「ルーシファス、お前には関係ない!」
バルバトスはそういって尚も強くネフェルの腕を引いて自らの背後に隠した。
その乱暴な扱いと腕の痛みでネフェルの顔は苦悶の表情に歪んだ。
「本人はかなり嫌がっているようですが……。本当に大丈夫なんですか?」
その瞬間、ルーシファスの糸目がスッと開かれた。
バルバトス、アガリプレスト、リリスの三人に緊張が走った。三人も「糸目が開くこと」の意味を十分に理解していたのだ。
三人は反射的に身構えてしまい、ルーシファスと対峙するような構図になってしまった。
その結果、四人はピリピリとした緊張感に包まれてしまった。
そんな一触即発のような状況を打開したのはウィンリルだった。
「あれ? お~い! ルーシファス兄ちゃ~ん!」
場の空気を無視した屈託のないウィンリルの声は四人の間の緊迫感をかき消した。
「こんなところで何してるの?」
興味津々といった様子でウィンリルはやってきたが、そのすぐ後ろにいたグランダムがウィンリルはもちろん、バルバトス、アガリプレスト、リリス、それにルーシファスさえも突き飛ばした。
「お前たち邪魔だ。どけ。道を空けろ」
「おっとっと。まったく兄さんは乱暴ですね」
ルーシファスが苦情を申し上げたがグランダムは意に介さず、そのまま何事もなかったかのように通り過ぎていった。
「道のど真ん中で立ち止まっているお前たちが悪い」
そう言うグランダムの歩みは速く、何かを急いでいるようだった。
グランダムの進路にいた生徒は背後からくるグランダムの圧力に気付き、振り返ってグランダムを見ると左右に分かれて道を譲った。
その為、グランダムの前には海が割れる様に道が拓かれていった。
「ごめんね、ルーシファス兄ちゃん。ボクたち急いでるんだ」
ウィンリルは両手を合わせてルーシファスに「ごめんね」をすると、駆け足でグランダムの後を追った。
「兄さんもウィンリルもそんなに急いでどこに行くんですかっ?」
ルーシファスが二人の背中に問いかけた。
「知れたことだ。今日は入学式だぞ。ウィンリルを
振り返りもせずグランダムは背中でそう答えた。
「そういうことなんだよ、ルーシファス兄ちゃん。それじゃあね~」
手を振りつつウィンリルはグランダムの後を追っていった。
「そういえばそんなことを競う伝統がこの学園にはありましたね。
そういえばバルバトスは数年前の新入生初登校一番乗りの栄を勝ち取っていたね」
「それがなんだ。くだらない。今にして思えばあんなもの、子供の意地の張り合いだ」
「まあ、そう言わないでよ。僕も頑張ったけど、まさか前日の晩から正門の前で待機してるなんて思いもよらなくて。君には完敗だったよ」
これは嘘偽りのないルーシファスの尊敬の言葉だったがバルバトスには通じなかった。
「そうそう。それで君の後ろにいる一年生だけど───。……あれ? いなくなってるね」
ルーシファスはバルバトスの後ろにいたネフェルを探したが、その姿はすでになくなっていた。
バルバトスも自分が掴んでいた獲物が逃げたことに気付き、周囲を見渡したが、この混乱の隙にネフェルはバルバトスの手を逃れ、その場から走り去っていた。
「あの娘は誰だったんだろう……? 誰かに似ているような……。どこかで見たことがあるような気がしたんだけど……」
ルーシファスは軽く腕組みをして唸ったが、答えを絞り出すことはできなかった。
***
ネフ「何がそんなに愉快なのじゃ?」
心優「だって、お母様。グランダムさんが若々しくて。今のお姿と比べるととても新鮮でした。それにウィンリルさんも幼げでとても可愛いです。いかにも学生時代って感じです」
ネフ「まあ、そうじゃな。奴らも当時は本当に学生だったな」
心優「グランダムさんは少し乱暴ですが、そのおかげで逃れることができてよかったですね」
ネフ「結果的にそれはそうじゃが、危うく
心優「それにお母様が急いでおられた理由もわかりました。お母様も
ネフ「うむ……。狙っていたというか、狙わされたというか……」
心優「え? どういうことですか?」
ネフ「当時の
そう仰るお母様は「その誰か」を思い浮かべたようでした。
そして「その誰か」を思うとお母様はとても緊張されるようです。私はお母様の胃がキュッと固くなるような不快感を共有しました。
お母様がお話を再開するには、気持ちが落ち着くまで少し待つ必要があると私は察しました。
その為、私は沈黙し、静かにその時を待ちました。