翌朝。
俺は灯里を呼び出して、ある物を贈った。
「灯里には、今日からこれを着てもらう」
俺は灯里の前に、昨夜から仕立てさせた紅白の衣装を差し出す。
白い小袖の上着に、
これこそが“みこ”の姿だと、前世の記憶を頼りに特別に作らせたのだ。
突然の俺の申し出に、灯里が困惑した様子で尋ねてくる。
「若様……これは、いったい……なに?」
灯里は目を丸くして、差し出された衣装を見つめている。
その表情には戸惑いだけでなく、少しばかりの警戒心が混ざっていた。
だが、それも当然の反応だろう。
この世界で“みこ”は忌み嫌われる存在。
そんな立場の自分に、これほど丁寧に仕立てられた紅白の装束を与えられることに、彼女は戸惑いを隠せないようだった。
「サイズはピッタリのはずだ。着てくれればわか──」
そこで俺は気が付く。
灯里が戸惑っているのは自分が“みこ”だという理由だけじゃない。
俺の前で、着替えろと言われていると勘違いしている可能性もある。
先日、灯里のいる部屋に押しかけたときも、似たような誤解があったじゃないか!
俺はコホンと咳払いをしてから、灯里を安心させるため隣の部屋を指さす。
「着替えは向こうの部屋で。遠慮することはない」
「で、でも……こんな立派なもの、あたしは……」
灯里は衣装の裾を指先でそっと触れる。
その生地の上質さに、驚いたように目を見開いた。
それもそのはず、ただの平民であれば、一生触れることのないような高級品だ。
「言っただろう、俺がお前を守るって。その衣装は契約の一環だと思ってくれ」
「だけどあたし、こんな衣装見たことない……もしかして、これ、若様の趣味なの?」
「“みこ”には巫女の装束がふさわしいからな。一昼夜かけて、灯里のために仕立てたんだ」
日本で見た巫女さんは、こういった衣装を着ていた。
その可憐な姿に、何度目を奪われたことだろう。
だがしかし、この異世界に神社は存在しない。
同時に、巫女という概念も存在しないことになる。
だから巫女装束は、この世界の人間からすれば珍しい衣装なのかもしれない。
ちょっと残念だけど、灯里が嫌なら無理強いをすることはできないな。
「……いやなら、無理にとは言わない」
「べ、別に嫌ってわけじゃないよ! こんな高価なもの、いままで着たことなんてなかったから……」
灯里は巫女装束を手に取ると、口元を隠しながら小さくつぶやく。
「若様があたしにこれを着て欲しいって言うなら、仕方ない、ね……」
俺の前に立つ灯里は、わずかに頬を赤らめながら視線を逸らしていた。
薄明かりに照らされた彼女の表情は、恥じらいと決意が入り混じっているように見える。
女の子らしいその反応に、俺の心臓がドクンと脈打つ。
灯里は目を伏せながら、控えめにこう口を開く。
「……あまり、じろじろ見ないでくださいね」
震える声でそう告げると、灯里はゆっくりと
その仕草はどこか慎重で、まるでその瞬間の重さを測るかのようだった。
帯を解くたび、しなやかな布がするりと滑り落ちていく。
やがて着物の襟元がわずかに開き、白く透き通るような肌が現れる。
って、あれ?
さっき俺、隣の部屋で着替えて良いよって、言ったよね?
「ち、ちょっと灯里……?」
「……なに? もしかして、若様が直接……脱がしたいの?」
着物が肩から滑り落ち、灯里の細い肩が露わになる。
その肌は、淡く光を反射しているかのように美しかった。
すでに灯里の上半身を守る衣服は存在しない。
腰に引っかかっている着物が、唯一彼女の身を守護していた。
そのせいもあり、俺の視線は灯里の上半身へと集中してしまう。
俺よりも年下であるはずの彼女の胸元が、思ったよりも大きく膨らんでいることを理解してしまった。
灯里は両手で胸元を覆い、震えるようにうつむく。
「昨日のこともあったし、いつかこうなるとは思ってた……でも、若様も男だもんね……」
「い、いやそうじゃなくて!」
「若様が言いたいことくらい、わかるよ。今度こそあたしと
「トギって……もしかして、伽のことか!?」
灯里は顔を真っ赤に染めながら、ゆっくりと頷く。
「契約したもんね。若様があたしを守ってくれる代わりに、あたしは若様に協力するって…………だから、あたし」
灯里の、胸元を守る両手が、こちらへと伸びてくる。
彼女の身を覆う着物は、もう腰の周りに引っかかっているだけ。
その下にある下着の
「若様が望むなら……あたし、いいよ?」
いやいやいやいや!
完全に誤解しているじゃないか!
俺はただ灯里に巫女装束を着て欲しかっただけで、伽とかそんなのは望んでないから!
「まてまてまてって! そんなつもりはないから!」
「わ、わかってるもん! この服は、若様があたしに伽をさせるための口実だってことくらい……!」
「なんで、そんな考えになるんだ!?」
「城の殿様は、若い女を捕まえては味を占める生き物だって、おっとうが言ってた。でも若様はそんな悪人じゃなくて、優しい人だってことはあたしにもわかる……昨晩は強引にあたしに手をかけなかったけど、あたしはもう若様と契約したから、身体くらいは捧げないと──」
灯里の挙動が怪しくなる。
そしてとうとう、最後の一枚に手をかけてしまう。
「あたしが若様にあげられるのは、これくらいしかないから……」
「ちょ、ちょっと待てって!」
「や……優しくしてくださいね」
「だから、違うって言ってるだろ!」
俺は灯里の両肩をがっしりと掴み、動きを静止させる。
彼女は目をつむりながら、体を硬直させていたが、やがておそるおそる目を開いた。
「……若様?」
「とにかく、外に出てから着替えてくれ!」
「…………え?」
まったく、灯里は大胆だな。
仮にも男の前で脱ぎ出そうとするんだから…………いや、もしかして俺がいけないのか?
昨日の件で誤解されたうえに、いまの俺は城主だ。
ここで俺の前で着替えなくてはいけないと──俺が灯里を守る代わりに男女の仲になるよう契約をしたのだと、勘違いさせてしまったのかもしれない。
「誤解するなよ。俺は女の子にストリップさせる趣味はないし、女の子を無理やり襲うこともしない」
「……すとりっぷ?」
「とにかく、そういうつもりはまったくないんだ! だから早く、別室に行って着替えてこい!」
俺は、巫女装束を灯里に投げつける。
ばさりと頭の上から巫女装束を被った灯里は、そこでやっと納得したようにうなずく。
「そ、そっか。若様は、こういうのは望まないんだ…………」
「やっと理解できたか?」
「は、はい、若様……」
灯里はおそるおそる衣装を受け取ると、何度も俺の表情を窺うように見つめる。
「若様は、本当に良い人なんだね。あたし、若様のこと……信じるよ」