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第13話 石灰石と焼成室 その2

セメントが完成した翌日。

俺は伝助でんすけ灯里あかりを連れて、焼成室へと向かった。

そして昨日のうちに作業をしておいた、とあるレンガの状況を確認する。


「うん、しっかり固まっているみたいだな」


昨日塗ったセメントは完全に固まり、石レンガとしっかりと接着していた。

試しに手で押してみると、予想以上の強度がある。


レンガの強度を確認した伝助も、驚くように声を上げる。


「若、これは凄いですぞ! いったいこれは……」


「これがセメントの力だ」


伝助は石レンガを持ち上げようとしたが、セメントの接着力は想像以上に強く、びくともしない。

想像以上の出来だったのだろう、伝助の表情が明るくなる。

潮見城に石垣を築く夢が、現実味を帯びてきたのを感じているようだ。


「このセメントがあれば、石垣だけでなく、民の家々も頑丈にできる。木造の家を改造して、天災にも耐えられるような堅固な建物を造ることができるんだ!」


俺のその発言を、灯里は目を輝かせながら聞いていた。


「本当ですか? それなら、みんなの役に立てますね!」


その言葉に、俺は思わず微笑む。

灯里の中に芽生えた、人々の役に立ちたいという気持ち。

それは、教団に邪悪な存在として認定された"みこ"にとって、自分が人間であると実感できる希望だったのだろう。

その証拠に、頬を紅くさせてまで喜んでいる灯里の姿を、俺は初めて見た。


「だが、喜ぶのはまだ早いぞ。建築作業は、まだ始まってもいないんだからな」


セメントの製造は、下準備にすぎない。

古びた木造の家々をセメントで補強し、民が安心して暮らせる街にしたい。

そのためには、まだまだ試行錯誤が必要だ。


「灯里、もう少し協力してくれないか?」


「はい!」


灯里は迷うことなく答えた。

その瞳には、"みこ"の力を、人々のために使いたいという強い意志が宿っている。



「伝助も頼んだぞ。セメントがあれば、この潮見城は生まれ変わることができる」


俺はセメントペーストが詰まった箱へと視線を移す。

鉄粉を加えていないこのセメントペーストは灰白色をしていた。

これらを街の家屋に使用すれば、耐久度が上がるはずだ。


「ここにあるセメントだけじゃ足りない、石灰石をもっと集めてくれ。あとは職人がたくさん欲しい。他には──」


俺は具体的な指示を、伝助に出し始める。


これは始まりに過ぎない。

科学と"みこ"の力が結びつくとき、この領地は大きく変わるだろう。

そのためには、腹心の部下である伝助の力が必要不可欠となる。


「民の生活を守るためにも、まだまだやることは山積みだ。伝助も、これからが正念場だぞ」


「若はそこまで民のことを想っておられたのですね…………それがし、誠に驚きました」


「驚くのはまだ早い。科学の力は、こんなもんじゃないからな!」



その日から、潮見城ではセメントの生産が本格的に始まった。


灯里の炎は、かつてない高温で石灰石を焼き続け、灰色の粉末が徐々に蓄えられていく。

それは、新しい時代の幕開けを告げるものだった。



その夜。

俺は潮見城から夜空を見上げながら、静かに決意を固めた。


この技術と"みこ"の力を組み合わせれば、きっと民を守れる。

そうすれば、いつか"みこ"たちへの偏見も消していけるはずだ。


その時、ふと灯里の笑顔が脳裏に浮かんだ。

彼女の存在が、この計画の核心にあることは間違いない。

しかし同時に、俺は彼女を危険に晒したくないとも強く感じていた。


「民だけじゃない。俺はみんなを守らないとな」


灯里を守る──そう、俺は彼女と契約をした。


"みこ"を排除しようとする教団に、"みこ"を狙う秘密組織『血塗ちぬれのみこ』、そして人間を襲う荒魔こうま荒獣こうじゅう


それらの魔の手から民を守るためには、力がいる。

その第一歩が、街の防衛力の底上げだ。


セメントの生産量、必要な石材の調達、作業員の配置。

やるべきことは山積みになっている。


だが、もう後には引けない。

これが俺に与えられた使命なのだろう。


月明かりの下、潮見城の夜は静かに更けていった。


明日もまた、新たな挑戦が始まる。

その時まで、しっかりと準備を整えておかねばならない。

俺たちの戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

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