目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話

 ティナは机に膝を置き、頭を抱えていた。原因はテーブルに置かれた一枚の招待状。


 事の始まりは数分前─…


「おじょ~さん」


 のんびりと本を読みながら、優雅にお茶を飲んでいた所にゼノが顔を出してきた。

 至福のひとときが一瞬にして崩れた事で、ティナの顔はあからさまに曇りだした。


「そんな嫌な顔しないでよぉ。俺だって仕事なんだからさぁ」

「仕事って言ってる割には、毎晩のように飲み歩いてるようだけど?」


 ジロっと睨みつけながら言う。

 ゼノは毎晩、夜の街に出向いては朝日と共に帰ってくる。酒の臭いと香水の匂いを全身に纏わせて…

 この間なんか、目の着くところに紅い口付けの痕キスマークを付けていた。


 誰とどう遊ぼうが関係ないし興味もないが、節度は守って欲しい。


「…あんた、いつか絶対呪い殺されると思うわよ?」

「心配してくれるの?」

「呆れてるの」

「えぇ?そんな事言わないでよ」


 相変わらず掴みどころの分からない男だと思いながら、なんの用か訊ねた。


「ああ、そうそう。これ、お届け物」


 そう言いながら差し出してきたのは一枚の封筒。眩いぐらい真っ白な封筒に、目を引く真っ赤な封蝋。端には流麗な字でユリウスの名が記されてある。


 開ける前から嫌な予感しかしない。


「受け取り拒否で」

「それは勘弁してよ。お使いも出来ないと思われるでしょ?」


 封筒を突き返すが、ゼノとしても持ち帰る訳には行かない。


「お使い出来なくて上等じゃない。そのままお役御免になりなさいよ」

「酷い!!こう見えて俺、結構優秀な人材よ?」

「……………」

「無言で否定するのはやめて」


 押し問答を繰り返すがお互いに引かず、痺れを切らしたゼノが「分かった」と言いながら手を離した。


「そこまで言うんなら、直接旦那に手渡してもらおう」


 とんでも発言にティナの手も止まった。


「俺から渡されるのが嫌なんでしょ?なら、本人に頼むしかないでじゃない?」


 そういう事じゃないと分かった上でわざと言っている。


 ゼノは睨みつけるティナを嘲笑うように、ニヤッと笑みを浮かべた。


「んじゃ、まあ、善は急げって事で…行こうか?」

「は!?え、ちょ─!!」


 ゼノは素早くティナを抱き抱えると、足元に魔法陣を出現させた。こうなると、流石のティナも焦り出す。


「ちょっと!!何してんの!?離しなさいよ!!」

「ん~?聞こえないなぁ?」

「耳元で叫んでるのに聞こえない訳ないだろ!!」


 必死にじたばたするが、がっしり掴まれて離れる事が出来ない。そうこうしてる内に足元が光りだした。ゼノは鼻歌混じりで余裕の表情。


「~~~~~ッ、分かったわよ!!受け取ればいいんでしょ!!」


 ティナは勝ち目がない事が分かり、即座に白旗を挙げた。その瞬間、魔法陣は消え、嫌味たっらしい笑顔のゼノから解放された。


「はい。これね」


 その場に項垂れているティナの目の前に、封筒が差し出された。恨めしく睨みつけるが、気にする素振りはまったくない。


 嫌々受けると、封を開けた。


「…………」


 中には一枚の招待状が入っていた。それは、年に一度行わられる騎士らによる公開試合の招待状。


 この公開試合は身分に制限がなく、誰でも見ることができる。騎士達が剣を振るう姿なんて、滅多に見る事が出来ないので、毎年大いに盛り上がっている。

 なんでも、前日から並んでいる強者もいると耳にするほど。王都で一番盛り上がる祭りと言っても過言ではない。


 そんな公開試合祭りの招待状……しかも一等席。この席は親族や身内など親しい者にしか配られない。


 そんなものを持っているなど知られたら…考えるだけで恐ろしい。


「あ、因みに当日は俺が迎えに来るからね。分かってると思うけど、逃げるのは無駄だと思った方がいいよ?」


 とどめの一言を言い放ち、ゼノは窓から出て行ってしまった。


 そして、冒頭へ戻る訳だが……


「はぁぁぁぁぁ~……」


 もはや溜息しか出なかった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?