魔界学園の春の学園祭が開幕した。
春の学園祭は新入生の歓迎の意味もあり、出し物をするのは在校生のみだった。
1年生以外の教室では喫茶店や出し物、制作物の展示など何かしらの出し物が行われた。
また、各部活も出し物を行い、スレキアイが部長の錬金術部も
「ありがとね、ネフェルちゃん。ネフェルちゃんが錬金術部に入部してくれて本当に助かったわ」
「いえ、お役に立てて嬉しいです。それに唯一の錬金術部の部員がユキメお姉さんでよかったです」
スレキアイの他の、唯一の錬金術部の部員とはユキメだった。
「あの、ところで錬金術部部長であるスレキアイ様のお姿が見えませんが……」
ネフェルはあたりを見回したが、スレキアイの姿はどこにもなかった。
「部長はここには来ないわよ。毎年そうなの。だから去年も一昨年も私一人だったから本当に大変だったわ」
「えッ? ひとりだったんですかッ?」
ネフェルは驚いた。
錬金術部のドリンク販売は本当に大盛況で出店の前には長蛇の列ができていた。
このお客をユキメお姉さんが一人で対応していたなんて……。
ネフェルは心底驚いた。
「まあ、これだけの量の
「大変なこと?」
それは何だろうかとネフェルは小首をかしげた。
まさか天性の散らかし能力で売り場をめちゃくちゃにしてしまうということだろうか?
ネフェルは瞬時にそう思ったが、ユキメの説明は違った。
「部長ってほら、とても綺麗でカッコイイでしょ? だから男女を問わず大勢のファンがいるの。そんな部長が売り場に立ったらファンが押し寄せてこんな混雑じゃないくらい長蛇の列になっちゃうの」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。部長が部屋に閉じこもって授業にもあまり出ないのはサボリ癖もあるけど、そうしたファンの大移動で他の生徒に迷惑をかけないようにする気遣いでもあるの。まあ、それを理由に必要以上にサボってる感は否めないけどね」
テキパキとドリンクを販売しながらユキメは本当に困ったわといった様子でため息をついた。
「あ、あのッ! そんなスレキアイ様は毎年、夜会はどうされていたのでしょうか?」
急にネフェルが夜会のことを聞くのでユキメは少し驚いた。
「それほどまでに人気のスレキアイ様が夜会に出るとなると、パートナーとなるお相手は羨望の的なのではないでしょうか?」
「そうね、ネフェルちゃん、その通りよ。だから部長はどの夜会にも出席されないわ」
「どの夜会にも出席しない……?」
「そうよ。もう何年もスレキアイ部長は夜会に出席していないわ。
一度だけ四大公爵家の令嬢が無理やり部長をパートナーとして夜会に連れ出そうとしたことがあったの。だけど、その事に端を発し、壮絶な部長の争奪戦が発生したわ。そしてその奪い合いはエスカレートして、あわや貴族家同士の戦争にまで発展しかけて……」
ユキメはあの時は本当に大変だった……と、当時を思い出し、つくづくといった様子で首を振った。
「最終的に戦争が勃発する寸前で魔王様が仲裁に入られたの。───あ、ちなみに魔界学園の学園長は魔王様がお勤めだからね」
魔界学園の学園長は魔王様であることをネフェルも知ってはいたが、まさか魔王様直々に仲裁に乗り出すとはと、その時の事の重大さに驚いた。
ネフェルは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
みるみるネフェルの顔が青ざめていくのを見てユキメも怪訝に思った。
「ネフェルちゃん、大丈夫? 顔色が悪いわよ……?」
「あ、あのユキメお姉さん。私、大変なことになるかもしれません……」
「大変なこと?」
「はい。私、今日の夜会に出席するんですが、パートナーはスレキアイ様なんです」
「へー。そうなの。ふーん。
…………………………………。
…………………………………。
……ん? あれ? ごめんなさい。ネフェルちゃん、今、何て言ったの?」
「私は今日の夜会に出席するんですが、パートナーがスレキアイ様だといったんです」
「ふむふむふむふむ。なるほどね。ネフェルちゃん、ごめんなさい。ネフェルちゃんが言ってる言葉は耳に入るんだけど、頭が意味を理解してくれないの。おかしいわね……。
ごめんね、ネフェルちゃん。もう一回、ネフェルちゃんが夜会に出席するんだけど、パートナーはスレキアイ部長だって言ってもらえる?」
「今日の夜会に私も出席するんですが、パートナーはスレキアイ様なんです。スレキアイ様が私を夜会にエスコートしてくださるんです」
ネフェルがそういうとユキメはピタリと動きがとまった。
瓶から注ぎ途中のドリンクはコップがいっぱいになっても尚も注がれ、ダバダバとこぼれ続けた。
「あのスレキアイ部長が夜会に出席───……」
虚ろな様子でそう呟くユキメの言葉に、ネフェルは「そうです」とコクンと頷いた。
「そしてそのパートナーはネフェルちゃん───……」
ネフェルはもう一度コクンと頷いた。
「つまり部長がネフェルちゃんをエスコートする───……」
ネフェルはまたもやコクンと頷いたが、その表情は恐怖で引きつっていた。
「それは死ぬわね」
ユキメはにっこり微笑んだが、口から対照的に残酷な一言が発せられた。