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第9話 僧侶の反逆

領主官邸りょうしゅかんての前は修羅場しゅらばと化していた。

暴徒と化した民衆が、大声をあげながら押し寄せている。


なぜこんな大騒動が起きているのか。

それは灯里が生きているのが、バレてしまったからだ。


せっかく用意した偽装工作だったが、一週間しか持たなかったようだ。


伝助をはじめとする武士たちが必死に秩序を保とうとしているが、民衆の怒りは収まる気配がない。

彼らは武士たちの警戒線に向かって次々と突進してくる。


その時、群衆の前方に見覚えのある姿を見つけた。


「あれは……あの時の僧侶か」


この世界に転生した直後、灯里の処刑を急かしていた教団の僧侶だ。


だが、なぜ僧侶があんなところにいる?

もしかして、この暴動は教団が引き起こしたことなのか?


「伝助、命令だ。あの僧侶を連れてきてくれ」



すぐさま伝助により、教団の僧侶が領主官邸へと連れてくる。

袈裟を見に包んだ、坊主頭の男。

この世界の僧侶の格好は、日本で目にしたお坊さんとよく似ていた。


俺はわざと恭しく僧侶に礼をしながら、口を開く。


「お願いがございます。民衆の怒りを鎮めていただけませんでしょうか?」


そう俺が発現すると、僧侶は得意げな表情を浮かべた。

俺が降伏したと思い込んだのだろう。

僧侶はこちらを見下すように、こう宣言してくる。


「“みこ”をかくまった件については不問にいたしてもいい。ただし、直ちに“みこ”を引き渡して、教団に一万貫いちまんかんの賠償金を支払えば良しとしよう」


「一万貫、だって……? 小さな城が一つ建つくらいの金額だぞ」


階本みなもと殿、我々を恨むのではれば見当違いですぞ。“みこ”を匿っていた事実を民衆に伝えたのは、『偽りは許されない』という教団の教義に従ったまでにすぎません」


僧侶は、あくまで教団の正義なのだと主張している。

けれども俺はその言葉を聞き流しながら、傍らの武士の刀を抜き、僧侶の首筋に突きつけた。


「教団の僧侶でありながら、民衆を煽動して反乱を引き起こした。これは重罪だ」


場は水を打ったように静まり返った。

俺の突然の行動に、みな驚きを隠せないでいるようだ。


続けて、俺は聴衆にも聞こえるように大声で発する。


「民の扇動せんどう──お前の発言こそが、その証拠となった!」


僧侶の顔から血の気が引いていく。


ここは潮見城しおみじょう

城主である俺のほうが、立場は上だ。


「本来なら即刻処刑だが、これまでの貢献を考慮し、一時的に投獄して処遇を待つことにしよう」


ここが教団であれば、こうはいかない。

けれども、俺は国主の息子であり、この城の城主だ。

俺の言葉に、誰も異を唱えることができない。


僧侶は抵抗使用するが、生粋の武人である武士たちには敵わない。

部下である武士たちによって、僧侶が縄にかけられた。

監獄へ連行される途中、僧侶は大声で叫ぶ。


紅雨季こううきが近づいている! “みこ”を匿うことで荒魔こうまを呼び寄せ、潮見城に滅亡をもたらすことになるぞ!」


──紅雨季。


その言葉を聞いて、俺はこの肉体の持ち主である記憶を思い出す。


紅雨季は毎年3月から5月にかけて発生する異常気象で、赤い雨が大陸全体に降り注ぐ減少である。


ちょうど紅雨季の時期になると、大陸の東にある海の潮が引き、三つの陸橋が現れる。

その陸橋を通じて、荒魔と呼ばれる怪物が人間の領域に襲来するのだ。


そして運の悪いことに、潮見城はその陸橋の一つの終点に位置している。

必然的に、この城は荒魔の攻撃対象となるというわけだ。


しかし、いくら荒魔の脅威があるといっても、教団の好きにさせるわけにはいかない。

連行される僧侶に対して、俺はこう告げる。


「もうすぐ荒魔が襲ってくるとしても、それらの危機はいつか対処するべきことだ。だから逃げるよりもあえて立ち向かうことこそ、正しいんだと思う」


