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第8話 巫女姿の灯里

「若様は、本当に良い人なんだね。あたし、若様のこと……信じるよ」


灯里あかりは俺にそう言ってから、ようやく隣室へと消えていった。

その後ろ姿には、まだ迷いが残っているように見えた。


「まったく、灯里には驚かされてばかりだな」


この時代の人間の貞操観念は、現代日本と比べると相当に緩いのだろうか。

灯里が脱ぎだしたときのことを思い出して、いまだに胸がドキドキするぞ。


「それに灯里のあの言葉……もしかして俺は、試されていたのか?」


そうであれば、よく俺の理性は耐えきったとめてやりたい。

とにかく、これ以上誤解されないように、もっと紳士的な態度を取らないとな。



「コホン──伝助、いるか?」


灯里が別室に着替えに行ったところで、廊下に控えている伝助に声をかける。

家老である伝助が部屋に入ってくると、さっそく本題を切り出すことにした。


「それで伝助、例の件はどうなっている?」


「ははっ。若のご命令通り、死刑囚しけいしゅうを代役に立てて、刑を執行いたしました」


「教団や城下町の住人たちに、灯里だとバレなかったか?」


「あの“みこ”と体格が似ている女の死刑囚を用意いたしましたので、そのご心配はないかと」


灯里は教団に狙われている。

そのため、偽装工作を行ったのだ。


しかし、伝助の顔はくもったままだった。

彼の面持ちには、深いうれいが刻まれている。


「若、某は心配にござります。確かに体格の似た女死囚を“みこ”の代わりに処刑することで、一時的には教団も貴族たちも騙すことができました。しかし……」


伝助の言葉の意味はわかる。

この策略は、いつまでも続くものではない。

早晩、教団は疑念を抱き、厳しい追及をしてくるだろう。


さらに気になるのは『血塗ちぬれのみこ』という組織の存在だ。

彼女たちが“みこ”たちで構成されることを考えると、“みこ”を探し出す独自のネットワークを持っていると考えられる。

そんな『血塗れのみこ』に、この城に灯里を匿っていることが露見すれば、何をしてくるかわかったものではない。


「分かっているさ伝助。だからこそ、急がないとならないんだ」


俺は城の窓から、外を眺める。

遠くには、街の家々から立ち上る煙が見えた。

ちょうど、食事の準備をしているのだろう。


この世界の文明は、日本でいうところの戦国時代くらいのものだ。

だからこそ、灯里の能力を活用できる可能性を俺は見出していた。


この時代には存在しない、未来の道具。

例えば、火縄銃ひなわじゅう蒸気機関じょうききかんなどを作ったらどうなるのか。

きっと、防衛手段として大いに役立つはずだ。


「それに、灯里の“みこ”の力──火焔かえんは、戦いのためだけのものではない。むしろ、人々の暮らしを豊かにする力となりうるはずだ!」


「若……」


「彼女の火焔を利用すれば、民の生活も向上するだろう」


この城の廊下は、板張りだ。

暖房もないため、朝に廊下を歩くと足の裏が寒いのだ。

けれども灯里の力を利用して、暖房を作り出すことができれば、それだけで生活は豊かになる。


俺の頭の中では、前世の知識を基にした様々なアイデアが次々と浮かんでいた。

しかし、伝助の表情は晴れない。


「ですが、若。“みこ”を匿うなど、どのような災いが降りかかることか……それに、教団の目も厄介ですぞ」


伝助の声には深い懸念が滲んでいた。

領主である俺が“みこ”を匿う行為は、民衆の強い反発を招くに違いない。

この世界での“みこ”への偏見は、想像以上に根深いものがあるようだ。


けれども、気になることもある。

伝助の言葉の端々からは、教団への不満が感じられた。

そこにつけ込める隙があると判断し、俺は作戦を変更する。


「実はな、伝助。俺が巫女を匿っているのは、ただ教団を困らせたいからなんだ」


「は?」


伝助は目を丸くした。

予想外の言葉に、彼の表情が一瞬にして変化する。


「近頃の教団は、権勢を振りかざしすぎている。国主にまで高圧的な態度を取るありさまだ。一度、痛い目に遭わせてやる必要があるだろう?」


