真っ黒な手で掴まれ、まるで闇に捕らえられたかのように見えるタマちゃん。
意識を失っているのか、その顔は項垂れるように俯いている。
その姿を見た瞬間、一気に頭に血の上った俺は、全力で地面を蹴って闇へと向かって駆ける。
「その手を放せぇぇぇ!!!」
振り上げた剣を闇の腕の手首辺りに振り下ろす。
それは型もクソもない感情に委ねた力任せの攻撃。
刃が闇に触れた瞬間に剣を伝わってくる奇妙な手ごたえ。刃は闇を斬り裂くことなく僅かばかり食い込んだ後に弾かれてしまった。
その勢いで俺の身体は後方へ大きく弾かれるが、何とかバランスをとって倒れることなく踏みとどまる。
「くそっ!!」
再度攻撃を仕掛けようと体勢を整えるが、その時にはすでに闇の手が俺に向かってもの凄い速さで伸びてきていた。
が、その手にはさっきまで掴んでいたタマちゃんの姿が無い。
初撃はまるで見えなかったけど、今回はダービージョッキーの効果でステータスが上がっていたので何とかその手を躱すことが出来た。
タマちゃんが気配察知で助けてくれなかったら、捕まっていたのは間違いなく俺だった。
「タマちゃん!!」
視界の端に見えたのは床に倒れているタマちゃん。俺は出来る限りの大声を張り上げて呼びかける。
何度も、何度も。
タマちゃんが起き上がる事を祈りながら叫び続ける。
しかし、当然闇の手はそんなこと知った事じゃないとばかりに何度も執拗に掴みかかってくる。
タマちゃんの反応は無い。俺は闇の手をタマちゃんから引き離そうと、躱しながら移動していく。
横に躱し、後ろに跳び、出来るだけ攻撃をギリギリで躱して闇の手のヘイトを自分に集める。
攻撃を躱した離れ際に斬りつけるが、やはりダメージが通ったような手ごたえはない。
物理攻撃が効かないのか?いや、すり抜けているというわけじゃないから一概にそうだとも思えない。しかし現状で剣での攻撃は期待薄と考える方が良いだろう。
あとは魔法がどれだけ効果があるかだけど、周囲を巻き込んでしまうような強力な魔法は使えない。倒れたままのタマちゃんが巻き添えになる事態だけは絶対に避けなければならない。
弱い魔法を撃ちこんで試してみるか?
「ファイヤーボール!!」
俺は後方に跳びながら、向かってきていた闇の手にファイヤーボールを撃ちこむ。
闇の手は火球を躱すことなく握りつぶし、その手の中で小さな爆発を起こす。
見た感じ、特にダメージを与えたような感じはしない。
魔法自体が効かないのか、威力が足りないのか、はたまた属性がなんちゃらとかいう話なのか……。
「タイセイさん!!」
待ち望んでいた声が聞こえた。
俺は闇の手の攻撃を躱しながらその声の聞こえてきた方を見ると、タマちゃんが倒れていた場所よりも少し離れたところに立ってこちらを見ていた。
良かった!無事だった!
「タマちゃん!大丈夫か?!」
「私は大丈夫です!!掴まれた時にショックで少し気を失っていたみたいですけど、怪我はしてません!!」
オッケー!!
どうやら掴み攻撃は状態異常とかそういう系の攻撃だったらしいな。
タマちゃんの事は一先ず安心したけど、こいつをどうにか倒さないとここから出られないことに変わりはなさそうだ。
「援護します!!」
タマちゃんはそう言うと闇の手の腕に向かって連続して矢を放つ。
闇の手の動きよりも遥かに速い音速の矢が大気を貫いて獲物に向かっていく。
もちろん俺にも見えないけどね。
しかし全ての矢は闇の手に突き刺さることなく無音で弾かれ宙を舞った。
貫通力上昇の乗った音速の矢ですらダメージを与えることが出来ないのか。
やっぱりこういう種類の敵には魔法しか効かないとかっぽいな。
それなら全力の魔法を撃ちこんでみるか?
