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第16話

 王都ではユリウスとアンティカ。それにティナの三角関係の話題で持ち切り。その内、誰が言い出したのかユリウスがどっちを選ぶのか賭けをする者まで現れた。


「おい、お前はどっちだと思う?」

「そりゃあ、お前、アンティカ様だろ?ティナ様は……なあ?」

「まあ、所詮はお遊びで告白したんだろ?ティナ様は気の毒だと思うが、本命はやっぱり公爵令嬢だろ」


 (どいつもこいつも勝手なことを言って)


 いつになったら、ユリウスという楔から抜け出すことが出来るのだろう…


「姉さん気にすることないよ。言わせたい奴には言わせとけばいいよ」


 グイードが諭すように言ってくる。


「分かってる」


 そう言いながら馬車の外を眺めながら呟いた。


 ティナとグイードは今、領地である辺境へと向かっている。と言うのも、最近獣が蔓延っていて困っているという連絡がきたのだ。


「それにしても、この時期に獣とは珍しいねぇ」


 グイードが頭を傾げながら言っている。


 確かに、獣が活発に動き回るのには時期がある。例えば子供を作る為の繫殖期だとか、冬に向けて餌を蓄えるとか。あるいは、何か身の危険を感じた時…



 ❊❊❊



「これはまた……」


 馬車を下りて町を見たティナとグイードはその酷さに目を疑った。


 あちこちの家壁には獣のものと思われる爪痕があり、畑は荒らされて作物は全滅。追い払おうとした者らは傷を負っていた。


「わざわざお越しいただいて感謝します。……見ての通りの有様でございます」


 町長が申し訳なさそうに声をかけて来た。


「これは酷いね。なんでこうなる前に報告しなかったの?」

「も、申し訳ありません。次期的なものかと思っておりまして……」


 グイードが責めるように聞き返すと、恐縮しながら返事を返してきた。こちらからすれば、領民を護る務めがある。自分達で何とかしようと思う前に、連絡が欲しかった。


 それにしても、ここまで酷い被害と言うのも初めてだ。


(本当に獣?)


 そっと爪痕をなぞるが、獣にしては爪痕が大きく深い。獣らしきものも混じってはいるが、その大きさは歴然。

 ここら辺に生息している大型の獣は熊や狼程度なので、攻撃力はしれてる。


 グイードも思う所があるらしく、周辺を見渡しながら警戒していた。


 そんな時、叫び声が聞こえた。


「うわぁぁぁ!!助けてくれ!!」


 振り返ると、一人の男性が真黒で巨大な狼らしきモノに追いかけられている所だった。


「あれは魔獣!?」


 思わずグイードが叫んだ。


 この辺りでは生息していないはずの魔獣が目の前に現れて、ティナもグイードも驚愕のあまり動けずにいる。その周りは阿鼻叫喚。慌てて家に入る者や、剣や鍬を手にして立ち向かおうする者。


 グイードもすかさず腰につけていた剣を抜くと、ティナに隠れている様に伝えた。


 一応腕に覚えはあるものの、騎士のように訓練を積んだ訳ではない。魔獣相手ではほぼ素人と言っても過言ではない。


「無茶よ!!」


 ティナが一緒に逃げようと伝えるが、グイードも引かない。


「これでも僕は次期領主っていう立場でもあるんだよ。ここで逃げたら示しがつかないだろう?」

「だけど……!!」

「姉さんを護るのも僕の役目だしね。大丈夫だよ、心配しないで」


 いつものように微笑むと、剣を手に前に出た。その背中は小さく可愛かった子供の頃とは違い、大きく逞しくなっていた。


「………さて、姉さんには格好つけて言ったものの、どうしようかなぁ……」


 額に汗を滲ませ、苦笑いを浮かべながら呟くグイードの目の前には、自分の背丈の二倍ほどある魔獣が、その大きな口から涎を垂らしながら唸り声を上げていた。


「グイード!!!!!!」


 ティナの悲鳴に近い叫び声がその場に響く。絶望と自分の不甲斐なさを嘆いていると、ティナの横をすり抜けてグイードの元へ近づく者がいた。


「やれやれ。どっかで聞いた声がすると思ったら…退いてろ」


 グイードを押し退けるようにして魔獣の前に出た。

 大きなマントを羽織、顔はフードを被っていて分からない。だが、懐かしく聞き覚えのある声にティナの胸は高鳴っていた。


(まさか…)


