「なあ、おっさんに1つ聞きたいんだけど」
「おっさん……まあ、じじいよりはマシじゃの。何じゃ?」
「結局ここはダンジョンなんだな?他の国にあるっていうのと同じやつなんだな?」
「先ほどからお主の言うダンジョンというのが地下迷宮の事なんじゃな?そういうことなら同じだと言っても問題ないな。ただ、わしも他の地下迷宮に入ったことはないから断言までは出来ないがのお」
「じゃあ、ここはもうおっさんが制覇してしまってるのか?」
「あ、そうですわ。マルダイ様、わたしたちはこの地下迷宮に興味があって探索に来たんですの。もし知っていることがあればお教えいただきたいんですけども…」
200年も住んでいるなら、このダンジョンを調べ尽くしていても全然不思議な事じゃない。
それにこのおっさんから感じる圧はただデカいだけじゃなくて、初めてキマイラに遭った時のような絶対的な強さを感じる。俺が全力でかかっていったとしても敵わないだろうと思わせるだけの力を。
「わしが使っておるのはこの階だけじゃの。ここより下の階には行っておらぬ」
「え!?嘘だろ!?」
「嘘ではない。わしが改装したのはこの階だけで、最初からずっとこの階に住んでおるのじゃよ」
200年も時間があったのに?
これだけ派手に内装いじってるのに?
「マルダイ様は……この地下迷宮の奥がどうなっているのかにご興味はございませんの?」
「無いのお」
そんなあっさり?!
嘘だろ?ダンジョンだぞ?男のロマンだぞ?
最下層に何が待っているのか?そこにどんなお宝が眠っているのか?普通ならめちゃくちゃ興味があるだろ?
「わしは冒険者では無いからか、そこまで地下迷宮というものに興味が湧かぬのじゃよ。そんなことに時間を割くよりも、ここでのんびりと本を読んで暮らしておる方がずっとよい」
このおっさん、根っからの引きこもりだった。
じゃあ、このダンジョンはまだ手付かずの状態という事で良いようだな。
「なら、俺たちがこの下に降りていっても問題ないか?」
そもそもこのおっさんは勝手にダンジョンに住みついているだけなんだから、俺たちがわざわざ許可をとる必要なんて無いんだけど、この時は何故かそうしないといけない気がした。何かが気になる。このおっさんの存在も、ここまでの話の内容も、何かがおかしい気がする。自分でも何でこんなことを感じるのか不思議に思うけど、このダンジョンは何か俺の思っているダンジョンとは違う気がする。
「それは構わんぞ。まあわしが許可するようなことでは無いが――小僧、お主意外と律義なんじゃのう」
「ロリ様。時間もあまり無いことですし、それなら先に進みましょう。おっさん、下の階に降りる階段はどこにあるんだ?」
ロリ様がお城を抜け出しているのが国民にバレたら大騒ぎになっちゃうからね。そもそもの理由が友達とキャンプに行くとかって言って出てきてるのもどうかと思うけど、下りていって戻ってくる時間を考えたら、実際はそんなに余裕は無いからね。
「下に降りるのじゃったら、この部屋を出て左に真っすぐいったところに階段がある。そこまでは一本道じゃ」
「地下迷宮っていうわりには単純な構造になってるんだな。ここまでも真っすぐ来ただけだし」
普通はあちこちに分かれ道があって、入って来た奴を迷わせるような造りになっているもんじゃないのか?
「そりゃあ、そんなに複雑だったらわしが迷ってしまうじゃろう?」
ん?どういうこと?何で自分ありきなの?
「この部屋までの壁をぶち抜いて、途中にある通路を塞いで一本道にしたんじゃよ」
「はあぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
馬鹿なの?この人大馬鹿なの?
ダンジョンの壁をぶち抜いて一本道にしただあ!?途中の通路も塞いだって!?
ロマンは!!ダンジョン攻略のロマンを返せ!!
「ああ、それでここまで簡単に来れたのですね。素晴らしいアイデアですわ」
褒めんなロリ!!
こんなの普通は思いついても誰もやんねーよ!!いや、出来ねーよ!!
階層を改装?ふざけんな!!
ああ、それでか!大理石の床も白塗りの壁もダンジョンらしくねーと思ってたんだけど、それも全部お前の仕業か!!
「おっさんの頭の中どうなってんだよ……」
「ふぉっ!ふぉっ!ふぉっ!そんなに褒めても何も出んぞ」
「褒めてねーし、あんたから出てきたもんを貰う気はねーよ……」
「何じゃ、飴でもやろうかと思ったのにのお」
「200年物の飴なんていらねーわ!!」
「大丈夫じゃ。まだ食えるぞ?」
「そりゃああんたの【管理栄養士】の能力があるからだ。腐ったもん食っても大丈夫なんだろうよ」
この世界の飴に賞味期限があるのかどうかは知らねーけどな!!
「ではマルダイ様。私どもはこれで失礼いたしますわ」
「そうか、もう行くのか……。久しぶりに人と話したからか、どうにも別れが名残惜しいのお……」
そんなデカい身体で寂しそうにされてもなあ。
「大丈夫ですわ。私たちはまたいつかお邪魔させていただきますので」
社交辞令だよね?その私たちの中に俺は含まれてないよね?
「そうか、ならその日を楽しみに待つとするかのぉ……。では十分に気を付けて行くんじゃぞ。危なくなったら、この小僧を囮にしてでも逃げ出すのじゃぞ」
「おい!」
ロリ様をおいて先に逃げるつもりはないけど、囮にされてぼっちになる気も無いぞ。
「冗談じゃ。小僧なら死ぬ前に何とかするじゃろう?お主のその力は、お主自身が生き延びる為に、自らが望んで与えられたものなのじゃからのお」
「俺自身が望んで与えられた?」
いや、これはマルマールの気まぐれで与えられた能力だよ?
