「この
俺の発言に対し、この場にいる全員が口をポカーンと開けた。
この場にいるのは、この講座に招待した灯里、茜、そして家老の伝助の三人である。
「石垣プロジェクトにより、城の防御を固めた。交易に関しても、新しい販路を開拓して、未来は明るい。であれば、次のステップに移ろうじゃないか」
俺の言葉に対し、代表して
「若様が言った『自然科学普及講座』ってのが、どう次のステップに繋がるの?」
「良い質問だ、灯里。『自然科学普及講座』の開催目的は、学問への探求だ。学問を普及させることこそが、文明を発展させる最も効果的な手段になるからな」
「ぶ、文明?」
「俺たち人間が作り出した、この社会のことだ。俺はその文明を、もっとより良いものにしようと考えている」
実はこの考えは、岩田先生の教育理念に触発された結果でもある。
単なる実験的な試みではなく、潮見城の将来的な発展のための一歩のつもりだ。
「お前たち三人には改めて伝えておこう。俺はこの機会に、潮見城に大きな変革をもたらすつもりでいる」
「若様は、いまの潮見城では我慢できないってこと?」
「いまの潮見城は、搾取される側にある。それは三人も理解しているだろう──民は貧困を嘆き、『
言葉に合わせて、俺は大きく腕を振り上げてみた。
これが街の大観衆の前であれば、きっと歓声が飛び交っただろう。
しかしここにいるのは、側近であるたったの三人。
みんな、唖然として俺を見つめていた。
「だから、ここにいる三人には知っておいて欲しい。俺は潮見城を、単なる従属地ではなく、独立した商業都市として確立させるつもりでいる」
「なんだかよくわからないけど、それが若様が言っていた『自然科学普及講座』に繋がるってわけね!」
「そういうことだ。ではさっそく、第一回『自然科学普及講座』を行う。教師は──俺だ!」
俺は準備してあった教材を、テーブルの上に広げていく。
こういった授業は前世で何度かやって以来だから、久しぶりだな。
「今日の授業内容は、これだ!」
「ええと、『空気は複数の気体で構成されている』って……なにこれ、どういうコト!?!?」
「これから実験をしながら説明するから、きちんとメモを取るんだぞ」
使用する道具は、ロウソク、ガラスのコップ、木の
「まずは灯里、このロウソクに火をつけてくれ」
「火なら、あたしに任せて!」
灯里が"みこ"の力で、ロウソクに火をつける。
鍛錬の成果なのか、完璧に火焔の力をマスターしているようだ。
「みんな見ていてくれ。この火がついているロウソクに、上からガラスのコップをかぶせると、どうなると思う?」
俺はガラスコップを手にすると、燃え盛るロウソクに蓋をするように被せる。
するとどうだろう──ロウソクの火が、静かに消えた。
「火が、消えた!?」
「驚くのは早いぞ。次はこの石灰水を使う」
石灰水を盆に注ぎ、コップの口を水に沈める。
そしてそのコップを少し持ち上げると──気泡が湧き出し、石灰水が白く濁る現象が観察された。
「これがどういう意味だか、わかる人はいるか?」
茜と伝助は、黙ったまま首を横に振った。
何事にも興味津々な灯里は、「全っ然、わからないー!」と口を大きく広げて降参している。
俺はコホンと小さく咳払いをしてから、三人に説明する。
「空気の中には、少なくとも二種類の異なる気体が含まれているんだ。そのうちの一つである酸素は燃焼を助け、もう一方の二酸化炭素は燃焼を妨げる」
「その酸素と二酸化炭素ってのは、どこにあったの? どこにもなかったじゃん!」
「酸素はこの空気中に存在しているんだ。灯里がロウソクに火をつけることができたのも、空気中に酸素が存在しているおかげなんだよ」
「……つまり、あたしの"みこ"の力は、その見えない酸素ってのに助けられていたってこと?」
「そういうことになるな。酸素があるからこそ、灯里の力は生きる。それを利用すれば、もっと灯里は火焔の力を上手く使えるはずだ」
続けて、俺は石灰水を手に取る。
「二酸化炭素については、これだ。さっき石灰水が白く濁っただろう?」
「うん、ビックリした。若様にも何か"みこ"の力があるのかと思ったよ!」
「これは"みこ"だけでなく、誰にでも出来る知識──科学による力の賜物なんだ。そして石灰水を白く濁らせたものの正体こそが、二酸化炭素だ」
「二酸化炭素……?」
「二酸化炭素も目には見えない気体の一つだ。これらが空気中にたくさん存在している……これらの知識は、文明の進歩によって導き出された、人類の英知の一つなんだ」
俺の言葉を聞いた伝助は、さっきから半信半疑な様子で実験器具を見つめている。
茜なんて、混乱したように天井を見上げていた。
だが、一人だけ違う反応を見せる者がいた。
赤髪の"みこ"の少女が、上ずった声をつぶやく。
「これが、文明の力……!」
灯里の瞳が小さく輝く。
この実験に、興味を持ったのだろう。
今回の実験で、一番興味を持ってほしいと俺が狙った人物。
それこそが、灯里だ。
俺は灯里の熱が冷めないうちに、とあるアイデアを投げかける。