そっちで茜と同じように和菓子を食べている灯里の手つきは、無邪気な子どものよう。
だというのに、茜が和菓子を食べる姿は、見ていてほれぼれするような美しい佇まいだった。
「もしかして茜は、どこか裕福な家の出なんじゃないか?」
そんな俺の疑問に、茜は照れるような顔をしながら答える。
「さすが、
「藤沢? 名字があるってことは、茜は平民じゃないのか?」
「はい、父は武士をしております」
「武家の生まれだったのか。どおりで……」
茜の雰囲気は、平民の生まれである灯里とはまったく違っている。
武家の姫としての教育を受けていた賜物だったのだろう。
「武家の娘として、二言はありません。"みこ"になるようなふつつかものですが、皆本さまに誠心誠意忠誠をつくさせていただきます」
茜は両手を畳につけて、平伏する。
なんだか輿入れのときの宣言のようにも聞こえるが、俺と茜はそういう関係ではない。
俺は茜を、守ると誓った。
彼女が俺に力を貸してくれた以上のことを、俺は返していくつもりだ。
「茜の意志は受け取った。約束通り、俺が茜を守る!」
茜だけじゃない。
灯里も含めて、俺が彼女たちを守ってみせる。
そして、彼女たちの力を活かす道を作る。
それが俺に課せられた、使命なのだ。
それから数日のうちは、俺は二人の訓練に付き添った。
灯里の火術の腕前は日に日に上達しており、最大魔力の値もCからBへと向上していた。
一方の茜は、当初は訓練に消極的な態度を見せていたが、和菓子という報酬に釣られて、少しずつではあるが訓練にも前向きに取り組むようになっていった。
やはり茜は、甘いものには目がないらしい。
彼女たちの訓練の合間を縫って、俺は石垣の建設現場も視察した。
岩田先生が工事の責任者となってから、すでに百メートルほどの石垣が完成していた。
どうやら太陽の影を利用して距離と直線性を測定し、十間ごとに
望楼の設置は、石垣の防衛力の向上だけでなく、敵の早期発見にも繋がるだろう。
新たに再開された石垣プロジェクトは順調そうだ。
しかし、この大規模な工事は、予期せぬ影響をもたらすことになった。
俺は城下町を散策していると、あることに気が付く。
「街の貴族や商人たちの反応が、あまり良くないな」
町の貴族たちは、俺の行動を愚かな試みだと嘲笑い、分不相応な行為だと非難しているらしい。
商人たちも、鉱石や真珠を買い占めることができなくなったことに不満を募らせ、その不安は徐々に広がっていった。
実際に街を歩いていると、こんな声が聞こえてくる。
「『
「あの若様は本当に正気なのか?」
「このままでは、潮見城の財はすぐに底を突くだろうな」
そんな噂が町中を駆け巡るようになっていた。
「逆だろう! 『紅雨季』が来る前だからこそ、早く石垣を造らなければならないっていうのに」
だが、俺にはそんな噂を気にする余裕などない。
今は目の前のことに集中するだけだ。
街の様子を確認した俺は、潮見城に戻る前に隠れ家へと寄ることにする。
隠れ家の中に入ると、茜が治癒能力の鍛錬をしているところに鉢合わせた。
しばらく茜の様子を見守っていると、俺の来訪に気が付いた茜が、こちらへと小走りにやってくる。
「あ、皆本さま! 来られていたのであれば、お声をかけてくださってもよかったのに」
「茜が集中しているところを、邪魔したくなかったんだ」
「もう……それで、ちょっと言いにくいのですが、皆本さまにひとつお願いがございます」
「俺にお願い? もしかして、まだ足りないものがあるのか?」
「いいえ、身の回りのものは間に合っているのですが…………できれば、そのう……お菓子をもう一つ、頂いてもよろしいでしょうか?」
訓練を終えた茜が、期待に満ちた目で俺を見上げてきた。
その無邪気な表情に、俺は思わず微笑んでしまう。
「ああ、もちろんだ。今日も良く頑張ったからな」
俺は持参した和菓子を、茜に手渡す。
もともと茜のために持ってきたものだ、
茜が喜んで和菓子に手を伸ばす様子を見ながら、俺は決意を新たにする。
この笑顔を、この平穏を、どんな困難が待ち受けていようとも、必ず守り抜いてみせる。
潮見城を、必ず守り抜いてみせる。
そう、決意した。
そのためには、茜の力も、必ず必要になるはずだ。
彼女の回復能力は、戦力として大きな価値を持つだろう。
だからこそ、茜が自分の力を受け入れ、使いこなせるようになるまで、じっくりと育てていかなければならない。
そう遠くないうちにやって来る、最初の試練。
この異世界に転生して初めて迎える『紅雨季』を、必ずや乗り越えてみせる!