凄腕の職人であり、
そんな彼は、なぜ潮見城にやって来たのかを話してくれる。
「私が
たしかに、そのことが気になっていた。
なぜエリートであった首都の職人を辞めて、こんな辺境の危険地帯に移住してきたのかを。
「私は長年、首都の石職人組合の一員として働いていました。しかし、ある日事件が起きたのです。施工事故により組合は解散を余儀なくされ、その事故で多くの命が失われました」
「事故か……」
工事というのは、どうしても危険が付きまとう。
不慮の事故というのは、起こるときは起きてしまうのだ。
「あの事故は、起こるべくして起きたものでした。偶然でも不慮の事故でもない、人為的な事故です!」
「人為的な事故? 首都の役人がか!?」
「私は見てしまったのです──
奴らは自分たちの利益を優先し、真相を隠蔽して責任逃れをしたのです。あまつさえ、無関係な人間を犯人に仕立て上げ、首都には無実の者の血が流れました…………」
「官僚がそこまで……」
首都直下の役人だというのに、民に罪を擦り付け、事故を隠蔽するそのやり口。
到底、許せるものではない。
「その事件がきっかけで、私は家族を連れてこの潮見城にやって来ました」
「そうか……話してくれてありがとう」
言い辛いことだったろうに、岩田さんはきちんと俺に話してくれた。
その好意を、無下にするつもりはない。
これで話は終わったと思ったが、岩田さんは膝をついて、頭を地面に下げる。
まだ、なにか言いたいことがあるのだ。
「城主様はひとかどのお人だとお見受けしました。そんな城主様に、伏してお願いがございます。我が教え子、
「……茜?」
「茜はそこの灯里同様、私の私塾に通っていた生徒でした。ですが先日、茜も“みこ”と教団に指弾されて……」
「その子も、“みこ”になったのか?」
「はい。教団に捕まる前に逃げ延びたようですが、捕まれば命はないでしょう……」
岩田さんが地面に頭を擦りつけるように懇願する。
その様子を見ていた灯里も、「若様、あたしからもお願いします!」と、頭を下げてきた。
新たに“みこ”となった少女、茜。
もちろん、その子のことも助けてあげたい。
灯里にとっても大切な人みたいだし、これから重用予定である岩田さんの頼みであれば、喜んで承諾したい。
けれども──。
俺は側に控えていた、伝助へと視線を移す。
予想通り、伝助は静かに首を横に振った。
伝助も、俺と同じことを想っていたようだ。
心の中で決断を下した俺は、岩田さんの肩に手を置く。
そのまま「顔を上げてくれ」と声をかけてから、正直に告げる。
「話はわかった。俺もその子のことを保護したいと思う」
「城主様……!」
「だが、すまない。いまはまだ動けない……教団から灯里を無理やり奪取したばかりで、これ以上強引な行動は難しいんだ」
すでに、潮見城は教団に睨まれてしまっている。
そのうえ“みこ”を狙う『血塗れのみこ』のことも警戒しなければいけない。
ただでさえ、
俺の言葉を受けて、家老の伝助が補足してくれる。
「若のおっしゃる通り、明確な脅威がない限り、強引な行動は控えるべきかと存じまする」
俺と伝助の返答に、岩田さんは見るからに気を落とす。
だが俺は、このまま岩田さんの願いを断るつもりはない。
「岩田さん、それに灯里──聞いてくれ。俺は灯里との交流を経て、ひとつ確信したことがある。これまでの灯里の修練の結果、そして今回のセメント製造を通して、“みこ”の力は制御可能なものだと判断した」
俺の発言に対して、灯里が跳ねるように声を上げる。
「本当だよっ! 前には無理だったけど、いまは炎を自由に操れるんだから!」
「そう、灯里たち、“みこ”の力は、彼女たちが己で支配できる力なんだ。“みこ”の力を持っているだけで、不当に命を奪われるような危険なものじゃない」
教団は、彼女たちが“みこ”だというだけで処刑しようとしている。
そんなの、絶対に間違っている。
「“みこ”本人が罪を犯していない限り、俺は“みこ”を見捨てるつもりはない。灯里のように教団によって濡れ衣を着せられることなんで、もってのほかだ!」
俺はまだこの世界に来たばかりだが、それでもわかることがある。
教団の横暴を、これ以上許すことはできない。
「だから、いますぐとは約束はできない。でも、必ず俺がその子にも手を差し伸べてみせる──それまで、待ってくれないか?」
俺は、岩田さんに手を差し伸べる。
その手をじっと見つめた岩田さんは、静かに俺の顔を見返す。
「城主様のお気持ち、確かに理解致しました。ご無理を申し上げたようで、謝罪いたします。そして──茜のことを、どうかよろしくお願いします」
すぐに助けることはできない旨を、岩田さんは了承してくれた。
そのうえで、俺に力を貸してくれることを誓ってくれた。
俺は、岩田さんや灯里の気持ちに、応えなければならない。
潮見城の城主として、必ず“みこ”たちを救ってみせる!
「とはいえ、灯里にはお説教だな」
「な、なんでっ! あたし、なにか悪いことした!?」
隠れてろって命じたはずなのに、勝手に出てきたからな。
命令違反には変わりない。
「さて、どんなお仕置きが必要かなあ。悩むなあ」
「若様、ひどいよーっ!」
涙目になって抗議する灯里の顔に、つい目を奪われてしまう。
ぷーっとほっぺたを膨らませる灯里の姿が、小動物のリスのように見えたからだ。
駄々をこねる灯里も、とんでもなく可愛い。
「まあ冗談は置いておいて──」
「えっ、冗談だったの!?」
灯里の頭を優しく撫でてから、岩田さんの正面へと向き直った。
話題を石垣の建設に戻すため、俺は岩田さんに尋ねる。
「石垣の建設に携わった経験はありますか?」
「蒼霞国の首都で、石垣の公共建築に関わったことがあります」
先ほど目にした岩田さんの作業風景は、熟練の技術によってなされたものだった。
それに加えて、石垣を造った経験があるのなら、なおのことだろう。
岩田さんこそ、まさに俺が必要としている人材だ。
「わかりました。岩田さん、あなたに潮見城の石垣プロジェクトの全権を与えます」
「そ、それは……!」
「岩田さん以上の適任者が、この潮見城にいるとは思えない。なにかあれば、そこの伝助に言ってください。全力で岩田さんをサポートします」
「…………そこまで言われたら、断るなんてできませんね。その石垣プロジェクトとやらの責任者を、この岩田剛平が拝命いたしました。城主様のため、全力で勤めさせていただきます!」
岩田さんの目には、希望と決意が輝いている。
灯里と茜を守り、"みこ"の未来に一筋の光を見出すために、自分が役立てると感じているようだった。
これから多くの困難が、俺たちを待ち受けているだろう。
それでも、今日の決断には確かな手ごたえがあった。
俺は、潮見城に本当の変化をもたらす。
科学と"みこ"の力が、この辺境の地を変えていく。そう確信した。
これからの希望を照らすように、太陽の明るい陽射しが窓から室内に差し込んでいた。
新たな可能性への扉が、ゆっくりと開かれようとしている。