それから詳しく話を聞いてみたが、この
教師をしていただけあって知識の造形も深く、
そのため岩田さんを引き立てる前に、俺が計画の一部を見てもらうことにした。
セメントの生産工房となっている焼成室へ岩田さんを案内する。
「こうやって
「まるで人工の石ですね……凄いですよ。こんな技術、首都でも見たことありません!」
岩田さんは見ていて面白いくらい、セメントに好感触を表していた。
凄腕の石職人として、セメントの魅力を理解したのだろう。
さっきからブツブツと、セメントの活用方法について呟いている。
この様子だと、もしかしたら岩田さんにセメントのことを任しても良いかもしれないと思えてきた。
伝助はまだ岩田さんのことを警戒しているようだが、俺は岩田さんの目に宿る真摯な志に感銘を受けていたからだ。
岩田さんからは、いますぐにでもセメントを使ってみたいという、職人魂を感じられる。
実際、さっきから岩田さんはセメントのことばかり話している。
「城主様、このセメントがあれば、潮見城の防衛力を底上げすることが可能でしょう。それだけでなく、建築技術に革新が起こるはずです!」
「岩田さん、それこそ俺の望むことだ。紅雨季を乗り切ったら、このセメントを使って街造りを一新したいと思っている」
「素晴らしいお考えでございます。是非とも、私にもその計画の手助けをさせてください」
岩田さんは、俺に対して恭しく頭を下げる。
やはりこの人になら、セメントのことを任せても良いかもしれないと再認識した。
そう思ったところで、岩田さんがこう尋ねてくる。
「ですが、ひとつ疑問があります。石灰石を燃やしてセメントにするためには高温で焼却する必要があるとのことですが、その熱量はいったいどこにあるのでしょうか? この焼成室に、なにか特別な仕掛けでも?」
「いや、それは……」
困ったな。
“みこ”である灯里のことは、部下たち以外には秘密にしている。
この潮見城に匿っていることは住民たちに知られているが、“みこ”の力を利用していることまでは、まだ公開していない。
どうしたものかと腕を組んだとき、予想外のことが起きた。
焼成室の裏に隠れていたはずの明かりが、自ら姿を現したのだ。
「先生──岩田先生ですよねっ!」
“みこ”である灯里の力のことは、まだ秘密だ。
だからこそ二人が出会わないよう、事前に灯里には姿を隠すよう命じていたはずなのに。
ここまで俺が警戒するのには、理由がある。
それは万が一、岩田さんが教団のスパイだった場合、この場で灯里を奪い返してくる恐れがあるからだ。
俺の脇に控えていた伝助に、即座に出口を封じるようにアイコンタクトをする。
伝助は右手を掲げ、武士たちに出口を固めるように指示を出した。
これでもしも岩田さんが敵方だったとしても、取り逃がす心配はない。
だが、これだけ厳重に警戒態勢を敷いたというのに、灯里と岩田さんの様子がおかしかった。
まるで旧友と再会したかのように、微笑みながら二人は顔を見合わせている。
二人の姿は、緊張を和らげるほどに感動的なものがあった。
そういえばさっき、灯里は「岩田先生」って言っていたな。
岩田さんは教師をしている。
ということは、もしかして──。
二人の話している内容に、耳を傾けてみる。
「灯里くん、無事だったんだね!」
「はい……若様が、教団から助けてくれたんです。それで、城に置いてくれて──」
「やはりそうだったのか。でも、どうして焼成室に?」
「本当は隠れてろって若様に言われたんですけど、岩田先生がここに来るって知って、居ても立っても居られなくなって……!」
「そうか、私も灯里くんと会えて嬉しいよ。“みこ”になってからあんなことがあったし、あれからどうしているのか、ずっと気になっていたんだ……」
「岩田先生にはいろいろとお世話になっていたから、あたしもまた会いたいと思っていました!」
二人の雰囲気を見て、俺は悟る。
この岩田さんは、おそらく教団のスパイではない。
本気で、灯里のことを心配している。
それに、“みこ”として指名手配を受けていた灯里がここまで懐いている人物だ。
岩田先生は灯里を告発した人ではないようだし、ある程度は信頼しても良いのかもしれない。
岩田さんは灯里から、俺へと視線を移す。
そして、改めて頭を下げてきた。
「城主様、我が教え子である灯里を助けていただき感謝申し上げます。しかも灯里は“みこ”であるというのに、城主様はお心が蒼空のように広い」
「そ、そんなことないですよ。人として当たり前のことをしただけですから」
たしかに処刑されそうになっている灯里のことを哀れに思い、助けたいと思ったことは事実。
けれども同時に、鑑定スキルで灯里の能力を見て、利用できるかもと思ったことは秘密だ。
岩田さんは、続けてこう述べる。
「人々から忌み嫌われる“みこ”を助ける城主様の御心は尊敬に値します。この岩田剛平、城主様に忠誠を誓わせていただきます」
岩田さんの中で、なにかが吹っ切れたのだろう。
もしくは、灯里と再会できたことで、本心から俺のことを信用してくれたのかもしれない。
先ほどまでとは比べ物にならないほど、俺に対する岩田さんの視線は真摯なものになっていた。
そうして、岩田さんは話してくれた。
これまで、何があったのかを。