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第18話 茜という少女①

「岩田さん、あなたを奉行ぶぎょうに任命します」


俺がそう言うと、岩田さんを含めたこの場にいる3人がこちらを凝視する。


家老かろう伝助でんすけが「わか!」と声を挟もうとするのを、俺は手で制止した。

そして改めて、岩田さんと視線を合わせる。


「岩田さんは灯里あかりの先生であり、そして俺と同じで、“みこ”のことも助けようとしている。しかもこの先の潮見城の問題点となるはずだった、石垣プロジェクトの責任者になるんだ。だとしたら、きちんとした役職が必要でしょう?」


「ですが城主様、一回の平民である私がいきなり奉行などと……」


「俺は優秀な人物であれば、平民だろうが武士だろうが、そして“みこ”だろうが関係なく登用する。だから岩田さん、あなたの力を、この潮見城のために借りたいんだ」


「……城主様は、そこまで私のことを買ってくださっているのですね」


「でも、ただ飯食らいは許さない。代わりに石垣建設の全権を委任するから、『紅雨季こううき』が来る前に、石垣を整えてもらいたいんだ」


岩田さん一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な面持ちになった。

そして頭を下げながら、俺に宣言する。


「承知いたしました。城主様のご命令、たしかに拝受いたしました」


「頼むぞ」


こうして、岩田さんが俺の部下になった。

石垣建設の技術だけでなく、私塾の先生としての知識も期待できるだろう。



「城主様、早速ですが私から提案させていただきたいことがございます」


「なんだ?」


「現在の建設中の石垣についてです。たしかに設計は悪くないのですが、まだ完璧ではありません。改良の余地があります」


「というと?」


「あの石垣は不安定すぎます。底部の幅を倍にし、高さを十二尺じゅうにしゃくに抑え、上部の幅を三分の一に縮小することで、より安定した構造にできます。また、溝を掘りながら石垣を築く作業を並行して進めれば、『紅雨季』までに間に合わせることも可能かと」


さすがプロは違うなと、感心してしまう。

岩田さんの提案は理にかなっている。


前世で見た城壁も、壁というよりは山のようにどっしりと構えていた。

分厚い壁のように石垣を造るのではなく、安定した底部を土台として山のように石垣を築くのが大切なのだろう。


「よし、その案で進めよう。必要な人員と資材は全て用意する」


「ありがとうございます」


石垣についての打ち合わせは終わった。

けれども、まだ話は残っている。


「それで、さっき岩田さんが話していた、あかねという“みこ”についてだが──」


その茜という少女は、灯里と同じで岩田さんの私塾の生徒だったのだという。

最近“みこ”になったようだが、“みこ”になったからには命が危ない。


「その茜という子が“みこ”になったのなら、必ず教団が動くはずだ。彼女はいま、無事なのか?」


「無事でございます。茜は私が逃がし、いまはとある場所に潜伏させております」


「岩田さんも、随分と危ない橋を渡っていたみたいだな」


「……そこの灯里が教団に捕まった際、私は何もできませんでした。だからこそ茜だけでも助けようと、もしもまた教え子が“みこ”になった時に備え、準備をしていたのです」


やはり岩田さんは、頭が切れるようだ。

とはいえ、平民である岩田さんが“みこ”を逃がすことに協力したとバレれば、教団が黙っていない。


だがここは、潮見しおみ城だ。

岩田さんも奉行にしたことで、もしも教団が何か勘づいたとしても、すぐには手は出せないだろう。


「岩田さんとの約束通り、その子を潮見城で匿います。でもその前に、その茜という子を俺に会わせてください」




翌日。

岩田さんは、一人の少女を潮見城に連れてきた。


部屋に入っていきたその少女の顔は、手ぬぐいで隠されていた。

道中、教団に顔がバレないようにしていたのだろう。


そして現在この部屋にいるのは、俺と伝助、そして灯里に、岩田さんとその手ぬぐいの少女だけ。

念のため、部屋の外には信頼できる武士を見張りとして立てていた。


「城主様、連れて参りました」


「ご苦労だったな。それで、その子が茜か?」


「はい……茜、城主様に挨拶しなさい」


手ぬぐいで顔を隠しているその少女が、両手を頭に移動させる。

するすると手ぬぐいを外し、彼女の顔が露わとなった。


「……ほう」


第一印象は、優しそうな子だった。


年齢は灯里と同じ、14歳。

髪は赤茶色。灯里の燃えるような赤色ではなく、良く言えば落ち着いた、悪く言えば地味な髪色だった。


それでも目を引いてしまうのは、彼女の顔が整っているからだろう。

その辺の町娘とは思えないような、凛とした顔つきをしている。


「お前が、茜か?」


「は、はい……わたしが茜でございます」


もじもじとしている茜は、一見すると気弱そうに感じる。

教団に追われているうえに、いきなり城主から呼び出されたのだ、不安に感じるのは無理もない。


だがそれでいて、彼女の所作は完璧だった。


背筋はピンと伸びていて、体にブレもない。

挨拶をするために頭を下げた際の形も、お手本のように綺麗だった。

そこに座っている灯里なんて、礼儀がまったくなっていないっていうのに、この茜という子からは整然とした佇まい崩していない。


それほどまでに完璧な所作だというにもかかわらず、彼女の顔は不安に満ちていた。

わずかだか、体が震えているようにも思える。



「俺は皆本みなもとまもるだ。急に呼び出してすまなかったな」


挨拶をする俺に対して、茜はこんなことを言ってくる。




「あのう、皆本様……わたしはこれから首を斬られるのでしょうか?」


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