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第32話

「出掛けるぞ」


 ある日、前触れもなくやって来たギルベルトは、まだ眠るティナの布団を剥ぎ取った。寝ぼけ眼でボーとするティナだがお構い無しに身支度を整えられ、ぼやく間もなく外に連れ出された。


 行き着いた場所は、ティナが前々から行きたいと思っていたカフェ。


 看板メニューであるアップルパイを目にし、ティナの機嫌は最高潮と思えばそうではない。眉間に皺を寄せ、目の前のアップルパイを睨みつけている。


「どうした?お前好きだろう?こういうの」

「好きだけどさ……」


 今はそう言う事を言っているんじゃない。


 首を傾げるギルベルトにティナは悶々とした気持ちになる。


 こちとら叩き起されってだけでもムカつくのに、小洒落たカフェに連れてこられて黙って食えって?これでこの間の件は不問にしろってか?


 いつまでも手を付けないティナに、困ったようにギルベルトが小さく息を吐いた。


「この間はすまなかった。この程度で機嫌を取れるとは思っていないが、物に罪はない。手を付けずにいるのは店の者にも失礼だろう?」


(狡いよな…)


 そんな事を言われたら食べない訳にもいかない。腑に落ちない部分はあるが、仕方ないとゆっくりと口に運ぶ。その姿を見て、ギルベルトは優しく微笑んでいる。上手く乗せられた気がするが、ギルベルトの言う通り、アップルパイには罪はない。ここは美味しく頂くのが礼儀だ。


 心の中ではあーだこーだと文句を言っているが、口元はアップルパイの美味しさにずっと緩んでいる。


(看板メニューだけあって美味~!!)


 一度手を出したら止まらず、あっという間に皿の上は空っぽ。


「ふぅ、美味しかった」

「それは良かった。他に何か欲しいものはあるか?」

「え?」

「罪滅ぼし。……と言いたいところだが、物で機嫌を取るのはどうにも気に食わん。だから……」


 ニヤッとしながらティナの手を取ると「ちょっと付き合え」そう言って店を出た。


「ちょっと!!」


 腕を引かれながら声をかけるが、応える気もどこに行くのか教える気もないらしい。楽しそうなギルベルトの横顔を見たら、黙ってついて行くしかなかった。




 ❊❊❊




 連れてこられた場所は、森の奥にある小さな小屋。の横にある大きな木。その木には真っ赤に熟れた実がなっている。


 最近はめっきり来なくなったが、ここはギルベルトの隠れ家。まあ、秘密基地みたいなものだ。

 ティナが幼い頃はギルベルトの後を付けては、よくこの場所へやってきていた。


 懐かしむように眺めていると、「よっ」とギルベルトが枝に手をかけ、器用に木の上に登り始めた。


「ほら、受け取れ」

「わっ!!」


 ポンッと投げられた実を慌ててキャッチする。林檎の様な真っ赤な実だが、食べると桃のようにみずみずしく甘い。


 懐かしい味に舌鼓を打っていると、いつの間にか下に降りてきたギルベルトが横に座っていた。


「こうして見上げてると思い出すな…お前はよく俺の真似してこの木に登っては、毎回降りれなくなって大泣きしてたよな。何度も注意したのに全く聞かない、お転婆娘だった」


 クスッと笑われ、顔を真っ赤にして「そ、そんな事、覚えてないわよ!!」と反論するが、嘘だ。昨日の事ように思い出す。


 泣きながら助けを求めるティナに文句を言いつつも落ちないように抱き抱え、細心の注意を払っていたことを知っている。


 優しくて頼りになる。そんなギルベルトが大好きだった…


「…お前は小さな頃から変わってないな…危なかっしくて目が離せない…」


 急に真剣な面持ちで見つめてくるものだから、ドキッと胸が跳ねた。


「そ、そんな事言って、結構面白がってたじゃない」


 誤魔化すように言えば「バレたか」と子供のような笑顔を向けられた。


「さて、お姫様の機嫌も直ったことだし、そろそろ戻るか」


 トータルで考えれば機嫌を直す所か、損ねる事ばかりな気がするが…まあ、いつまで怒っていてもしょうがない。と差し出された手を取った。


 ポツ…ポツ…


「降ってきたか」


 上を見上げると雨雲に覆われ、小雨が降ってきた。これぐらいなら、屋敷までは持つだろうと思っていたら


 ザ--ー……!!


 一瞬の内に本降り。


 ティナとギルベルトは慌てて小屋の中へ駆け込んだ。


「これはしばらく止まないな」


 悠長に窓の外を眺めながら言うが、濡れた体ではのんびりとしてられない。いくら暖かくなってきたとはいえ、濡れれば体温が奪われる。


 震える体を抱きしめるようにしているティナを見て、ギルベルトは自分の上着を脱ぎ捨て、シャツまで脱ぎ出した。


「ちょ、な、何してんの!?」

「ん?ああ、お前も脱げ」

「はぁ!?」


 雨に濡れて頭がイカれたか!?


 絶句していると、大きな手が頭に置かれた。


「アホ。濡れたままだと風邪をひく。奥に毛布があったはずだ。取ってくるから脱いでおけ。……お前の肌など見慣れている。今更だ」


 緊張を解そうとしているんだと思う。思うんだが、最後の一言は要らんかった…


 本当は脱ぎたくないが、濡れた服では体温を奪われる一方。このままでは本当に風邪をひいてしまうと思ったティナは、意を決してボタンに手をかけた。


「しばらく使ってなかったからな。使えるがこれ一枚しかなかった」


 下着姿になったところで、ギルベルトが毛布を手に戻ってきた。


「キャッ!!」


 思わずその場にしゃがみこみ肌を隠そうとするが、無駄な抵抗。


 真っ白な肌が羞恥心で赤く染まっている。そんな姿にギルベルトは目が離せない。見慣れていると言ったが、これは自分に言い聞かせる為に使った言い訳。じゃなければ、理性が保てない。


(だが、これは……)


 思った以上にキツイ。


 いつの間にか女性らしくなった身体。まるびを帯びた身体は一度触れてしまえば癖になりそうだ。


(ん?)


 ティナの首元にいくつかしるしが付いているのに気がついた。ティナに気付かれないように正面から見えない角度に付いている。

 これは、ティナに近付く男を牽制する為。自分のものだと示している。


(は、独占欲の塊か)


 呆れながらも、こんなしるしを付けるに至った状況に羨ましいと思ってしまう。思ったが最後、醜い嫉妬が渦を巻きながら湧いてくるのが分かった。


 ギルベルトはギリッと歯を食いしばった。震えているティナの肩に毛布をかけると、背後から覆い被さる様に抱きしめた。



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