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第26話 第一回『自然科学普及講座』

「この潮見しおみ城で、『自然科学普及講座』を開く!」


俺の発言に対し、この場にいる全員が口をポカーンと開けた。

この場にいるのは、この講座に招待した灯里、茜、そして家老の伝助の三人である。


「石垣プロジェクトにより、城の防御を固めた。交易に関しても、新しい販路を開拓して、未来は明るい。であれば、次のステップに移ろうじゃないか」


俺の言葉に対し、代表して灯里あかりが質問する。


「若様が言った『自然科学普及講座』ってのが、どう次のステップに繋がるの?」


「良い質問だ、灯里。『自然科学普及講座』の開催目的は、学問への探求だ。学問を普及させることこそが、文明を発展させる最も効果的な手段になるからな」


「ぶ、文明?」


「俺たち人間が作り出した、この社会のことだ。俺はその文明を、もっとより良いものにしようと考えている」


実はこの考えは、岩田先生の教育理念に触発された結果でもある。

単なる実験的な試みではなく、潮見城の将来的な発展のための一歩のつもりだ。


「お前たち三人には改めて伝えておこう。俺はこの機会に、潮見城に大きな変革をもたらすつもりでいる」


「若様は、いまの潮見城では我慢できないってこと?」


「いまの潮見城は、搾取される側にある。それは三人も理解しているだろう──民は貧困を嘆き、『紅雨季こううき』の危険と隣り合わせにあるだけでなく、教団の支配が苛烈を極める。そんな潮見城の現状を、俺は変えてみせる!」


言葉に合わせて、俺は大きく腕を振り上げてみた。

これが街の大観衆の前であれば、きっと歓声が飛び交っただろう。


しかしここにいるのは、側近であるたったの三人。

みんな、唖然として俺を見つめていた。


「だから、ここにいる三人には知っておいて欲しい。俺は潮見城を、単なる従属地ではなく、独立した商業都市として確立させるつもりでいる」


「なんだかよくわからないけど、それが若様が言っていた『自然科学普及講座』に繋がるってわけね!」


「そういうことだ。ではさっそく、第一回『自然科学普及講座』を行う。教師は──俺だ!」



俺は準備してあった教材を、テーブルの上に広げていく。

こういった授業は前世で何度かやって以来だから、久しぶりだな。


「今日の授業内容は、これだ!」


「ええと、『空気は複数の気体で構成されている』って……なにこれ、どういうコト!?!?」


「これから実験をしながら説明するから、きちんとメモを取るんだぞ」


使用する道具は、ロウソク、ガラスのコップ、木のぼん、そして石灰水せっかいすいだ。


「まずは灯里、このロウソクに火をつけてくれ」


「火なら、あたしに任せて!」


灯里が"みこ"の力で、ロウソクに火をつける。

鍛錬の成果なのか、完璧に火焔の力をマスターしているようだ。


「みんな見ていてくれ。この火がついているロウソクに、上からガラスのコップをかぶせると、どうなると思う?」


俺はガラスコップを手にすると、燃え盛るロウソクに蓋をするように被せる。

するとどうだろう──ロウソクの火が、静かに消えた。


「火が、消えた!?」


「驚くのは早いぞ。次はこの石灰水を使う」


石灰水を盆に注ぎ、コップの口を水に沈める。

そしてそのコップを少し持ち上げると──気泡が湧き出し、石灰水が白く濁る現象が観察された。


「これがどういう意味だか、わかる人はいるか?」


茜と伝助は、黙ったまま首を横に振った。

何事にも興味津々な灯里は、「全っ然、わからないー!」と口を大きく広げて降参している。


俺はコホンと小さく咳払いをしてから、三人に説明する。


「空気の中には、少なくとも二種類の異なる気体が含まれているんだ。そのうちの一つである酸素は燃焼を助け、もう一方の二酸化炭素は燃焼を妨げる」


「その酸素と二酸化炭素ってのは、どこにあったの? どこにもなかったじゃん!」


「酸素はこの空気中に存在しているんだ。灯里がロウソクに火をつけることができたのも、空気中に酸素が存在しているおかげなんだよ」


「……つまり、あたしの"みこ"の力は、その見えない酸素ってのに助けられていたってこと?」


「そういうことになるな。酸素があるからこそ、灯里の力は生きる。それを利用すれば、もっと灯里は火焔の力を上手く使えるはずだ」


続けて、俺は石灰水を手に取る。


「二酸化炭素については、これだ。さっき石灰水が白く濁っただろう?」


「うん、ビックリした。若様にも何か"みこ"の力があるのかと思ったよ!」


「これは"みこ"だけでなく、誰にでも出来る知識──科学による力の賜物なんだ。そして石灰水を白く濁らせたものの正体こそが、二酸化炭素だ」


「二酸化炭素……?」


「二酸化炭素も目には見えない気体の一つだ。これらが空気中にたくさん存在している……これらの知識は、文明の進歩によって導き出された、人類の英知の一つなんだ」



俺の言葉を聞いた伝助は、さっきから半信半疑な様子で実験器具を見つめている。

茜なんて、混乱したように天井を見上げていた。


だが、一人だけ違う反応を見せる者がいた。

赤髪の"みこ"の少女が、上ずった声をつぶやく。


「これが、文明の力……!」


灯里の瞳が小さく輝く。

この実験に、興味を持ったのだろう。


今回の実験で、一番興味を持ってほしいと俺が狙った人物。

それこそが、灯里だ。



俺は灯里の熱が冷めないうちに、とあるアイデアを投げかける。


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