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第20話 茜と治癒と、そして和菓子


しばらくすると、伝助でんすけが傷ついたにわとりを抱えて戻ってきた。

茜の力を検証するために、事前に意図的に傷を負わせてある鶏だ。


俺は茜に近づくと、鶏を指差しながら願いをする。


あかねが小鳥を癒やした時のように、あの鶏の傷を治して欲しい」


「わたしがその鶏を!? でも小鳥のときみたいに、きちんと力が使えるかどうか……」


「大丈夫だ、茜には癒しの力がある。俺が保証するよ」


茜を鑑定スキルで見た際に、"みこ"の資質として回復能力を持っていることはすでに確認済み。

だから、あとは実際にその力を見定めるだけ。

そのためにも、茜が安心するように優しく声をかける。


「それに茜が"みこ"の力を使ったからといって、教団のように捕まえたりしないから安心してくれ。むしろ俺が茜を守る……さっきそう、約束しただろう?」


「……そう、ですね。皆本様は灯里ちゃんのことをそうやって守っているんですから、信用できます」


茜はゆっくりと立ち上がると、傷ついた鶏の前まで移動する。

そのまま恐る恐る手を伸ばすと、その手から淡い光が放たれた。


「わたしが、この鶏さんを癒やします!」


「……すごい、鶏の傷がふさがっていく!」


みるみるうちに、鶏の傷が癒えていった。

そうして元気になった鶏は、元気にコケッコーと鳴きながら、翼をバサバサと羽ばたかせる。

完全に回復したようだ。


「わかっただろう? 茜の力は決して邪悪なものではない。傷ついた者を癒やし、人々を救う力なんだ」


「……人々を救う、力?」


「そうだ。けっして、教団の言うような邪悪な力ではない。むしろ、みんなの役に立てる、素晴らしい力だ。誇っていい」


茜の目に、少しずつ希望の光が宿り始める。

これが第一歩だ。


彼女の力を活かし、同時に"みこ"への偏見を少しずつ変えていく。

そのためにも、まずは彼女自身が自分の存在を受け入れられるようにならなければならない。


「最初は、その力に戸惑うこともあるだろう。だが、茜はもう一人じゃない。わからないのなら、これからその力の使い方を俺たちと一緒に考えていこう。俺たちは、仲間だからな」


「仲間……」


茜は教団から追われている。

信頼できる人は、岩田先生だけだったのだろう。


けれども茜がこの城にいる限り、教団は手出しできない。

ここには、仲間がいるのだから。


改めて、俺は茜の顔を見ながら提案する。


「俺に茜の力を貸してくれ。協力してくれないか?」


「……は、はい。こんなわたしで、よければ……是非!」


茜の返事には、まだ迷いが残っている。

しかし、確実に一歩を踏み出したことは間違いない。


それにこれで潮見城に二人目の"みこ"が加わった。

灯里と茜、二人の力を活かすことで、この城はより強くなれるはずだ。



その後の実験により、茜の力についてわかったことがある。


茜は負傷した部位の治癒には成功した。

しかし欠損した部位の再生は不可能であり、死亡した生命を蘇生させることもできないことが明らかとなった。


さすがにそこまでは期待していなかったが、出来ることを知るのと、わからないのでは大きな違いがある。

治癒の力だけでも、潮見城にとって大きな戦力になってくれるのは間違いない。


そして茜の力だけでなく、茜自身についても見識が深まった。


「鶏さんが、可哀そうです……」


茜は動物を実験に利用すること自体に、強い嫌悪感を抱いていた。

そもそも茜は、道に落ちていた小鳥を助けてあげるような心優しい少女だ。

優しい心根の持ち主だからこそ、"みこ"の力として治癒の資質を持っているのかもしれない。


「確かに可哀想だが、茜の力を理解しなければ、適切な訓練も計画できない。それに……」


俺は一呼吸置いて、続ける。


「もし『紅雨季』が来て、荒魔との戦いになったとき、茜の力は多くの命を救える可能性がある。だからその前に、どこまでの傷なら治せるのか、どれくらいの時間がかかるのか、そういったことを把握しておく必要があるんだ」


茜は俺の言葉に、小さくうなずく。

その表情には迷いが残っているものの、少しずつ理解を示し始めているようだった。


「理解はしました。でも、できればこんな実験は、これっきりにしてくださいね」



それでも、茜の表情はどこか曇ったままだった。

だから俺は実験が終わったあと、茜に事前に用意していたとある物を差し出す。


「今日はいろいろと無理をさせてすまなかった。これは、俺からの感謝の気持ちだ」


「皆本さま、これは……和菓子わがしですか?」


「茜のために用意させた。甘いものは気に召さなかったか?」


「いいえ、好きです。家ではよく、父上にねだっておりました」


茜は和菓子を和紙を使いながら一つまみすると、上品な手つきで口元まで運んだ。

そして、小さく叫ぶ。


「甘いっ!」


疲れていた茜の表情が、一気に明るく花開いた。

それだけ美味しかったのだろう、すぐに次の和菓子へと手を伸ばす。


「こんなに美味しいお菓子は初めてです。家でも食べたことがありません!」


「気に入ってくれたのなら、良かったよ」


この和菓子は、茜の気を逸らすために作ったものだ。

実験で疲れた茜へのせめてもの償いにと思ったが、想像以上の効果があったようだ。


「まさか潮見城のお菓子が、こんなに美味しいとは思ってもいませんでした。城下町の甘味処はだいたい知っていますが、こんなに美味しいお菓子は見たことがありません!」


「茜の言う通り、そのお菓子は潮見城でしか食べられない。俺のもとで働いている者だけの特権だな」


その和菓子は、前世の記憶をもとに城の料理人によって作られたものだ。

茜は甘いものには目がないようだが、そんな茜をもってしても俺が作らせた和菓子は珍しいものだったらしい。


「今後も茜が俺に力を貸してくれたら、好きなだけ和菓子を作ってやろう。そのためにも、鍛錬は必要になるが」


「鍛錬で、ございますか?」


「灯里もそうだったんだが、どうやら"みこ"の力というのは修練を積めば積むだけ力を増すみたいなんだ。もしも治癒の力がもっと強くなれば、それだけ救える命も増えるだろう」


「わたしが、人を救う……!」


「そのためにも、これからは灯里と一緒に隠れ家に住んで、共に鍛錬を積むといい」


「……なにからなにまで、皆本さまにはお世話になります」


「隠れ家には岩田先生も派遣するから、勉強も続けられる。そのほうが二人とも安心するだろう」


これは岩田先生、そして茜への気遣いだ。

岩田先生は教え子である茜たちのことが気がかりだろうし、茜としては信頼できる人が顔を出してくれるだけでも嬉しいだろう。


そのことを俺が告げると、再び茜は頭を下げる。

その動きがあまりにも洗練されたものだったので、俺は目を見開いた。



茜のこの動き、もしかして──。

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