ロリ様たちは遥か後方。タマちゃんも動ける今なら手加減する必要は無さそうだし。
まあ、それで駄目なら完全に打つ手は無くなるけど。
そんなことを考えながら攻撃を躱していると、急に闇の手の動きが止まる。
いや、正確には俺に向かって伸びていた動きが止まった。
闇の手は相変わらず俺を掴もうとしているのか、手の平を開いたり閉じたりしている……俺から数メートル手前で。
「もしかして……」
「タイセイさん……これって……」
そんな様子をぼんやりと眺めていた俺のところにタマちゃんが駆け寄って来た。
どうやらタマちゃんも気付いたみたいだ。
「これ以上伸びてこれないみたいだね……」
「ですね……」
伸びる距離に限界があるのか……。
こういうのって、普通どこまでも伸びて追いかけてくるんじゃないの?
「どうします?このまま放っておきますか?」
「いや……そうしたのはやまやまなんだけど……」
多分こいつを倒すか、この手が出てきてる闇の塊を消すかしないとここから出られそうもないよね。
でも、剣や矢の物理は弾かれるし、魔法もどこまで効果があるか分からない。
使えそうなステータスやスキルも今は持って無さそうだし……。
さて、どうしたものか?
闇の手はずっと俺にだけグッパ!グッパ!ってやってるけども。
そんなにこいつのヘイト買ってたんかな?
さっき捕まえたタマちゃんも隣にいるよ?
「これ、何なんでしょうね?一応魔物みたいですけど……」
「鑑定」
とりあえず、こいつが何なのか見てみるか。
突然タマちゃんが襲われた事に気が動転して鑑定するのを忘れてた。
『職業 ?????
名前 ?????
レベル ????? 』
え?鑑定出来ない?
そういう仕様なのか、俺の鑑定スキルが低いからなのか。
「こいつ鑑定出来ない。職業も名前もレベルも全部」
「え!?そんなことあるんですか!?」
「うーん。一応理由はいくつか考えられるけど、少なくとも今は無理っぽい」
「私もこんな魔物は見た事も聞いたこともないですから……」
俺はゆっくりと闇の手に近づいていく。
「タイセイさん危ないですよ!」
「大丈夫」
俺が近づくと、地面を掴んで少しでも近づいてこようと闇の手がもがいている。
「えい」
その指先に剣を振り下ろしてみる。
刃は少しだけ食い込んで、やはりゴムのように俺の剣を跳ね返した。
斬れないけど手ごたえはある。でもダメージは与えられない。
さっきのファイヤーボールも当たることは当たる。避けることもせずに掴んできたのは、当たっても大丈夫だと知っていたからか?
よくよく考えると、初めから俺だけを狙ってきてるような気がする。
最初の攻撃もタマちゃんが捕まったけど、それは俺を庇ったから。
捕まえたタマちゃんも殺すことなく手放してるし、その後にタマちゃんが意識を取り戻してからも、タマちゃんには全く興味が無いように見える。
なんで?
男が好きとか?
それとも知らない間に恨みでも買って――ん?
『【称号】名探偵(シャーロック)の効果が発動しました』
何か俺の中でバラバラだったピースがカチリとはまったような感覚がした。
「タマちゃん。ちょっと離れてて」
俺は思いついた事を検証するべく、タマちゃんに下がってもらった。
変わらずもがき続けている闇の手。
俺はその正面に立って――
「ファイヤーボール!!」
天井に向けてファイヤーボールを放つ。
3階建てだった高校の校舎ほどの高さの天井。
ファイヤーボールはその天井に当たると炸裂して周囲を明るく照らす。
「えい!!」
そのタイミングで闇の手を斬りつける。
――うおぉぉぉぉん
ウーハーから流れる重低音のような悲鳴?呻き声?を上げて、闇の手はその体?腕?をうねらせて悶えた。
いろいろとはっきりしないから説明しにくいな!!