「……確かに、おっしゃる通りかもしれません。最近の教団は、あまりにも傲慢です」


「この潮見城をまとめ上げるためにも、教団の力を削ぐことは必要だ。だから伝助、そのためにも力を貸してくれ」


「…………若がそこまで考えておられてとは。不肖、この津田伝助。若の力となるため、誠心誠意勤めさせていただきまする!」



その時、襖が静かに開く音がする。

灯里が部屋に戻ってきたのだ。


照れるようにうつむきながら、灯里は俺に告げる。


「若様、どうかな……?」


紅白の装束に身を包んだ灯里の姿は、前世で見た巫女そのものの姿だった。

清純そうな純白の小袖に、深く鮮やかな緋袴。

肩から垂れる灯里の赤色の髪が、白と紅の装束に生えて、炎のように煌めく。


凛とした装いは、まるで神々のような気高さを彼女に纏わせていた。

腰で結ばれた紐が、彼女の細いウェストが動くたびにかすかに揺れている。


その可憐な姿に、伝助も思わず息を呑んだようだった。


だが、灯里は落ち着かない様子で、チラチラと俺の方を見ている。

不安そうな表情には、どこか可愛らしさも感じられた。


灯里は両手を前で重ね、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「変じゃ、ない……?」


「よく似合っている。すごく可愛いと思うぞ」


「あ、ありがとう……ございます……」


褒められたことが、嬉しかったのだろう。

満更でもないといった表情をしている。


「若様。その、この服は……本当に、あたしのために……?」


灯里は上目遣いで、俺を見る。

その瞳には期待と不安が入り混じっていた。


「もちろんだ。俺が灯里にプレゼントしたものだからな」


「あたし、こんな高価なもの貰ったの、生まれて初めてだよ!」


俺の発言に対して、灯里が嬉しそうに顔をほころばせる。

灯里の機嫌が良くなったことだし、そろそろ次の計画に移ろう。


「灯里、ちょうどいいところに戻ってきた。俺に付き合ってくれ」


「つ、付き合う!? こんなに豪華な物を贈ってくるくらいだし、もしかしてあたしを、若様の恋人に……」


「このまま実験場へ行こう」


「……え、実験……場?」


ポカンとした灯里の表情が、妙に目に焼き付いてしまう。

状況を把握できていない灯里のために、俺は最初から説明することにする。


「灯里の“みこ”の力は、決して邪悪なものじゃない。むしろ、世のため人のために使われるべきものなんだ」


「それと実験に、なんの関係があるの?」


「昨日、灯里が炎の力をコントロールしたことは覚えているだろう? あの続きをするんだ


俺は城の外れに火に強い実験場を設けることにした。

石造りの建物の中に、耐火性の高い材料を使って作業台を設置し、様々な実験器具も用意してある。

ここで彼女の火焔の力を研究し、その可能性を探るのだ。


俺が実験について意気揚々に語り終えると、なぜか灯りが肩を落としてシュンとしていた。

自分の胸に両手を重ねて、自信なさげにつぶやく。


「あたし、これでも村では綺麗なほうだって言われていたけど……もしかして違ったのかな?」


「ないボソボソとひとり言をつぶやいているんだ。早く行くぞ」


「あ……若様、待って!」



灯里に巫女装束をプレゼントしたからだろうか。

俺の言う通り、灯里は従順な態度を取りながら実験に付き合ってくれた。


それから俺と灯里による、“みこ”の力の研究が始まった。


俺たちの研究は順調に進んでいた。

灯里の火焔は、温度も強さも驚くほど自在にコントロールできることが分かってきた。


これなら、俺が考えている計画も実現可能かもしれない。



そうして一週間が経過した頃。


俺が灯里の火焔の研究に没頭していた時、突然の報せが届いた。



「若、大変でございます!」


駆け込んできた伝助の声は切迫していた。

その表情には、ただならぬ緊迫感が浮かんでいる。


「伝助、いったいなにがあった?」


「民衆が……城内の民衆が、領主官邸に押し寄せております!」


伝助は、息を切らしながら続ける。


「みな、こう申しております──灯里殿を、引き渡せと」


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