別に何も望んじゃいないけど……。
「今は考えても分からんじゃろう。そのうち気付くときが必ずくるはずじゃ。それまでは今まで通りに生きるがいい」
何その含みのある言い方?
「……本当はおっさんは俺の能力のことを何か知ってるんじゃないのか?」
「いいや、何も知らん。お主の【その他】なんていう馬鹿げた職を聞いたのも今日が初めてじゃ」
「じゃあ何で……」
「一部の人間は何か重大な宿命を背負って生まれてきておる。お前も、そしてかつてのわしもじゃ。そしてそれを成す為に与えられておる力が【管理栄養士】じゃったり、お主の【その他】じゃったりするのじゃろう」
「成すべきこと……重大な宿命?おっさんの過去に何があったんだ?俺にも何か使命があると?」
「わしのそれはすでに過去の出来事。今を生きるお主が知る必要はない。そしてお主自身に使命があるのならいずれ知る事になる。今は焦らずとも良い」
「でも――」
「つまらぬ過去のことを振り返らず、未来を向いて進むがいい。そうすれば、いずれお主が成さねばならないことが見つかるじゃろうて。それが何なのかは誰にも分からぬ。お主自身が見つけるのじゃ」
俺自身が見つけること……。
俺は巻き込まれてこの世界に来て、勇者たちが魔王を倒して元の世界に帰る手段を手に入れるまで異世界を満喫しようとしているだけ。
何の職業にも就けない俺は、マルマールに適当な職業を与えられて放り出されただけのただの高校生。
成すべき宿命?そんなのあるはずが……・
「今は深刻に考える必要はない。避けられぬ宿命ならば、いずれ向こうからお主の前に現れるじゃろう。これはわしの経験じゃがな」
いずれ訪れる避けられない宿命?
それは俺の命に係るようなことなんだろうか?だからこそ与えられた【その他】なのか?チートのように強くなることが出来る能力を使わなければ成せないような宿命。そんな強さが必要な敵がいずれ現れると?
「タイセイさん……」
「ああ……大丈夫だから。今日は心配させてばっかりでごめんね」
今の俺はどんな顔をしているんだろう。
タマちゃんが心配そうな顔で俺を見ている。駄目だな俺は。おっさんが言ったようにすぐに感情が表に出てしまう。タマちゃんには笑った顔を見せなきゃ。
「そんな無理して笑わなくても良いんですよ。何がこの先あろうと、私が傍にいて力になりますから。タイセイさんの力に」
作り笑いはすぐにバレた。
そして今は俺がどんな顔をしているのか分かる。
きっと泣きそうな顔をして笑っているんだろう。
「ありがとう。おっさんの言葉を全部信じるわけじゃないけど――」
「せっかく良いことを言ったんじゃから信じてほしいのお……」
「この先に何があろうと俺は生き抜く。そして必ず元の世界に帰る!!」
「タイセイさん……」
「どんな宿命だろうと全部ぶっ壊してやる!!タマちゃん、力になってくれるって言ってくれてありがとう」
「そ、そんな真剣な顔で言わないでくださいよ!!……照れるじゃないですかぁ」
「俺もタマちゃんの力になる!一生護り抜いて見せるから!!」
あれ?どしたの?急にみんな固まっちゃって?
「……それはプロポーズかの?こんなところで告白とは、小僧やるのお」
「タイセイ様……大胆」
「え!?ち、違っ!!タマちゃんも顔を赤くして俯かないで!余計にそれっぽくなっちゃうから!!」
プ、プロポーズなんかじゃないんだからね!!
「まあ、2人の今後の事はさて置いてじゃのお」
今後とか無いから!!
いや、それは断言出来ないと言えないこともあったりなかったりするけども……。
「地下に潜るのであれば、ここから先は何が起こるか分からん。小僧たちはさて置き、姫様にとっては危険な場所なのは間違いない。絶対に無理すのではないぞ」
「ご忠告しっかりと受け止めさせていただきます。でも大丈夫です。私にはこんなにも頼りになる仲間がおりますもの」
昨日であったばかりの俺たちに何故そこまで信頼を置けるのかは謎だけど、そこまで頼りにされているというのは悪い気がしない。
俺は改めてロリ様を護らなくてはと気を引き締めたのだった。
ここはまだダンジョンの1階。
謎のデカいおっさんによってリニューアルされてしまった可哀そうな階層。
部屋を出てからも少し呆然とした顔のままのロリ姫様とバックスさんを連れて、俺たちはようやく下の階層へ降りる階段へ辿り着いた。
ダンジョン探索はここからが本番。
いろいろ考えることがあるけど、一旦そのことは忘れて集中しよう。
鬼が出るか蛇が出るか……。
「タイセイさん、何か楽しそうですね?」
「ん?まあね。やっとダンジョンを体験出来ると思うと気分が上がっちゃうよ」
「ここもダンジョンですよ?」
「ここはおっさんの家。この下からが本物のダンジョン」
「まあそうですね」
そう言ってタマちゃんは笑った。
俺もそれにつられて笑う。
会話が聞こえていなかったロリ様とバックスさんは急に笑いだした俺たちを不思議そうに見ている。
きっとあのおっさんは聞いていても解らないだろう。
何があるか分からない危険な場所へ笑いながら行こうとしている俺たちの気持ちなんて。
さあ行こう。
命がけの神秘の溢れる未知の世界へ。
俺たちは冒険者なんだから。
第4章 飛び込んで地下迷宮 ―完―
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