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第27話 プロメテウスの火

興味深そうに実験を眺めていた灯里あかりに、俺はこう質問する。


「空気中には、この二種類の気体が存在している。それが、どういうことだかわかるか?」


灯里の視線は、吸い込まれるように火が消えたままのロウソクへと注がれる。

彼女は黙ったまましばらくロウソクを見つめていると、火が付いたように一気に喋り出す。


「もし二種類の気体を自由に扱うことができれば……炎をもっと強く燃やしたり、逆にすぐに消したりできるってことなんじゃない?」


俺は心の中で感嘆した。

この時代の文明に生きる灯里が、自力でその答えにたどり着いたのだ。


「じゃあ灯里、そのためにはどうしたらいいと思う?」


「空気中にあるっているその二種類の気体を、ひとつずつ取り出せるようにする必要があるよね。それがさっきの実験なんじゃないの?」


灯里の発想力には驚かされる。

平民である灯里は岩田先生の私塾でしか教育を受けていないはずだが、地頭は悪くないのだろう。

知的な成長の兆しを感じて、俺はこの講座を開いた意義を改めて感じ取れた。


「やっぱり火を見ると、みんな好奇心が強くなるんだな」


灯里は火の力を持っている。

その『火』という存在そのものこそ、好奇心を育てて探求心を生み、人類の進歩の根幹でもある。


前世の神話で『プロメテウスの火』が人類に大きな恵みを生み出したように──火を使いこなすことが文明の始まりだったように、この世界にはまだ無限の可能性が眠っている。


灯里にとって、今回の題材は最適のモノだったようだ。

彼女の学習意欲が高まったのを、鑑定スキルを通して目に見えて実感してしまう。


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みこの資質:炎

近接戦闘力 C (→ A)

遠隔戦闘力 D(→ B)

俊敏力 C(→ A)

最大魔力 B(→ S)

学習能力 C(→ S) 【レベルアップ!】

成長力 B(→ S) 【レベルアップ!】

親密度 C


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灯里は今後、多くのことを学んで、自分のものとして吸収していくだろう。

いまから彼女の成長が、楽しみだ。



その一方で、次の問題も見えている。

俺は残る二人へと視線を移した。


伝助と茜は依然として理解しきれない様子を見せている。

火という存在に灯里ほど馴染がない二人にとって、このような理論は直感的に理解するのが難しいものであったのだろう。


であるならば、どうすれば二人に理解してもらえるか。

目には見えない気体についての論理がわからないということは、実際に「目で見て触れることができるもの」でなければ、わからないのかもしれない。


勉強には、時間がかかる。

それでも、新しい知識を学ばなければ、成長は望めない。


灯里のようにすぐに成果が出るほうが珍しいのだろう。

辛抱強く、これからも講義を続けることにしよう。



第一回『自然科学普及講座』は、こうして幕を閉じた。


授業を終えた俺は、自室へと戻る。


この時代において、夜の娯楽はほとんど存在せず、住民たちは早く就寝する

習慣があった。

俺も特にやることもなかったので、床につく準備を進める。


「城主が自分の布団を自分で用意するのは、潮見城だけかもしれないな」


一度は、侍女を雇うことを考えたこともあったが、結局「言い出す勇気」がなく、諦めることにした。

こういうことに気が利きそうな伝助も、なぜかこのことについては沈黙を貫いている。

どうやら伝助は、俺が好きで自分の身の廻りの準備をしていると思っているようだ。


「最初は面倒だったけど、慣れればこの時代の暮らしも面白いな」


自分のこの状況を自嘲しながら部屋のロウソクに火を灯す。

灯里であれば、もっと簡単に火を付けられただろう。


だが、火が灯ったその瞬間、異変が起こる。



──パチン、パチン。



乾いた拍手の音が、静寂を破るように響いた。

同時に、俺の背筋に冷たい戦慄が走る。


俺の背後に、誰かの気配がした。



「噂に聞く、蒼霞そうか国の国主第四子」



低く、落ち着いた声が背後から聞こえた。


「聞いていた話とは随分違うな」


女性の声だ。

しかし、その声音にはどこか底知れぬ冷たさが感じられる。

俺の頬に、じんわりと冷や汗が滲んだ。



──まさか、刺客か!?



反射的に出口へと駆け出す。

しかし、スッとした風切り音が耳元をかすめた。


そして、次の瞬間──。



──ガスッ!



鋭い音とともに、短剣が扉に深々と突き刺さる。

その刃は、俺の頬からわずか指一本分の距離にあった。


あと少しで、俺に刺さっていた。

死ぬところだったのだ。


再び、女の声がする。



「その場に止まって、こちらに頭を向けろ。もしも逃げるなら、次は外さない」



ここは、女の指示に従うしかない。


俺はその場に立ち尽くしながらも、ゆっくりと背後を振り返った。

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