「あの女が消えた」
神妙な面持ちで言われるが………………あの女とは?
ユリウスに付きまとわれる様になってからと言うもの、何人もの女性から嫌がらせを受けてきた。そんな鬼気迫ったように言われても、一番最初に出てくる言葉は「どちら様?」ってだけ。
「もぉ、あの女って言えばアンティカ嬢の事でしょ?」
首を傾げておかしな顔をしているティナを見て、ゼノは溜息交じりにその名を口にした。
「ああ!!思い出した!!」
ポンッと手を叩いた。
ユリウスの婚約者有力候補。そして、ティナを目の敵にしてこの世から存在自体を消そうとした要危険人物。ユリウスから断罪を受け、最果ての修道院へ入る予定だった。
(あの時の眼は今でも思い出す)
連れて行かれる際のアンティカの眼は完全にイカれてた。あれは純愛なんて可愛いものじゃない。執着、憎悪、羨望が混じり合っていた。
だが、おかしい。アンティカは搬送されるまで、城の牢で厳重に監視されていたはず…それでなくとも、あの様子では逃げ出すことはおろか、消えることなんてできないはず。
「誰かが手引きしたんだろうね」
ティナが聞きたかった事を簡単に口にしてくれた。
「微かだけど、魔力の気配を感じた。俺を出し抜けるなんて、相当な手練だよ」
褒めているように聞こえるが、自分の
アンティカは魔力をもっていない。となれば、ゼノの考えもやぶさかではない。だけど、一体誰が…?
「まあ、見当はついてる。………そこにいる大佐殿も検討がついてるんじゃない?」
「……」
ゼノがギルベルトに問いかける。
ギルベルトは黙ったまま顔を顰めているが、その表情はとても険しい。これは、答えを聞かなくて肯定しているのと同じ。
「……ベルーシカ帝国……知ってるよね?」
物凄い眼圧で問いかけてきた。
ベルーシカ帝国。知ってるも何も大戦を引き起こした国だ。独裁国家で、国の規模としてはアイガス帝国の半分ぐらいの国。だが、その内部は腐りきっている。
そもそも大戦を引き起こすきっかけとなったのは、ベルーシカ帝国のエドアルド・バロ=リヴェッリ皇帝の政権に問題があったから。無茶苦茶な増税に関税。民衆の事など二の次。その癖、他国と関係を持とうとする者には容赦なく罰を与える。
それもそのはず、エドアルド皇帝と言えば三度の飯より人をいたぶるのが好きだと噂される生粋の
大戦で敗北した後は、流石に悔しかったのか随分と大人しくなったと聞いていたが…
「捻れた人格ってのは、簡単には直らないもんだよ」
まあ、そりゃそうだけど、何故アンティカを必要とする?
(あの国は狂った奴を好むのか?)
「あはっ、お嬢さん今失礼な事考えたろ?」
「そ、そんな事ないわよ…」
考えている事を指摘されしどろもどろになっていると、ギルベルトが口を開いた。
「そのアンティカ嬢が誰なのかは知らんが、要はユリウス絡みだな?」
またあの男絡み……
ティナは鬱陶しそうに顔を歪めた。
「正直、あちらさんの思惑は分からない。けど、旦那が絡んでるのは確かだね」
「なんであの男が絡んでくるの?」
大戦を終わらせたゼノなら分かるが、ユリウスは戦場に行っただけ。多少の活躍は耳にしたがゼノほどではない。
不思議に思って問いかけたが、ゼノとギルべとは困ったようにお互いに顔を見合わせて何やら視線で会話をしている。
(なんだ?)
変なことを聞いちゃったか?と少し不安を覚えた。
「黙っててもバレる事だから言うけど、俺から聞いたって言わないでよ?怒られるから」
「え、そんな重要な事!?それはちょっと…」
国家機密とかの話だったら責任が持てないので、辞退しようとしたがギルベルトに「大丈夫だ」と言われたので聞くことに。
「改め聞くけど、俺って何をした人って認識?」
「は?」
今更なんだ?と思いながらも、ちゃんと答える。
「大戦を終わらせた英雄でしょ?特殊部隊の総隊長。女にだらしなくて、お調子者でクズが人の皮被っているような奴でしょ?」
「あはははは!!俺の評価ヤバすぎ!!」
「むしろ良いと思っていたことに驚きだわ」
ここぞとばかりに言ってやるが、ゼノは「あははは」と笑うばかり。そんなゼノをギルベルトは軽蔑するような目で見つめている。
「冗談はこの辺りにして、本題に入ろう」
急に真剣な顔つきになった。
「表向きはお嬢さんが言った通りだよ」
「表向き?」
「そう、真実は違う」
「は?」
思いもよらない返しに、眉間に皺を寄せた。
「簡単に言えば、俺は替え玉。本当の英雄は
「…………………は?」
ちょっと何を言っているのか分からない……