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第15話 凄腕の石職人

伝助でんすけ、セメントの生産状況はどうなっている?」


「はっ。わかのご命令通り、一定量を毎日生産できるようになりました」


家老である津田伝助の報告を聴きながら、俺は城下町を視察する。


セメントの生産が、軌道に乗り始めた。

この調子なら潮見城の防衛だけでなく、城下町の備えを万全にすることができそうだ。


──いや、それだけじゃ足りないな。


この世界の建築技術は、現代日本と比べれば低い。

少なくとも、日本でセメント産業が活発になったのは明治時代以降だろう。


戦国時代風のこの異世界では、セメントは未知の技術だ。

俺の未来の知識と、そして“みこ”の力。


この二つを組み合わせれば、この世界の文明を発展させることも夢ではない。


「でも、いまは目の前のことに集中しないとだな。他のことを考えるのは、石垣が完成してからだ」


「こちらも若のご命令通り、職人たちが石垣の建築を開始いたしました」


まずは、潮見しおみ城の石垣を建築することが急務。

荒魔こうま荒獣こうじゅうの侵入を防ぐためにも、石垣は最優先事項といっていい。


「問題は、技術者だな」


この潮見城の防衛力を底上げするためのプロジェクトに、俺は責任者として指揮を執っている。

だからこそ、わかってしまった。


辺境の地であるこの潮見城には、優秀な技術者がいなかったのである。

現場監督のように工事現場を回ってみるが、どこも褒められるような成果を上げられていない。


彼らが掘り出した基礎の形状は歪で、まるで排水溝のようだった。

石垣を造ったことがある者は、誰もいない。


現代の土木技術を知る俺でさえ、この世界の原始的な道具では思うように作業が進まない。

伝助が心配そうな目で俺を見つめているのがわかる。


「テコ入れをする必要がありそうだ……」


「若、大丈夫でございましょうか。この調子では到底、紅雨季までに間に合いませんぞ」


伝助の言葉通り、技術的な限界を感じていた。

このままでは、潮見城の住民たちは荒魔たちの脅威にさらされてしまう。


いったいどうすれば……。


「とりあえずセメントの増産作業に戻るか──ん、なんだここは?」


突如として、それまでの区画とは比べられないほど整頓された工事現場が目に入る。

そこでは、30歳くらいの男が機械的な動作で作業をしていた。


「なあ伝助。あんな職人、潮見城にいたか?」


「あの者は、先日行った石職人の募集で新たに加わった者でございまする」


「こないだの募集で……どおりで見たことのない者だと思ったが、それよりも──」


あの職人、腕が良いぞ。


素人目でもわかるくらい、他の区画とは完成度が違う。

それに他の職人よりも後に工事に参加したはずなのに、どの場所よりも進みが速かった。


俺はその職人の前まで移動して、声をかける。


「あなたがこの仕事したのか。見事だな」


男は驚いたように振り返ると、作業を中断し、丁寧に一礼する。

その男の作業着は石灰の粉で白く覆われ、手にはすきを握っていた。

警戒する様子で、彼は俺に返事をする。


「恐れ入ります。あなたは?」


「この作業場の責任者をしている者だ」


当たり前だが、男は俺の顔を知らないらしい。

着任してまだ日が浅いこともあって、まだ俺の顔はそこまで売れていないのだ。


男は不思議そうな表情をしながら、俺に質問をする。


「あのう、私めに何か用でございますか?」


「ちょっと聞きたいことがある。これまでの石垣建設で、どこか苦心した点はあるか?」


「そうですね……基礎の深さと地盤の安定が課題となりそうです。特に海に面したこの地域は地盤が脆弱なため、通常以上の注意が必要となります」


俺は目を見開く。

こういった知識や情報こそ、俺が欲しかったものだからだ。


この男は、明らかに他の職人とは違う。

なんだか興味が湧いてきた。

もっとこの男のことを、知る必要がありそうだ。


「お前はこないだの募集でここに来た職人で間違いないな。それまでは、どこで何をしていた?」


「私はこの潮見で私塾を営んでいる教師でございます。その前は、首都の石職人組合に所属しておりました」


「首都だと!?」


この身体の持ち主であった皆本守の記憶によれば、首都にいる職人はエリート中のエリートらしい。

地方の職人と比べると腕も良く、国一番の職人たちが首都に集まっているのだとか。


つまりこの男は、石職人の中でも精鋭の一人だったわけになる。

こんな逸材は、この潮見城で探してもそう簡単に見つかることはないだろう。

あまりにも喜んでしまったせいで、つい思った言葉が口に出てしまう。


「どうやら俺は、運が良いみたいだな」


男は、困ったように俺を見ていた。

そういえば、まだ自己紹介をしていない。


「まだ名前を聞いていなかったな。なんていう名前だ?」


「私は岩田いわた剛平ごうへいと申します」


「俺は皆本みなもとまもる。一応、この潮見城の城主をしている」


「えぇ、城主様ですか!?」



岩田剛平と名乗った男の顔が、驚きに包まれる。

まさか俺が城主だとは思いもしなかったのだろう。



「岩田さん、あなたの力が必要だ。俺に──この潮見城に、力を貸してくれ」


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