、外で一緒に暮らすには目立ちすぎるからのお」
見た目の話かい!
それは変わり者って言わないんじゃない?
「確かに……ちょっと目立つかもしれませんわね」
ちょっと……かなあ?
公園とか駅前で立ってたら、普通に待ち合わせ場所に利用されるくらいには目立つと思うけど。
「それに、わしが住むことの出来る家となると結構なサイズになるんでなあ。城勤めしておる時は特別な部屋を用意してくれていたんで良かったんじゃがの。仕事を辞めた後も住むわけにはいかんだろう?それでどうしようかと思っていたところで、ちょうどいい物件を見つけたというとこじゃな」
そりゃあ不動産屋もびっくりな物件ですな。
駅近物件ならぬ、森地下物件だなんてね。
「マルダイ殿が職を辞される時に当時の国王陛下は何かご配慮されなかったのでしょうか?そのご体格からして城を出た後に住む場所に困るのは分かるでしょうし、屋敷を用意するくらいはしていただけそうなものですが……」
バックスさんの疑問はもっともだと思う。おっさんがどれくらい貢献したかは分からないけど、城に特別に部屋を作ってまで仕えさせた配下なんだから、辞める時の退職金代わりに家くらいは渡しそうなもんだけどなあ。
「そこは、まあ、その、いろいろと事情があっての……」
ん?どうした?急に歯切れが悪くなったな。
デカい身体をそわそわと落ち着きなく動かしだしたぞ。
床を伝う振動でこっちのソファまで揺れて気持ち悪くなるから止めてくれ。
「ああ、マルダイ様。言い辛いことでしたら言わなくて構いませんよ。私たちも無理に聞いているわけではありませんので」
「……すまんな。こちらからはいろいろと聞いておいて、自分のことになると言えないとは……。姫様を前にして何たる無礼なのだと思っておるよ」
「いえいえ、そんなことはございません。王族であるからと何でも無理強いすることは出来ませんから。まあ、マルダイ様がコノツギの国民なのか、という点もはっきりいたしませんし」
はっきりしない?
元々コノツギの城で働いてたし、今もこの森の中に住んでるのに?
「ん?ダンジョンに住んでいるとはいえ、この辺の森はコノツギ王国の領土じゃないの?で、そこにあるダンジョンに住んでいるんだから、おっさんは国民という認識で良いんじゃ?」
「タイセイさん。こちらでいう『この世の森』は、世界中のどこの国の領土でもないんですよ。私、言ってなかったでしたっけ?」
タマちゃんはそう言って首を傾げる。
「それは聞いてなかったと思う。え、そうなの?なんで?どして?」
普通、領土って山とか森とかも区切って分けてるもんじゃないの?世界地図とかは破線で綺麗に区切られてたよ?
この世の森はめちゃめちゃ広いんだし、それこそどこからどこまでがどこの国ですって決めとかないと不味いんじゃないの?
「なんじゃ、小僧は知らなんだのか?森を領土に含まないと決めた詳しい理由は分からぬ。あまりに昔の話過ぎて
「私も前にお父様にお尋ねした事があるのですが、マルダイ様がおっしゃったのと同じような返答でした。昔からの決まり事だから、と」
大陸の半分を占めている巨大な森。どこの領土にも含まないという謎の決まり事。それをどこの国も大昔からずっと律義に守っているという不自然さ。
……不自然?本当に?
カザリーノ王の顔が頭の中に浮かんだ。
あんなのが王様なんだから、昔からの変なきまりには疑う事もなく従ってそうだな。
まさか、どこの国の王様も……。
そんなことを考えていると、おっさんと目が合ったような気がした。
今、こっち見て笑ってたか?
「それにこの世の森の木は伐採してもすぐに元に戻ってしまいますし、魔物も次々に湧いて出てきますから開拓してそこに住むことも出来ません。ですので、もし領地として切り取ったとしても何も変わらないのです。それならどこの国にも属さない代わりに、どこの国も自由に立ち入る事が出来る方が各国にとって都合が良いとも言えますな」
バックスさんが私見も交えた解説を付け加えてくれた。
「まあ、そういうことで、今のわしはどこの国の民でもないというわけじゃな」
「でしたら、たとえ私が無茶な命令をしたとしても、マルダイ様が従う道理はありませんね」
「確かにそれはそうじゃのお。国も王も持たぬ流浪の隠居じじいといったところかのお」
流浪はしてないだろ。
がっつり一カ所に引きこもってんだから。
戸籍とかってこの世界無いのか?という疑問もあるけど、あったとしても年齢的にすでに亡くなったとして処理されていても不思議じゃない。というか普通はそう判断されるだろう。魔物もいる。盗賊みたいな野盗もいる。危険と隣り合わせの冒険者も多いこの世界じゃ、誰にも気づかれないうちに命を落としている事も多くあると思う。
200年も姿を見せなかったら死んだと思われているに違いない。
「流浪だけじゃなく、じじいのところも訂正してもらいたんじゃがなあ」
「勝手に心のツッコミを読むようなやつは知らん」
こういうところはこのおっさんもこの世界の人間なんだと思う。
今のは絶対に顔に出てたとかじゃないだろうしな。
ポーカーフェイスは崩してないはずだ。
「あ、私もそう思います。タイセイさんはクールなぽーかーふぇいす?でしたよ」
うん。タマちゃんがその始祖みたいなもんだからね。
ナチュラルに入って来ないで。