カーコスはスレキアイの腕を強引に振りほどいた。
「他でもない四大公爵家の一翼・アスタロッド公爵家のご長男スレキアイ・バアル・アスタロッド様のご命令とあらば致し方ありません。この場は引き下がることと致します」
カーコスはわざとらしいまでに丁寧にお辞儀をすると、最後にネフェルを一睨みしてその場から去った。
カーコスの姿がすっかり見えなくなり、危険がなくなったと判断すると、スレキアイは「大丈夫か?」とネフェルに声を掛けた。
ネフェルは死の淵から生還したかのようにはっとした。
そして自分を救ってくれた相手が666ある公爵家のうち、最も強大な力を持つ四大公爵家の一翼・アスタロッド公爵家のご令息であるとわかり、慌てて飛び起きた。
「も、申し訳ありません、スレキアイ様。お見苦しい所をお見せしてしまいお詫びのしようもございません。何卒……何卒、ご容赦の程を……」
ネフェルは必死にスレキアイに許しを乞うた。
「そうかしこまるな。上級生が新入生に───ましてや男が子女に暴力を振るっている場面に出くわしたら、止めに入るのは当然じゃ。しかし、まあ、そなたがカーコスの妹で、まさか兄が妹に手をあげているとは思わなんだがな」
スレキアイの忌々しそうな言い方にネフェルは委縮し、より一層、スレキアイに許しを乞うた。
「な、何卒、お許しください……! 兄の行為は
あまりにネフェルが必死に許しを乞うのでスレキアイは逆に面食らってしまった。
「じゃからそうかしこまるなと言うておるじゃろうが。別にカーコスをどうにかしようなどと思ってはおらぬ。
それよりそなたこそ大丈夫なのか?」
そう云われてネフェルはまず兄がひどい罰を受けない事にほっと胸を撫で下ろした。
それからカーコスに打たれた頬に手を当て、腫れていたり、口の中を切っていないかを確かめ、何事もないことを確認した。
そしてその瞬間、ネフェルは兄も本気で自分を
不意に打たれたので自分が必要以上に面食らい、倒れただけ───。
兄はあのように厳しく自分に接したが、心の底では自分を愛してくれているに違いないとネフェルはカーコスを信じた。
「はい。スレキアイ様。ご心配をおかけしました。どこも怪我をしておらず、大丈夫です。兄も本気で私を
ネフェルはできるだけ事を些細な事に見せようと、ことさらに平気であることを強調してスレキアイに返事をしてみせた。
しかしスレキアイは全く納得せず、眉間に深い皺を寄せて「本当に大丈夫なのか?」と繰り返しネフェルに質問してきた。
ネフェルはスレキアイを安心させようと「はい。ご覧の通りです。私は田舎育ちですので体は丈夫なんです。全く何も問題ございません」と自分の頬をペシペシと叩いて見せた。
「いや。頬ではない。その腕じゃ。どうすればそんなに腕が腫れあがるのじゃ? 尋常ではないくらい膨れ上がっているぞ?」
そう云われてネフェルは「え?」と思った。
腕? 自分の腕がどうしたというのか?
今しがたカーコスに
怪訝に思いながらもネフェルは自分の腕を確認してみた。
するとそこには目を疑うような光景が広がっていた。
自分の右腕がおよそ人の腕とは思えない程の太さになっていたのだ。
2倍どころの騒ぎではない。自分の胴回り程も腕が腫れあがっていた。
バルバトスに掴まれ、乱暴に扱われた腕だった。
骨こそ折れてはいないようだったが、とにかくひどく腫れあがってしまっていた。
その光景を目の当たりにしてネフェルは顔から血の気が引き、視界が狭くなった。
その場に倒れそうになったネフェルをスレキアイが素早く抱きとめた。
「これはいかんな。すぐにそなたを保健室に連れて行こう」