広大な魔界の最辺境───ホーン山脈の裾野に広がるその名もホーン辺境伯爵領で、一人の農夫がロバを引きつつ、声を上げて領主を探していた。
「領主様ぁ~。ホーン辺境伯様ぁ~」
すると麦畑の中から麦わら帽子をかぶったホーン辺境伯が立ち上がって手を振った。
「お~い。ここじゃここじゃ~。なんじゃ~、どぎゃんしたんじゃ~」
「おや~、辺境伯様~。精が出ますな~。あのですな~、お手紙がきとりますだ~」
「手紙だ~? どっきゃらの手紙じゃね~」
「王都から来た手紙ですじゃ~。いやはや、えらい遠くからはるばるやってきなすったで~」
「王都からじゃと~? 王都の誰がわざわざ手紙なんぞ寄こしよったかね~?」
「すまんがわからん~。わしは字が読めんですので~」
「おお~。そうじゃったな~。それはすまなんだ~。まあ、ワシも最近の文字は半分くらいしかわからんがのう~」
よっこらしょ、といった様子でホーン辺境伯は麦畑からあがると農夫から手紙を受け取って差出人を確認した。
「おお~! こりゃおめぇ、ネフェルからの手紙でねぇが!」
「おやまあ! ネフェルお嬢様からのお手紙でしたか!」
「お~い! おっかぁ~! ネフェルから手紙じゃ~! すまんがこっちきて手紙を読んじょくれ~!」
ホーン辺境伯がそう呼びかけると同じく麦わら帽子をかぶった辺境伯夫人が麦畑からひょっこり顔を出した。
「あんれまぁ~。さっそくネフェルが手紙をくれたかね~。ほんに気の利く親思いの娘だねぇ~」
麦畑をかき分け、辺境伯夫人も畑からあがると、ホーン辺境伯から手紙を受け取って読み上げた。
『 拝啓
親愛なる お父さま お母さま
清明の候
我が領内の麦畑は青々と生い茂り、夏には立派な麦粒がたわわに実ることとお慶び申し上げます。
さて、私は無事、魔界学園に到着し、所持万端滞りなく済ませ、カーコスお兄様ともお会いすることができました。
カーコスお兄様は私を優しくお出迎え下さり、不慣れな私を気遣い、なんでも助けて下さいます。
また、カーコスお兄様ご自身もご息災で勉学など学生の本文を十分に果たしておいでです。
かように尊敬できる兄をもってネフェルは真に果報者でございます。 』
「おお~、おお~。カーコスにも会えたか。よがったよがった。これで一安心じゃ~」
「カーコスはネフェルが魔界学園に入学するのを、どえりゃあ反対しちょったが、まぁまんず妹が大好きで心配性が過ぎちょっただけじゃったんよ。今頃はカーコスも妹と会えて、どえりゃあ喜んじょることでしょうよ」
「んだな。そうにちげぇねぇ~」
ホーン辺境伯と辺境伯夫人は抱き合って息子と娘の無事を喜び合った。
農夫はそうした家族の絆を目の当たりにして、「ええ話じゃ~」と目頭を押さえた。
ひとしきり喜びを分かち合った後、辺境伯夫人は手紙の続きを読み始めた。
『 お父様、お母さま、今日まで私を育てていただき、本当にありがとうございました。
お二人から授かった愛情は一生忘れません─── 』
この言い回しに、ホーン辺境伯は小首をかしげた。
「なんじゃこの言い方は~? まるで嫁に行く娘が両親にするお別れの挨拶みたいでねぇか」
ホーン辺境伯がそう言うと農夫が驚いた。
「ええ~! ネフェルお嬢様が結婚なさるですか~!? あのちっちゃかったネフェルお嬢様がねぇ~。
今でも忘れませんですじゃ。うちの
「ちょっとちょっとまちねぇまちねぇ。気がはぇ気がはぇ。まんず最後まで手紙を読んでみせまっしょ」
辺境伯夫人はそう言って農夫をなだめると手紙の続きを読み上げた。
『 私こと、ネフェルはこの度、ある殿方に “略奪“ されたことをご報告いたします。
不覚にも、一瞬の出来事でなんら抵抗できず、まんまと略奪を成功させてしまいました。 』
「なんですとー! ネフェルお嬢様が略奪!?」
農夫は飛び上がって驚いたが、ホーン辺境伯は落ち着いていた。
「あんれまぁ~。さすが都会だべ~。やることがなまら早いこって。びっくらするだぎゃ」
「ほんにねぇ。どこぞの殿方が、ネフェルを見初めてくれりゃぁええのうとはおもっちょりましたが、まさか入学初日に略奪してもらえるなんて」
「なぁに。ネフェルはおっかぁ~に似てべっぴんだぁ。そうなってもわしゃぁ驚かんぜよ」
