私は先ほどウィンリルさんが後ろ頭に手を組んだ際、脇の下に大きな擦り傷があるのに気づきました。
「ああ、これ? 大丈夫だよ。まだ手懐けられていない魔獣がいてね。そいつと格闘してちょっと擦っただけだから」
ウィンリルさんはそう仰いましたが、私はそのままにしてはおけないと思いました。
傷は擦り傷のようでしたが痛々しく、熱いお風呂に入ったらとてもしみそうな傷でした。
私は昨日、医師の診察を受けた際、薬箱を頂いていました。
その中を見てみると消毒薬とガーゼがあったので、せめて傷を消毒させてくださいとウィンリルさんにお願いしました。
「別にいいけど……痛くしないでよ?」
ウィンリルさんは注射を嫌がる子供のようでした。
傷を改めてみてみると、切り口は細い筋がひかれているだけの擦り傷のようでしたが、その一本一本の筋は深く、肉が切り裂かれ骨にまで達していました。
「あー。でもさっき
ウィンリルさんは意に介しておられない様子でしたが、私は初めて見る大怪我に気を失いそうになりました。
「さ、先ほどの
「え~? いいよ。だってこんなケガはしょっちゅうだもん。その度に薬を飲んでたら在庫がすぐになくなっちゃうよ」
こういったお怪我を度々されるとは、魔獣を手懐けるのはとても大変なんだなと私は思いました。
確かによく見るとウィンリルさんのお身体には大小さまざまな傷跡があちこちに刻まれていました。
「うぎゃぁぁぁぁぁーーー!! いたたたたた!! しみるっ!! しみるしみるーーーっ!!」
消毒液を含ませたガーゼで傷口に触れるとウィンリルさんは絶叫されました。それは大袈裟でもなんでもなく、本当に沁みるのだと私は思いました。咄嗟に私はウィンリルさんの苦痛を和らげようと、傷口にフーフーと息を吹きかけました。
「ふーっ! ふっふーっ! ごめんなさい、ウィンリルさん。ちょっとの辛抱です。頑張ってください。ふーっ! ふーっ! ふっふっふーっ!」
私は消毒液で傷口を清めつつ、フーフーと息を吹きかけてウィンリルさんの手当を続けました。
「あひゃっ!? あひゃひゃひゃひゃっ! ちょっ、ちょっとやめてネフェル! そんなところに息を吹きかけないで!」
私が消毒液で傷を清め、息を吹きかけるとウィンリルさんは今度はくすぐったくて仕方ないといった様子で身をくねらせました。
「だ、だめですよ、ウィンリルさん。少しの辛抱です。じっとしてください。ふーっ。ふっふーっ」
私はなおも消毒液で傷口を清めつつ、尚もウィンリルさんにフーフーと息を吹きかけ続けました。
「ダ、ダメ……! ネフェルだめだってー! あっ……ダメ……! そんな所に息を……息を吹きかけないでぇ~……」
傷が沁みるのと、息を吹きかけられてくすぐったいのが相まってウィンリルさんは身をくねらせて悶絶されましたが、初めて見る大怪我の治療で手一杯だった私は、そうしたウィンリルさんの様子に気づかず、尚も治療を続けました。
「ダ……ダメだってネフェル……。うわ……ダメだよ……ダメ……。本当に───本当にこれ以上は……これ以上は本当にダメだよネフェル~!!」
一際大きくウィンリルさんが身をくねらせ、声をあげられると───その瞬間でした。
突然、ウィンリルさんがボン!という爆発音と共に白い煙に包まれたかと思うと、その煙が晴れたあとにはお腹を出して仰向けに寝転ぶ真っ白な子犬が姿をあらわしていました。
「ダ、ダメだってネフェル~……。でも……でも───……もっとフーフーして~!」
そういってウィンリルさん(?)は尚もお腹を出して私におねだりをしました。
私は驚きましたが、この子犬はウィンリルさんの「真のお姿」だとお母様に教えていただきました。
(真のお姿は小さな子犬なんですね……)
私は意外に思いましたが(そうじゃな。魔界の住人はとても長寿じゃ。
私はウィンリルさんのお腹を求められるままにフーフーしてあげましたが、そうしているうちに私も愛くるしいウィンリルさんのお姿にのせられてワシャワシャとお腹を掻きむしって悦に入ってしまいました。
「よーしよしよしよしよし。ほらほら、ここかな~? ここがいいのかな~? ほ~らほらほら~」
嬉しそうに身体をくねらせて悦ぶウィンリルさんのお姿に、私も熱を帯びてしまい、我を忘れて行為をエスカレートさせてしまいました。
ひとしきりウィンリルさんのお腹をワシャワシャして、ようやく満足して一息ついたときでした。
(───しかし、やってしまったな)
「え?」
お母様の深い溜息でした。
(まさかウィンリルに息を吹きかけるとはな……)
お母様の眉間には深いしわが刻まれている様子でした。
私は、即座に「しまった。魔界のお作法的にこれはやってしまったんだ」と察しました。そしてそれはその通りでした。
(相手に息をふきかけるという行為は、自らの魂を差し出すような行為だ。絶対的な忠誠を誓う相手に対して行う行為で服従の意思表示だぞ)
げふんっ! ぶほへっ! ちゅ、忠誠!? ふ、服従!?
とんでもないことを言われ、私は肺の中の空気が破裂したかのように咳込んでしまいました。
(な、なんですって~!?!?)
私は事の重大さを理解し、取り返しのつかないことをしてしまったと慌てふためきました。
(さらに真の姿をさらけだした相手の腹をワシャワシャと掻きむしるとは……。さすがの妾もそのような大胆な行為は我が夫にもしたことがない。それが何を意味するかは恥ずかしくて口にできんぞ)
なんと!? お母様が口に出すのもは憚られるようなことでしたか!?
「ネフェル~。やめないでよ~。ねぇ~、もっとワシャワシャして~。あと耳の後ろ。耳の後ろもフーフーして欲しい~」
狼狽している私に、ウィンリルさんは尚もおねだりをしてきました。
「も、もう十分じゃないですかね? ウィンリルさんもそろそろお仕事に戻らないと……」
私はやんわりお断りをしましたが「やだ! もっとして欲しい! 耳の後ろもフーフーして欲しい! してくれなきゃここを動かない! 仕事にも行かないからー!」とウィンリルさんは駄々をこねました。
私は困ってしまいましたが、しかし愛くるしいお姿のウィンリルさんにそうやっておねだりされると、要求を聞いてあげたい衝動にかられ、気が付くと私はウィンリルさんの求めるまま、耳の後ろをフーフーしたり、ワシャワシャしたりしてしまっていました。
(くっ……! こ、困りました、お母様。駄目だとはわかっているんですが、ウィンリルさんのこのお姿でおねだりされると拒むことができません……!)
(まんまとヤツの術中にはまってしまったな。そうなのじゃ、これが
お母様は心底苦々しいといったご様子でした。
え? ひょっとしてウィンリルさんが「
私は拍子抜けしてしまいそうになりましたが、今のウィンリルさんに抗えない自分の状況を見て、確かにウィンリルさんが一番厄介だと痛感しました。