 ティナが戸惑っていると、大きな咆哮と共に襲い掛かる魔獣を目にした。


「危ない!!」声に出たが、目の前の男は怯むことなく剣を一振りした。たった一振り、それだけで魔獣は真っ二つになり、足元はおびただしい血溜まりが出来ていた。


 その瞬間、大きな歓声と共に家の中から人々が出てきた。


「ありがとうございます!!」

「凄いな兄ちゃん!!あんなデカいの一振りか!!」


 口々にお礼の言葉や誉めたてる言葉を投げかけているが、その言葉に応えることはせず、横にいたグイードに声をかけた。


「久しぶりだな」

「……ポッと出てきたと思ったらいいとこ取り?僕だって殺れたよ」

「ははっ、それは悪かったな」


 グイードは頭を撫でられながら、不服そうに頬を膨らませている。こんな子供のような姿は親しい者にしか見せない。


「久しぶりだな。ティナ」


 ティナの元に寄り、フードを下ろした。空ような綺麗な水色の髪に、氷のように冷たく鋭い眼。マントの下の軍服には軍人の証である勲章がいくつも付いている。


「久しぶり。助かったわ。ありがとうギル」


 ティナがギルと呼ぶのは、ここから北へ行ったところにあるアイガス帝国で軍を率いているギルベルト・ファーレン。ギルベルトとは父親同士が仲がよく、屋敷も近かったことから幼いころからの顔馴染みで、遊び相手だった。

 先刻の大戦の際にアイガスへと出向くと、裁量と実力に惚れ込んだ皇帝がギルベルトを傍に置いて離さず、未だにアイガスに席を置いている状態なのだ。今では大佐にまで上り詰め、簡単に会えるような人物ではなくなってしまった。


 そんな人物が今、目の前にいる。


「ギルベルト兄さんが何でこんな所にいるのさ」


 先に声をかけたのはグイード。


「ああ、遠征がてら少し寄り道をしていたら、どこからか聞き覚えのある声が聞こえたんでな。寄ってみたんだが?」

「折角姉さんに格好いいところ見せれるチャンスだったのに」

「悪かったよ」


 未だにブツブツ文句を言うグイードを懐かしむように、目を細めて優しく微笑んでいる。帝国の大佐も、グイードとティナの前ではただのギルベルトに変わる。


「ゆっくり話でもしたいところだが、どうもそうもいかんらしい」


 遠くからギルベルトを呼び声が聞こえてくる。


「近々休暇をもらう予定でいる。その時に会いに行く」


 ティナの頭に手を置きながら伝えると、呼び声がする方へと駆けて行ってしまった。


「………相変わらず忙しない人」


 嵐のように現れて嵐のように去って行くとはこういう事。ティナは大きな手の感触が残る頭を触りながら、呆れたように呟いた。


「良かったね。久しぶりにギルベルト兄さんに会えてさ」


 茶化すようにグイードが顔を覗かせた。


「なに?その言い方…」

「別にぃ?ただ、僕はギルベルト兄さんなら、姉さんを任せられると思っただけ」

「またそんな事言って…」


 ギルベルトは、グイードがティナ以外で唯一懐いた人物でもある。ユリウスと並んでも引けを取らない程の美貌と実力があり、何よりも包容力もあって頼りになる。久しぶりに会ってつくづく実感した。


 ティナ自身も本当の兄のように慕っていて、初めて恋に目覚めたきっかけになった人…









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