スケルトンたちも無限に湧き出てくるというわけではなかったようで、俺が駆け付けた時にはほぼ戦闘は終了していた。
「2人とも怪我は無いですか?」
バックスさんの背中に隠れるように立っていたロリ様に話しかける。
ふうと一つ息を吐いたその顔には僅かに安堵の色が見える。
ダンジョンに入ってからここまでは俺たちが戦っているのを後ろで見ているだけだったから、ロリ様にとっては今回が初めて魔物との戦闘と言って良いだろう。
かなり怖かったはずだけど――
「ありがとうございます。私はバックスが護ってくれたので大丈夫ですわ」
そう気丈に振舞っていた。
弱さを人に見せないない心の強さは、幼い少女とはいえ、彼女も生まれついての王家の人間なんだと感じる。
「私も疲れましたが、特に傷を負ったということはございません」
むしろバックスさんの方が疲れた顔をしている。ロリ様を護れたことにほっとしているんだろうな。
まあ何にせよ2人とも無事だったみたいで何より。
「タイセイ様。魔物はまだ現れるのでしょうか?」
俺は入り口の扉に手をかけて開けようと試みたけど、やはり開くような気配はなかった。
「まだ終わってないみたいですね……」
スケルトンたちを倒してからは次の魔物が出てくる気配は無い。しかし扉が開かない以上、まだ何かが残っているんだと思う。
何かって言っても、この場合はヤバいボスしか考えられないよね。
さっきのムカデ以上のボスとか勘弁してくれ。
あれ以上のレベルのボスが出てくるのだとしたら、その時はロリ様やバックスさんを巻き込まないように戦うのは難しい。
だが幸いなことに室内はかなり広い。
俺とタマちゃんが注意を引きつけて2人から引き離して戦う事が出来るだろう。今はそれ以外に良い方法が思いつかない。
「タマちゃんは疲れてない?」
「私も少し疲れてますけど、まだ戦えます!!」
これまでの冒険者としての経験からだろうか、タマちゃんもこの次に出てくるのがこれまで以上にヤバい奴だと察している様子。そう力強く言った表情はこれまで以上に真剣なものだった。
「これくらいでへこたれてられないです。私の猫獣人の血が騒いでるんですよ。絶対にこれまでよりも凄いのが出てくるって!」
経験からじゃなかった!
黙れ1%。
2度とその血に身を委ねるんじゃない。
「……ロリ様、バックスさん。俺もタマちゃんの考えているようなことになると思います。その時は極力お2人から距離をとって戦うつもりですけど、それも相手次第でどうなるか分かりません。バックスさんはとにかくロリ様を護ることを第一に考えて行動してください」
「分かりました。必ずや護り――」
「待ってください!」
ロリ様がバックスさんの言葉を遮って前に出てきた。
「タイセイ様がそこまで警戒するような相手なのでしたら、バックスも一緒に戦った方がよろしいのではないですか?私だって、自分の身は自分で護れます!!」
「ロリ様。そのお気持ちは嬉しいですけど俺だって冒険者ですからね。依頼人を守るのも依頼の内です。たとえ護衛依頼を受けていない、ロリ様がパーティーメンバーだと言ったとしても、です」
「でも――」
「ロリ姫様。タイセイ殿のお気持ちをお察しください」
「バックスまで……」
今にも泣きそうな顔でバックスさんを睨むロリ様。
子供を虐めているようで心が痛むな……。
「ロリ姫様。タイセイ殿は冒険者としての責務を果たそうとしております。たとえ姫様でも、その気持ちを否定するようなことをしてはなりません。そして――私の任務はあなた様をお守りすることです」
「それは……」
「それにですな。タイセイ殿はお優しいのではっきりとは言いませんが、そのような敵が現れるのであれば、私がお2人に私が手を貸そうとすればかえって邪魔になるだけでしょう。タイセイ殿。これまでの魔物にしても私たちのことを気にしないのであればもっと簡単に倒せたのではないですか?」
バックスさんは気付いていたんだね。
俺もタマちゃんも2人を巻き込まないように力を制限して動いていたことを。
俺はその問いにはっきりとは答えずに、軽く微笑みで返した。
「で、では!私はバックスが全力で護ってくれますので、タイセイ様とタマキ様は思い切り戦ってください!!私は護られることに全力を尽くしますわ!!」
護られることに全力……。
「あは、ハハハハハッ!!そうです!ロリ様は全身全霊で護られてください!!俺たちが絶対に無事にここから出してあげますから!」
「はい!お任せいたします!」
なんか気持ちが楽になったな。
全力で戦う俺とタマちゃん。
全力で護るバックスさんに、全力で護られるロリ様。
本当に2人を気にせずにやる気はないけど、この頼もしい2人を最高のパーティー仲間だと思って戦おう。
そうじゃないとヤバそうな奴みたいだからね。
――あいつは。
部屋の奥に広がっている暗黒から圧得体のしれない圧を感じる。
まだ何の姿は見えないけど、それは明らかにこれまでの敵とは異質な気配を放っている。
「じゃあ、行こうかタマちゃん」
「はい!では行ってきますね!」
タマちゃんは元気いっぱいに2人に手を振り、そして俺たちは部屋の奥へと駆け出した。
目の前に見えるのは大きな闇の塊のようなもの。誰がどう見てもこいつがこの部屋と無関係だとは思わないだろう怪しさ満点の真っ黒な塊。
こいつのせいで部屋の奥が暗かったのか?宇宙のブラックホールは光も逃がさないから真っ黒だって聞いたことがあるようなないようなぼんやりした記憶がある。これもそれと同じで、周りの光を吸収しているんじゃないかってくらいに、その周囲がぼやけるくらいに深い漆黒の闇。
さっきから感じる異様な気配はこの闇の中から感じる。こいつ自身がその魔物なのか、それともこいつがその魔物を生み出そうとしているのか……
「――鑑定」
闇に向かって鑑定スキルを使ってみたが反応がない。
じゃあこいつが魔物というわけではなさそうだな。
俺の鑑定スキルは純粋に魔物と判断した相手にしか反応しない。
種族じゃなくて、人も魔物も「職業」なのに不思議だよねぇ…。
【泥田坊】とか完全に見た目も人というよりも魔物よりの妖怪だし……。
『職業【泥田坊】の中身は普通の人族、もしくは獣人族です。
あの見た目は泥の中を移動する事によって体に付着した――』
ああ、はいはい。今はそういうの聞いてる場合じゃないから後でね。
『……じゃあ黙りますね』
ナビが拗ねたようにそう言った時、不意に目の前が真っ暗になり、同時に正面からの強い衝撃を受けた俺の身体が飛ばされて地面を転がる。
『ざまぁ』
お前!気付いてやがったなあぁぁぁ!!
俺は慌てて体勢を立て直して立ち上がる。そして即座に正面へ剣を構え、攻撃してきただろう敵の姿を探す。しかし――
――そこには闇の中から伸びてきた巨大な黒い腕と、その手に掴まれてぐったりとしているタマちゃんの姿があった。
「――タマちゃん!!」
『【称号】ダービージョッキーの効果で全てのステータスが100%アップします』
「遅せえよ!!」