そのためにも、“みこ”である灯里の力が必要だ。

だから、教団に灯里を奪われるわけにはいかない。


──そうだ、灯里の力があれば、きっと何とかなる。


この危機を乗り越えることこそ、自分がこの世界に転移してきた理由なのかもしれない。

こんな異世界に転生してしまった俺だが、潮見城を救うことで自身の価値が証明できるかもしれない。


この城を襲う危機を防ぐことができれば、皆本守というこの肉体に憑依してしまった俺の存在が、認められる気がする。

そう、考えることができた。



思い立ったが吉日きちじつ

すぐさま、俺は領主官邸の前まで移動した。

そして暴徒と化していた民衆の前に、仁王立におうだちする。


「お前たち、よ~く聞けぇえ!!」


俺がそう叫ぶと、一人、また一人と民たちがこちらへと視線を移す。

次第に、「若様だ」「若様が来たぞ」と、声が上がった。


「もうすぐ紅雨季がやってくる。つまりまた、荒魔が襲撃してくるってわけだ」


俺の言葉を聞いた民衆が、ピタリと黙った。

紅雨季と荒魔という生命を脅かす単語によって、現実に引き戻されたかのように冷静になったようだ。


「でも、安心して欲しい。俺が潮見城の城主となったからには、荒魔たちの好きにはさせない」


そうは言ったものの、民衆の顔は不安に満ちていた。

いくら城主の発言だとしても、彼らは毎年のように生命の危機に脅かされていた。

それだけ荒魔というのは、人間にとって恐ろしい存在なのだ。


「みんなが不安になる気持ちはわかる。けど、安心して欲しい。俺に秘策がある」


聴衆となっていた民の一人が、不思議そうに尋ねてくる。

「秘策、ですか……?」


「その秘策こそが、こないだ捕えた“みこ”だ! みんなには嘘をついて悪かったと思うが、それには理由がある。みんなを心配させたくなかったからなんだ」


「若様……」


民衆の表情が、怒りから安堵へと移り変わっていく。

城主である俺が、なぜ“みこ”を匿ったのか。

その理由を知ることができて、とりあえず納得してくれたようだ。


だが、それで終わりにはしない。

潮見城を一つにまとめ上げるためにも、きちんと宣言する。


「俺はこの潮見城を率いて、紅雨季を乗り越えてみせる! それだけじゃない、“みこ”と荒魔に関する教団の嘘も、必ず証明してみせよう!」


教団は、何か嘘をついている。

けれども、その嘘を暴いて民衆の洗脳を解くことは、まだできない。


だからこうやって、布石を打っていく。

無事に紅雨季を乗り越えて、俺が潮見城とその民を守り抜くことができれば、きっと彼らも俺の言葉を信じ始めてくれるはずだ。



俺の宣言によって、民衆たちの暴動は完全に収束した。

領主官邸へと押しかけていた民衆は、波が引くように街へと戻っていく。

僧侶の企ては、完全に防ぐことができた。


傍らで俺のことを見守っていた伝助が、ぽつりと呟く。


「この騒動を治めるなんて、若は凄い……」


「これから忙しくなる。伝助、そしてお前たち、よろしく頼むぞ」


「ははっ!」


部下たちが一斉に返答する。

その様子を眺めながら、俺は街へと戻る民衆へと視線を移した。



◇ ◇ ◇



城へと押し寄せる民衆たちの様子を、一人の少女が見つめていた。

フードを被ったその少女は人混みから抜け出し、遠くを眺めている。


潮見城の城主である皆本守の演説は、予想以上の効果を上げた。

あれだけ怒り狂っていた民たちが、完全に静まったのだ。


街に戻るためにぞろぞろと移動する民衆の後方で、彼女は皆本守を視界に捉える。


遠くからでもわかるほど、皆本守の表情には自信が満ちていた。


彼女は腰に隠した短刀をそっと握りしめる。

次の瞬間、彼女は群衆の影の中に紛れ込んで、姿を消した。




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