でも、確かに今は闇の手の平を斬った感触があった。
「タイセイさん、今のは……」
急に悶えだした闇の手を不思議に思ったタマちゃんが駆け寄ってきた。
「どうやら光が当たると弱って攻撃が当たるみたいだよ」
闇の敵に光魔法が効果的なのはデフォだけど、こいつは明るいだけでも効果があるみたい。
こいつは盲点だったぜ!
「だから最初から火魔法を使える俺から先に狙ってきてたんだろうね。さっきファイヤースラッシュを撃ったのを知ってたから」
「ああ、そういうことですか。じゃああとは簡単そうですね」
タマちゃんはそういうと弓に矢をつがえて闇の手を狙う。
さっきまで使っていたのとは違う種類の矢。その矢先は鉄でも鋼でもなく、魔石を加工して作った特別製の矢。
アーチャーに魔力があっても必要ないだろ?
そんなことはない。
これはアーチャーなのに魔力量の多いタマちゃんだからこその戦い方。
ゆっくりとつがえた矢を引く。
タマちゃんの魔力が徐々に矢を通して矢先の魔石に集まっていく。
やがて弓は限界まで弧を描き、魔石は赤く眩しい光を放ち出す。
「準備できました!!」
「オッケー!!いくよー!!」
俺も闇の手に向かって、そして――その先にある闇の塊に向かって両手を突き出す。
「ファイヤー!!」
俺と闇の手の間に炎の刃が現れる。
それを見た……見た?目があるの?無いな。じゃあ、何らかの方法で危険を感じた闇の手は逃げようとしたのか手の平を返して……いや、そうじゃなくて、本当の意味で手の平を返した。
いや、逃がさないよ?
「スラーッシュ!!」
炎の刃が闇の手を、腕を両断していく。
「猫ぱーんち!!」
そんな気の抜けた掛け声と共のタマちゃんの矢が放たれる。
タマちゃんの手を離れた矢。その矢先は巨大な魔法の炎に包まれ、俺のスラッシュが切り裂いた後を追いかけるように飛んでいく。
そしてその炎はやがて大きな肉球のついた炎の猫の手に変化した。
どうやってんのそれ?
スラッシュの炎は周囲を眩しい程に照らしながら闇の腕を斬り裂いていき、そのまま闇の塊に直撃して大きな爆発を起こし、室内は昼間と見まごうほどの明るさになる。
そして間髪入れず、タマちゃんの猫パンチが闇の塊を押しつぶすような形で命中した。
だからそれどうやってんの?
――うおぉぉぉぉん!!
2つに斬り裂かれた闇の腕は、炎に包まれて苦しそうに悶えている。
猫パンチを喰らった闇の塊は跡形もなく消え去り、そこから伸びていた闇の手は床にぼとりと落ちた。
そしてやがて動かなくなる闇の手。それでもなおその身は炎に焼かれ続けていた。
自分が燃やされる炎の光で弱り続けているというのも皮肉な話だな。
そして最後は全てが白い灰となって消えていった。
灰になるという事は実態があったって事なんかな?
「何とか倒せましたね」
「終わってみると呆気なかったけど、魔法が使えない人たちだけでここに迷い込んでいたらお終いな相手だったね」
「確かに。でも、タイセイさんもよく気付きましたよね」
そういわれてみれば、意外と冷静に考えることが出来ていた気がする。
俺ってこんなんだっけ?
今までも戦闘中はわりと考えながら戦っていたとは思うけど、最近はちょっとしたことでも気になって答えを出したくなっている気がする。
まあ、今回はそのお陰で倒すことが出来たんだから良しとしよう。
『…………へぇ』
ん?何かナビの不服そうな声が聞こえた気がするな。
「ロリ様たちのところに戻ろうか。これで扉が開いてなかったらショックだけど」
「さすがに……今のはボスっぽいでしょ?」
「だよね。元凶っぽい塊も消えたから大丈夫だと思うよ」
いかにもって奴だったしね。
はあ、さすがに疲れた……。
『称号「名探偵(シャーロック)」(必要時)
(観察力、洞察力、思考力の能力を50%上昇させる)』