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第7話 巫女装束

翌朝。

俺は灯里を呼び出して、ある物を贈った。


「灯里には、今日からこれを着てもらう」


俺は灯里の前に、昨夜から仕立てさせた紅白の衣装を差し出す。


白い小袖の上着に、緋袴ひばかま

これこそが“みこ”の姿だと、前世の記憶を頼りに特別に作らせたのだ。


突然の俺の申し出に、灯里が困惑した様子で尋ねてくる。


「若様……これは、いったい……なに?」


灯里は目を丸くして、差し出された衣装を見つめている。

その表情には戸惑いだけでなく、少しばかりの警戒心が混ざっていた。


だが、それも当然の反応だろう。

この世界で“みこ”は忌み嫌われる存在。

そんな立場の自分に、これほど丁寧に仕立てられた紅白の装束を与えられることに、彼女は戸惑いを隠せないようだった。


「サイズはピッタリのはずだ。着てくれればわか──」


そこで俺は気が付く。

灯里が戸惑っているのは自分が“みこ”だという理由だけじゃない。

俺の前で、着替えろと言われていると勘違いしている可能性もある。

先日、灯里のいる部屋に押しかけたときも、似たような誤解があったじゃないか!


俺はコホンと咳払いをしてから、灯里を安心させるため隣の部屋を指さす。


「着替えは向こうの部屋で。遠慮することはない」


「で、でも……こんな立派なもの、あたしは……」


灯里は衣装の裾を指先でそっと触れる。

その生地の上質さに、驚いたように目を見開いた。

それもそのはず、ただの平民であれば、一生触れることのないような高級品だ。


「言っただろう、俺がお前を守るって。その衣装は契約の一環だと思ってくれ」


「だけどあたし、こんな衣装見たことない……もしかして、これ、若様の趣味なの?」


「“みこ”には巫女の装束がふさわしいからな。一昼夜かけて、灯里のために仕立てたんだ」


日本で見た巫女さんは、こういった衣装を着ていた。

その可憐な姿に、何度目を奪われたことだろう。


だがしかし、この異世界に神社は存在しない。

同時に、巫女という概念も存在しないことになる。

だから巫女装束は、この世界の人間からすれば珍しい衣装なのかもしれない。


ちょっと残念だけど、灯里が嫌なら無理強いをすることはできないな。


「……いやなら、無理にとは言わない」


「べ、別に嫌ってわけじゃないよ! こんな高価なもの、いままで着たことなんてなかったから……」


灯里は巫女装束を手に取ると、口元を隠しながら小さくつぶやく。



「若様があたしにこれを着て欲しいって言うなら、仕方ない、ね……」


俺の前に立つ灯里は、わずかに頬を赤らめながら視線を逸らしていた。

薄明かりに照らされた彼女の表情は、恥じらいと決意が入り混じっているように見える。

女の子らしいその反応に、俺の心臓がドクンと脈打つ。

灯里は目を伏せながら、控えめにこう口を開く。


「……あまり、じろじろ見ないでくださいね」


震える声でそう告げると、灯里はゆっくりとおびに手をかける。

その仕草はどこか慎重で、まるでその瞬間の重さを測るかのようだった。


帯を解くたび、しなやかな布がするりと滑り落ちていく。

やがて着物の襟元がわずかに開き、白く透き通るような肌が現れる。


って、あれ?

さっき俺、隣の部屋で着替えて良いよって、言ったよね?


「ち、ちょっと灯里……?」


「……なに? もしかして、若様が直接……脱がしたいの?」


着物が肩から滑り落ち、灯里の細い肩が露わになる。

その肌は、淡く光を反射しているかのように美しかった。


すでに灯里の上半身を守る衣服は存在しない。

腰に引っかかっている着物が、唯一彼女の身を守護していた。


そのせいもあり、俺の視線は灯里の上半身へと集中してしまう。

俺よりも年下であるはずの彼女の胸元が、思ったよりも大きく膨らんでいることを理解してしまった。


灯里は両手で胸元を覆い、震えるようにうつむく。


「昨日のこともあったし、いつかこうなるとは思ってた……でも、若様も男だもんね……」


「い、いやそうじゃなくて!」


「若様が言いたいことくらい、わかるよ。今度こそあたしととぎを、したいんでしょう……?」


「トギって……もしかして、伽のことか!?」


灯里は顔を真っ赤に染めながら、ゆっくりと頷く。


「契約したもんね。若様があたしを守ってくれる代わりに、あたしは若様に協力するって…………だから、あたし」


灯里の、胸元を守る両手が、こちらへと伸びてくる。

彼女の身を覆う着物は、もう腰の周りに引っかかっているだけ。

その下にある下着のひもが、ちらりと顔を覗かせる。


「若様が望むなら……あたし、いいよ?」


いやいやいやいや!

完全に誤解しているじゃないか!

俺はただ灯里に巫女装束を着て欲しかっただけで、伽とかそんなのは望んでないから!


「まてまてまてって! そんなつもりはないから!」


「わ、わかってるもん! この服は、若様があたしに伽をさせるための口実だってことくらい……!」


「なんで、そんな考えになるんだ!?」


「城の殿様は、若い女を捕まえては味を占める生き物だって、おっとうが言ってた。でも若様はそんな悪人じゃなくて、優しい人だってことはあたしにもわかる……昨晩は強引にあたしに手をかけなかったけど、あたしはもう若様と契約したから、身体くらいは捧げないと──」


灯里の挙動が怪しくなる。

そしてとうとう、最後の一枚に手をかけてしまう。


「あたしが若様にあげられるのは、これくらいしかないから……」


「ちょ、ちょっと待てって!」


「や……優しくしてくださいね」


「だから、違うって言ってるだろ!」


俺は灯里の両肩をがっしりと掴み、動きを静止させる。

彼女は目をつむりながら、体を硬直させていたが、やがておそるおそる目を開いた。


「……若様?」


「とにかく、外に出てから着替えてくれ!」


「…………え?」


まったく、灯里は大胆だな。

仮にも男の前で脱ぎ出そうとするんだから…………いや、もしかして俺がいけないのか?


昨日の件で誤解されたうえに、いまの俺は城主だ。

ここで俺の前で着替えなくてはいけないと──俺が灯里を守る代わりに男女の仲になるよう契約をしたのだと、勘違いさせてしまったのかもしれない。


「誤解するなよ。俺は女の子にストリップさせる趣味はないし、女の子を無理やり襲うこともしない」


「……すとりっぷ?」


「とにかく、そういうつもりはまったくないんだ! だから早く、別室に行って着替えてこい!」


俺は、巫女装束を灯里に投げつける。

ばさりと頭の上から巫女装束を被った灯里は、そこでやっと納得したようにうなずく。


「そ、そっか。若様は、こういうのは望まないんだ…………」


「やっと理解できたか?」


「は、はい、若様……」


灯里はおそるおそる衣装を受け取ると、何度も俺の表情を窺うように見つめる。


「若様は、本当に良い人なんだね。あたし、若様のこと……信じるよ」



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