俺は城内の政務室に戻り、重い溜め息をつきながら椅子に腰を下ろした。
そして家老である
「伝助、
「この城の資料で、ござりますか?」
俺はまだこの世界に転生してきたばかり。
だからこそ、知識が足りない。
潮見城を襲うという紅雨季が始まるまでに、知らければならないことが多いのだ。
「『
「はっ!」
即座に動き出した伝助は、数十分後には両手いっぱいの文書を抱えて戻ってきた。
出来る部下を持って、俺は幸運だ。
文書に目を通しながら、俺は時折伝助に確認の質問を投げかける。
伝助は、俺の疑問に対して、すぐに返事をしてくれた。
そして次第に、この潮見城の置かれた状況が見えてくる。
それは、予想以上に厳しいものだった。
一通りの説明を受けた俺は、自分の顎に手を当てながらつぶやく。
「まさか『紅雨季』の間は、民を別の場所に避難させていたとはな」
「はい。
「風間城ってのは、たしか潮見城よりも内陸に位置している城だな。でも、なんでわざわざ風間城に?」
「風間城は石垣が高く、防衛に適しているのでございます。しかも我らが潮見城よりも西側に位置していることもあり、比較的安全な場所なのでございます」
『紅雨季』は毎年やってくる。
だからこれまで、どうやって潮見城を守っていたのだろうかと思ったが、毎年3月~5月にかけての荒魔からの攻撃を避けるために、まさか民を逃がしていたとは思わなかった。
たしかに、悪くない策だ。
民の命を守るのは、城主の責任なのだから。
だが、欠点もある。
風間城へ避難している間、民たちは仕事ができない。
そのせいで、3か月間ずっと収入が得られないのだ。
「それだけではございません。避難の途中に、命を落とす民も少なくはありません」
「潮見城にいるよりは生存率が高いんじゃないか?」
「それはそうなのですが、その民の命と引き換えに誓約があるのです……」
伝助が重い口調で続ける。
「風間城への
「なるほど、それは潮見城にとってはかなりの痛手だな」
民たちの安全が保障される代わりに、『紅雨季』の3か月の間は潮見城の力が減るばかり。
むしろ、搾取されているといってもいい。
「そもそもこの潮見城の設立自体が、風間城へ
「俺たちは、風間城のための盾ってわけか」
それでいてこちらが金まで払わなければならないのは、さすがにやりすぎだ。
しかし、これまでそうやって潮見城はやってきていた。
その理由の一つが、先代城主たちは風間城主の部下であるということ。
主である風間城のために、潮見城は血を流し続けていたのだろう。
「問題はもう一つございます。若、こちらの書類をご覧ください」
「『紅雨季』に備えて用意した
「実は、兵糧が足りないのでございます」
「なんだって!?」
「実は、この潮見城は食糧不足になりやすいという欠点がございます」
「食糧不足? 海に面しているんだから、海産物が採れるだろう?」
「荒魔たちへと続いている陸橋があるせいか、漁獲量は他の場所よりも低いようです。そのため、我が潮見城の特産品を風間城に渡すことで、食糧を得ていたようです」
潮見城では、
だからそれらと食糧を交換することで、食糧不足を補っていたようだ。
「これがその取引の契約書か。随分と吹っ掛けられているな」
「こちらが強気に出られないことを知ってか、法外な契約を結ばされていたようでございますね」
食糧を得るために行われた取引は、非常に不当なものだった。
潮見城は、常に風間城に搾取されていたのだ。
──この体の持ち主であった皆本守の父親が、皆本守を潮見城へと送った本当の理由が理解できたな。
この潮見城は、他の城よりも過酷だ。
国主である父親は、皆本守をあえてそんな場所へと追放した。
皆本守と父親の関係性に、とある確信が生まれる。
「やはり国主である父は、俺のことが嫌いだったんだな……」
俺が小さくため息をつくと、伝助が「若……」と声を上げた。
伝助は、側近の部下であり、皆本守の幼馴染でもある。
だから俺のその呟きが、長年共に過ごしてきた伝助の胸を深く突き刺したようだ。
その証拠に、伝助は俺の傍らに寄り、慰めの言葉を探しているようだった。
しかし、その必要はない。
すでに伝助がこちらに近付いてきた時には、俺の気持ちは固まっていた。
俺は顔を上げ、決意に満ちた眼差しで前を見据える。
皆本守が父親から好かれていなかったのは、もう仕方のないことだ。
それに前の持ち主がどうであれ、いまは自分がこの身体の新しい主になっている。
俺は皆本守として生きるしかないのだから、無為に未来を諦めたりはしない。
だからきちんと、俺の意思表明を伝助に伝えよう。
「生き残るためにも、行動しなければならない………下を向いている
伝助の表情が微かに曇るのが見えた。
俺が何を考えているのか、理解したのだろう。
伝助はなにか達観したような目で、小さくつぶやく。
「若は、変わりましたね……」
「潮見城に追放されて、そうならないといけない状況になったからな」
「いいえ、むしろ若が“みこ”と出会ってから…………」
そう、“みこ”である灯里と出会ったことは、俺にとって光明だった。
灯里がいなければ、これから待ち受ける苦難に対して、もっと絶望していたかもしれない。
「伝助に頼みたいことがある。『紅雨季』を経験した者を連れてきてくれ」
「と、いいますと?」
「実体験者の話を聞きたい。文書だけでは分からないことがあるはずだ」
実際に『紅雨季』を経験した者から、詳しい情報を得たい。
潮見城を強化する対策は、それからだ。
それからしばらくすると、伝助が一人の男を連れてきた。
いったいどんな者が来るのかと思っていたが、開いた
政務室へと足を踏み入れてきたのは、半裸で全身に
その異様な出で立ちに、全身に緊張が走る。
「伝助、その者は?」
「彼の名はパール。