ユキメはその場にうずくまって自分の膝を抱え、顔をうずめていた。
「ネフェルちゃん、わかってると思うけど、相手は
ユキメはネフェルにそう念を押した。
その声は少し涙目のようだとネフェルは感じた。
「アスタロッド家は公爵家だけどただの公爵家じゃないからね。
魔界には666の公爵家があるけど、その公爵家一つ一つに何十という侯爵家が付き従い、その侯爵家にまた何十という伯爵家が、そしてその伯爵家に、これまた何十という子爵、男爵家が付き従い裾野を広げているの。
公爵家一つだってとんでもなく強大だというのに、そんな公爵家の中で特に力の抜きんでた四大公爵家───その一つがアスタロッド家だからね」
ユキメが何を言わんとしているのか測りかねたが、ネフェルはユキメが言っていることは重々承知していた。
本来であればアスタロッド家の影を拝む事さえ魔界では大変名誉なことなのだ。
「そのアスタロッド家のご令息全員に夜会へのエスコートを、ネフェルちゃんは申し入れられたというわけね」
ネフェルはだんだんとユキメが言いたいことがわかってきた。
「そしてここ数年、夜会に絶対に出席しなかったスレキアイ部長をパートナーに選んだというわけね」
ネフェルはユキメから怒気を感じた。
それは激しく、本気の怒気で、勘違いなどではなかった。
「ネフェルちゃんのことを私は大好きよ。子供の頃からのお友達だし───ううん、それ以上ね。自分の本当の妹の様に愛おしく思っているわ。
……でもね───でも、さすがに今回の事は羨まし過ぎて、私でさえもネフェルちゃんに嫉妬しちゃう。羨ましいと思う気持ちが押さえられないわ」
そう言ってユキメはより一層強く自分の膝を抱きしめ、さらにギュッと膝に顔をうずめた。
「あ、あの、ユキメお姉さん、私───」
ネフェルはユキメに駆け寄ろうとしたが、ユキメが片方だけ手をピッとあげてネフェルを制した。
「大丈夫、大丈夫よ、ネフェルちゃん。ちょっと気持ちを整理しているだけ。
例えるなら誰も見つけられなかった海賊の秘宝を偶然見つけて巨万の富を得た人が、気まぐれで買った1枚の宝くじが大当たりして、そのお金で田舎の安い土地を買ってのんびりスローライフを送ろうとしたら、その地下に世界最大の金鉱が眠ってて、掘っても掘っても金が溢れ出てくるような幸運を目の当たりにして、羨ましいと思わずにはいられないだけだから」
その例えは凄い例えだとネフェルは思ったが、今の自分の状況が、それに匹敵する程、他者から羨まれるものだという自覚はあった。
しばらくしてユキメは顔をあげた。
その表情は憔悴していたが、気持ちの整理がついてネフェルへの怒気は治まっていた。
「しかしネフェルちゃん、これは本当に大変だわ」
それは本当にそうだとネフェルも痛感していた。
正直に言うと、スレキアイの申し出を受け入れたが、どうしたらよいのかまだ考えがまとまっていなかった。
そんなネフェルの不安をユキメは察していた。
「大丈夫よ、ネフェルちゃん。私が手伝うから。ネフェルちゃんがスレキアイ部長のパートナーとして夜会に出席し、社交界にちゃんとデビューできるよう手助けするからね」
そう云われてネフェルは百万の味方を得た気持ちだった。
思わずユキメに抱きついた。
「ありがとうございます、ユキメお姉さん! 私どうしたら……どうしたらいいかわからず、本当に本当に不安だったんです」
涙を流すネフェルの頭をユキメは優しく撫でつけてやった。
「大丈夫よ、ネフェルちゃん。お姉さんに任せて。こう見えてユキメお姉さんはモテモテで、公爵家の皆さん程ではないけど、地位の高い貴族家のご令息から申し出を受けて何回も夜会に出席しているの。だから安心してお姉さんに甘えなさい」
ユキメの胸に顔をうずめたまま、ネフェルは何度も「はい! 甘えます! ユキメお姉さんに甘えます! 私を助けて下さい、ユキメお姉さん!」と懇願した。
「それじゃあ、まずだけど、その前に私たちはやらないといけないことがあるわ」
ユキメが意味深くそういうのでネフェルは顔をあげ、ハンカチで涙を拭いた。
「やらないといけないこと?」
ネフェルは夜会に向けての準備か何かかと思ったが、ユキメが言う「やらないといけない事」とは別の事だった。
「学園祭では
決闘大会?とネフェルは一瞬思ったが、確かにトーナメント方式の決闘大会が学園祭では行われ、それこそまさに学園祭の華となる最大のイベントであることを思い出した。
「その観戦にいかなくちゃ! だってグランダム様、ルーシファス様、それにバルバトス様とアガリプレスト様もそうだけど、なんといってもカーコス君───ネフェルちゃんのお兄さんも出場するんだもの! 絶対に応援にいかなくちゃいけないわよ!」
そう言ってユキメはネフェルの手を取って決闘大会が行われる魔界学園の