振り返ると、ロウソクの火に照らされて女の顔が目に入る。
その女は一言でいうなら、まるで忍者のような雰囲気だった。
だが忍者というよりは、暗殺者と言ったほうが正しいかもしれない。
なぜなら彼女は、俺に刃を投げかけ、命を狙ってきたのだから。
紫色のショートヘアが、暗い室内に上手く溶け込んでいる。
彼女の鋭利な視線は、俺のことを探るように冷たく突き刺さる。
「
「……ああ、俺が皆本守だ。それで、お前は何者だ?」
「私は
まさか正直に名乗ってくれるとは思ってもいなかったので、面食らってしまう。
──しかも、『血塗れのみこ』の一員だって!?
たしかそれは、"みこ"を武器として育成する秘密組織の名称だったはず。
やはりこの少女は俺の命を狙いにきた暗殺者なのだと、理解してしまった。
「俺の命も、ここまでってことか……」
「誤解するな。私は貴様を殺しにきたのではない」
「…………なんだと?」
「敵意はない。貴様に会いに来たのは、話し合いをするためだ」
紗夜と名乗った少女の来訪理由は、暗殺ではなく対話だという。
状況的にまったく信じられないが、俺を殺すつもりならもう実行しているはず。
となると、本当に俺と話し合いをするつもりで城に忍び込んできたのかもしれない。
「いったい俺に何の用──」
そこで、気が付く。
『血塗れのみこ』は、"みこ"を暗殺者として育成する機関だ。
つまり目の前の少女の正体は──。
「お前……"みこ"だな?」
「
ということは、俺が灯里や
どうやら彼女は、"みこ"に関する話し合いをするつもりらしい。
俺は一瞬だけ安堵の表情を見せるが、依然として警戒は解かなかった。
"みこ"を狙うのであれば、灯里や茜こそが目的かもしれない。
そのために、俺を排除する腹積もりの可能性があるからだ。
「私はこの一週間、皆本守の行動を監視していた。貴様が他の人間のように、"みこ"に敵意を持っていないことは承知している。だから──」
紗夜の口から、思いがけない言葉が発せられる。
「私は貴様に感謝している。同胞である"みこ"を教団の魔の手から救ってくれた、貴様をな」
「俺に感謝……?」
こんなの、驚かないほうが無理だ。
まさか暗殺者のような見た目で部屋に忍び込んだ相手が、自分を暗殺しに来たのではなく、お礼を言いに来たのだとは想像できない。
「我々『血塗れのみこ』は、多くの"みこ"を保護し、仲間に加えている。だからこそ、"みこ"を守ってくれた皆本守のことを、この場で殺すつもりはない」
「……お前たちが"みこ"を保護するのは、やはり同じ"みこ"という仲間だからか? それとも──」
「『血塗れのみこ』の活動目的は、海の向こうに存在する“聖地”を探すことだ。そのために、一人でも多くの仲間が必要になる」
「“聖地”だって!?」
"みこ"を暗殺者にするために、"みこ"を集めている。
そう返答されると思ったのだが、意外な言葉が返ってきた。
「『血塗れのみこ』の伝承によると、最初の"みこ"は海の向こうからやって来たとされている。その足跡をたどることこそが、私たちの目標だ」
「海の向こうっていうと、荒魔の本拠地じゃないか。かなり無謀な考えに思えるが」
「それは承知の上だ。たとえ『紅雨季』の嵐に打たれ、荒魔に襲われ全身を血で染めるような苦境にあったとしても、我々は“聖地”を諦めることはない」
『血塗れのみこ』というのは、噂に聞くようなただの暗殺集団ではなかった。
ひとつの大きな目標に向けて邁進する、“みこ”たちの共同組織なのかもしれない。
だからこそ、きちんと確認する必要がある。
「なあ紗夜、教えてくれ。『血塗れのみこ』が暗殺を生業にしているという噂は、真実ではないのか?」
「その情報は正しくもあり、そして間違ってもいる。我々はむやみに人を襲うことはない、すべては仲間である“みこ”を救うためだ。街での殺戮や破壊行為の対象については、すべて追っ手である教団関係者に限られる」
「つまり、“みこ”の正義の味方ってことか。教団以外の人間に危害を加えていないのなら、俺からは特に言うことはない」
紗夜の言葉からは、自分たちの正当性をアピールするような意図が感じられる。
少なくとも、城下の人々が『血塗れのみこ』に襲われる心配がなくなっただけで、紗夜と話をしたかいがあった。
「皆本守が“みこ”に友好的な感情を持っているからこそ、あえてこの話をした。もし貴様が“みこ”を敵視しているようであれば、過激な対応を取らざるを得なかっただろう」
そう言うと、紗夜は刃物を俺にちらつかせた。
もしもそんな世界線があれば、きっと今頃は俺の体からナイフが生えていたことだろう。
怖いのは嫌なので、俺はしっかりと紗夜に伝えることにする。