「貴方ですか?姉さんにちょっかい掛けていると言う愚者は…」
ある日、ティナの義弟であるグイードは、仕事で城を訪れていた。仕事は建前、本命はティナを口説いているユリウスに会う為だと言うことは、本人以外は知らない。
「君は……──ああ、ティナの義弟の…」
「グイード・シファーです。単刀直入に言いますが、姉を揶揄うのはやめて頂きたい」
隠すことなく真っ直ぐ敵意を向けてくるグイードを見たユリウスは、姉弟揃って随分と肝が座っていると関心していた。
グイードの
ティナ自身は気付いていないだろうが、ティナに好意を持っていた男を影で牽制して、遠ざけて蹴散らしているのは彼だ。
「聞いてます?姉は貴方に付き纏われて迷惑しているんです」
「ああ、失礼。聞いてますよ?彼女に付き纏うな…ですよね?残念ですが、それは聞けませんね」
「は?」
「私は一度決めたことは曲げない主義なんです」
悪いが、他の男の様に簡単に諦めるわけにはいかない。
グイードは「はっ」と鼻で笑うと、嘲笑うかのように口を開いた。
「姉さんにフラれた男が何言ってんの?どうせ付き纏ってるのだって、フラれた事による嫌がらせでしょ?憧れの騎士様が、随分と陰険な事するじゃない」
「どう思われても結構ですが、ティナを諦めることは絶対にない。それだけは宣言しましょう?」
はっきりと言われ、グイードはギリッと歯を食いしばった。
大抵の男は
だが、どんな騎士だって弱い部分は絶対にある。
「そこまで言うんなら、一ついい事を教えてあげる」
含みのある笑みを浮かべながらユリウスを見た。
「姉さんにはね、心に決めた人がいるんだよ」
「!?」
涼しい顔が一瞬で変わり、グイードの口角も上がる。
「あの二人は互いに慕い合ってるんだ。今は訳あってこの国にはいないけどね。あんたなんかより、ずっと強くて頼りになる。僕も本当の兄のように慕ってる人さ。ああ、嘘じゃないよ?嘘だと思うなら姉さんに直接聞くといい」
挑発するような態度で言い切り「最初からあんたには勝算がないんだよ」と冷笑しながら、放心状態のユリウスの横をせせら笑いながら通り過ぎて行った。
ユリウスはグイードの言葉が呪いのように頭から離れない。
ティナに愛する者が?そんな話は聞いた事がない。では、グイードが嘘を?いや、あの強気な発言に嘘は見受けられない。
ブツブツと真意を探るが、答えが出ない。
「あれ?ユリウスか?おい、おぉい!!」
廊下の真ん中で立ち往生しているユリウスに声をかけたのは、上司である団長のレイモンド。
ガタイがよく、手には沢山の剣傷がある。強面だが面倒見がよく、城で働く侍女達の中には隠れファンがいるほどのイケおじだ。
「なんだ?グイードに小言を貰ったか?」
「……ええ、しっかりと」
「くくっ、あいつも相変わらずだな。昔、ティナが俺に懐いていた時も小さい体で牽制してきたな」
昔を懐かしむように笑うレイモンドだが、ユリウスはまったく笑えない。それどころか、凍てつくような目でレイモンドを見ている。
「…なるほど…?もしやと思いますが、ティナの想い人は貴方…とは言いませんよね?」
「は?」
「結婚している身でありながら、他の女にうつつを抜かすなど言語道断。恥を知りなさい」
「いや、お前、何言って…」
レイモンドはユリウスが何に対して怒っているのか、何を言っているのかまったく分からず戸惑うしかなかった。
「不貞をはたらく前に奥方の耳に入れておいた方がいいですね」
「はぁぁ!?不貞って…何言ってんだ!?─あ、おいっ!!」
焦るレイモンドを無視して、足早にその場を離れた。向かう先はレイモンドの屋敷。
このままでは身に覚えのない不貞を妻に告げ口され、いらない不安を持たせる事になる。自他ともに認める愛妻家で妻以外は興味が無い。
そんな妻を悲しませたとなったら…
「ユリウス!!!待て!!」
その日、顔面蒼白になりながら、ユリウスを追いかけるレイモンドの姿が多くの人に目撃された。