「こりゃこりゃ。どさくさに紛れてわてをべっぴんさんだなんて。ほんと口のうまいひとだよ、あんたは」
そういってホーン辺境伯と辺境伯夫人はお互いに肘で相手を突いてちちくりあった。
「いや、ホーン辺境伯! それに辺境伯夫人! こりゃ~一大事じゃって! 誰ぞね!? 誰がネフェルお嬢様を略奪しよったですか?」
そういわれたので辺境伯夫人は手紙の続きを読んだ。
『 お相手は、魔界の四大公爵家の一翼───アスタロッド公爵家のご長男、スレキアイ・バアル・アスタロッド様です。 』
それを聞いて農夫は絶句した。
「……え?」
手紙を読んでいた辺境伯夫人も絶句した。
「……え?」
ホーン辺境伯もそれに続き「……え?」と絶句した。
三人は顔を見合わせ、しばし沈黙した。
「……す、すまねぇ、おっかぁ。もう一度、誰がネフェルを略奪したか、名前を読んでくれねぇが?」
そう頼まれた辺境伯夫人は神妙な面持ちで頷くと、手紙に顔を近づけ、一言一句間違わないように慎重に読み上げた。
「お相手は……魔界の四大公爵家の一翼……アスタロッド公爵家のご長男……スレキアイ・バアル・アスタロッド様です……と、書いてあるだ……」
それを聞いた農夫は空を見上げた。天を仰いだのかと思われたがそうではなく、農夫はそのままバタンと真後ろに倒れてしまった。
目は白目をむき、口からはぶくぶくと泡が噴き出ていた。
辺境伯夫人も手からはらりと手紙を落とすと、へなへなとその場にへたり込んでしまった。
そんな辺境伯夫人をホーン辺境伯は優しく抱きとめた。
そして手紙を拾うと自分でも誰がネフェルを略奪したのか、相手の名前が記されている個所を読み返した。
ホーン辺境伯は文字の読み書きが苦手で、たどたどしくはなってしまったが、それでもスレキアイ・バアル・アスタロッドの名前はしっかりと読み取ることができた。
ホーン辺境伯は目を見開き、ポカーンと口を開け、まるで魂が抜けてしまったかのように呆けた。
「……お、おったまげた~。ネフェルはとんでもねぇ大物を射止めてしまったもんだ~」
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【後書き】
柳アトムです。ここまで私の小説を読んでいただき、本当にありがとうございます。
୧(˃◡˂)୨
息抜き話にネフェルのご実家の様子を書いてみました♪
朴とつなお父さんとお母さんの様子が伝われば幸いです。
( ᵕᴗᵕ )
ホーン辺境伯は元々農家さんです。
丹精込めて小麦や野菜を作り、王都に出荷していましたが、ある日、その野菜を食べた魔王が美味しさに感動し、魔界一の野菜であると絶賛して二人に辺境伯の称号を
夫婦は「そっだらたいそうなものは恐れ多いですのでいらんです~!」と断ったのですが、魔王直々の下賜には逆らえず、ひとまず受けたのですが、自分たちが爵位家という自覚はまったくなく、これまでと変わらず農作業を続けています。
領民───というか近所の農家仲間がからかって、やたらと「辺境伯」「辺境伯婦人」を強調してきますが、最初は「やめちょくれ~! こっぱずかしいったらありゃしねぇ~!」と相手をしていましたが、いつの頃からそのネタにも慣れて、当たり前のように辺境伯と辺境伯婦人をやっています。
そして今回登場した農民は領地───というか農家仲間で唯一の騎士(自称)で、その名をドン・キ・ホーンデスッテと申します。
愛馬───というか愛ロバですが、こちらはロシナンデスッテと申しまして、人馬(人ロバ)一体となった二人の騎馬突撃(騎ロバ突撃)は向かう所敵無しで、まさに「無人の野を駆けるが如く!」と本人は息巻いておりますが、その勇姿を見た者はいません。
因みに、ホーン辺境伯と辺境伯婦人、そしてホーンデスッテとロシナンデスッテはこの後も登場します(笑
ホーンデスッテとロシナンデスッテの勇姿は必ずご披露いたしますので、乞うご期待頂けますと幸いです。
この後も皆様に「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります。
\\\\٩( 'ω' )و ////ガンバルゾー!
引き続き宜しくお願い致します。
( ᵕᴗᵕ )
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