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第31話

 ゼノがユリウスを回収してくれたおかげで、屋敷の者達にはバレずに済んだ。やれやれと思いながら、もうひと眠りしようかと布団の中へ潜り込み、目を瞑った。


『ティナ。愛してます』


 額に汗を滲ませながら覆い被さるユリウスが脳裏に浮かび飛び起きた。


「な、なななななな!?」


 鼓動が驚くほど早い。ティナは落ち着かせるように深く息を吐いき、再び目を瞑った。


『ティナ…ティナ。私のティナ…もう離しません』


 熱を帯びた目で名前を呼び、逃がさないとばかりに力強く抱きしめる。身体が熱い。まるで、実際に抱きしめられてるみたい…


「ッ!!」


「はぁはぁ」と息を切らしながら飛び起きた。そして、頭を抱えた。


「…勘弁してよ…」


 こんなの新手の呪いみたいじゃないか。飲み過ぎた自分が悪いと言えばそれまで。……というか、本当に何もなかったと言い切れるのか?


「……」


 ティナは仰向けに寝転がり、昨夜の事を思いだした。


 飲み始めの方は当たり障りのないの話をしていた。休日は何をしているかだとか、新しい店が出来ただとかそんな程度の話をしていた。酒が進むにつれて、ほろ酔い気分のティナが絡みだした。


「ユリウス様。私は心底迷惑しているんですよ。そこ分かってます?」

「ええ。ティナが私の事を嫌っていても、私はティナの事を愛してます」

「だ~か~ら~、そう言うのが迷惑って言ってんの。そもそも、私に固執する理由は何?」


 据わった目でユリウスの胸元を掴みながら問い詰めるが、ユリウスは黙ってティナの瞳を見つめていた。


「……飲み過ぎですよ。この辺にしておきましょう?」


 ようやく口を開いたかと思えば、優しく諭すように手を解かれ、目の前の酒を片付け始めた。その行動がティナには癪に障った。


「嫌よ。貴方の指図なんて受けないんだから」


 頬を膨らませ、子供のような怒り方でユリウスの持っていた酒瓶を奪い取った。勢いよく奪い取ったせいで、ユリウスの着ていたシャツにワインがかかった。それでもユリウスは怒ることなく、素早く濡れたシャツを脱ぎ始めた。


「もぉ、こぼれちゃったじゃない」


 ティナは自分の腕にかかったワインを舐める取るように舌を這わせていた。その姿を見たユリウスの手は止まり、パサッとその場にシャツが落ちた。


「ん?何よ?」


「こっち見てんじゃないわよ」と苛立ったように言うだけで、ユリウスの雰囲気が変わった事に気が付かない。


 ユリウスはゆっくりティナの傍に寄ると、黙って肩を押した。ティナは態勢を崩し、そのままベッドに転がった。


「ちょっと!!」


 文句を言おうと口を開いたが、そこでようやくユリウスの様子がおかしい事に気が付き言葉を飲み込んだ。いつものように微笑んでいるが、その笑みが酷く恐ろしい。


 ギシッとベッドに足を掛けてくる。自然と体が後退るが、逃がさんとばかりに覆いかぶさって来た。


「煽ってるんですか?」


 何の事やら分からないティナは、困惑するばかり。


「……無意識ですか……それはいけませんね。いけない子にはお仕置をしなければ」


 息がかかりそうな距離まで詰め寄られ、流石のティナも心臓が破裂しそう。と言うか、未だに何を言っているのか理解が追い付かない。そもそも、咎められるような事をした覚えがない。


「何訳の分からないこと言ってんの!?退いてよ!!」


 照れ隠しと苦し紛れの反抗。当然だが、ビクともしない。


「ヒッ!!」


 ユリウスの唇が首筋を撫でる感覚がして変な声が出た。いくら酔いが回っていても貞操の危機だという事は分かる。なんなら酔いも一瞬で冷めた。


「ゆ、ユリウス様、酔ってるんですか?」

「いいえ、まさか。この程度で酔っていては団長に馬鹿にされます」

「いやいや、酔っている!!私には分かります!!これは大変ですよ!!残念ですが、今日の所はお開きにしましょう!!」


 気遣っている風に見せかけといてどさくさに紛れて逃げようと思ったが、そうは問屋が卸さない。


「おやおや。先ほどと言っている事が随分と違いますね?」


 速やかにベットを降りようとしたティナの手を掴み押し倒した。見上げると、綺麗な瞳に獰猛な光を灯したユリウスと目が合う。

 完全にスイッチが入ってる。こうなった理由は分からないが、自分がなにかやらかしたのは間違いない。ティナは困惑と焦りでパニック寸前の頭で必死に打開策を考える。考えている間にもユリウスは休むことはなく頬や腕、足首にキスをしたりと忙しい。


(こ、こんなん無理ぃぃぃぃ!!)


 とても考えられる状況じゃない。


 羞恥心で全身真っ赤。穴があったら入りたいとばかりに顔を両手で覆う。


「ティナ」


 顔を覆う手を退かしながら問いかけてきた。


「ティナ…愛してます」


 ──ドキッ


「ずっと…ずっと昔から、ティナだけを想ってきました。これから先もずっと貴女だけ…」


 真っ直ぐと想いをぶつけてくる。頭の中で警報が鳴り響いているが、甘く熱い視線から逃げれない。


 そっと頬に手を添えられ、体がビクッと分かりやすく反応する。バクバクと脈打つ心臓。触れられた箇所が熱くて仕方ない。


 間近で見るユリウスは、色気と刺激の暴力が犯罪級。鼻をくすぐる匂いは懐かしくて安心する様な香り…


(あれ?この匂い…何処かで……)


 昔、何処かで嗅いだことがある。ただ、今はそんな事考えられるわけも無い。


「ティナ…」


 ユリウスの顔が徐々に近付いてくる。キスされる!!そう思った瞬間、気を失った……


 全てを思い返したティナは自己嫌悪で、消えれるものなら今すぐ消えたかった。


「…いっその事殺して…」


 顔を覆いながら呟いた。






 その後、しばらく禁酒する事になったのは言うまでもない。


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