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第30話 “みこ”の試練

紗夜さやとの話を通じて、これまで謎に包まれていた“みこ”という存在について、新たに知ることばかりだった。

俺が“みこ”と出会ってからずっと知りたかった情報が、一夜にして俺の脳内に刻まれていく。

こんな貴重な機会を、逃すことはできない。



俺は紗夜と向かい合い、窓から差し込む月明かりだけを頼りに彼女の表情を読み取ろうとしていた。

彼女のショートヘアが淡い光を受けて、どこか儚げに見える。


「“みこ”について、もっと詳しく教えてくれないか?」


俺の問いかけに、紗夜はわずかに目を細めた。

彼女は『血塗ちぬれのみこ』の一員として、その真実を誰よりも知っているはずだ。


「何を知りたいの?」


「すべてだ。“みこ”の覚醒、能力、そして……なぜ教団が“みこ”を恐れるのか」


紗夜は深く息を吸い込み、話し始める。

その声音には、これまで聞いたことのない重みがあった。


「“みこ”の覚醒は主に『紅雨季こううき』に起こる。特に十七歳という年齢が重要な境界線になっている」


「境界線?」


「十七歳以前に覚醒した“みこ”は、毎年覚醒した日に『入魂にゅうこん』と呼ばれる激痛に襲われる」


紗夜の目が遠くを見つめるように曇った。

実際にその『入魂』を目にしたことがあるのだろう。


「『入魂』は──まるで体の内部から何かが破裂しようとするような感覚。年々その痛みは増していく。そして……」


紗夜の声が、唐突に途切れる。

俺は彼女の言葉を待った。


ふと、紗夜は視線を上に向ける。

忘れられない、なにかを思い出すように、ゆっくりと口を開く。


「……やがて、死に至ることも少なくない」


その言葉に、俺の心臓が重く沈む。

灯里と茜——彼女たちもその過酷な運命を背負っているのか……。


「私は何度も見てきた。入魂の苦しみに耐えきれず命を落とした仲間たちを──痛みにのたうち回る“みこ”の体は異様に膨れ上がり、やがて血と内臓を撒き散らしながら破裂する、彼女たちの姿を」


「そんなに、酷いのか……?」


「酷いなんてものじゃない。噴き出した血はきりとなり、その場を紅く染め上げ……最終的に焦げたような黒い皮膚だけが残される」


俺は言葉を失った。

紗夜の言葉が真実であるなら、“みこ”の試練は想像を絶する光景だったからだ。


「この現象こそが、世間から“みこ”が荒魔こうま化身けしんと見なされる大きな要因の一つになっている。教団はこの異常な現象を利用し、民衆の“みこ”への恐怖を煽り続けてきた」


たしかに、そんな現状が起きるのなら、“みこ”が畏怖いふとなる理由も納得がいった。

まるで…………地獄のような光景だからだ。


「ということは、灯里と茜も……」


「そう、彼女たちもいずれこの試練を乗り越えなければならない」


「なんてことだ……」


俺は頭を抱える。

こんな未来、知りたくはなかった。


それでも、このタイミングで知ることは僥倖だったかもしれない。

いまからなら、なにか対策を練ることができるはずだ。



「紗夜、教えてくれ。それを回避する方法はないのか?」


「方法はある。それは、“みこ”が成人すること」


闇に落ちていた紗夜の目が、僅かに輝きを取り戻す。


「“みこ”の魔力は成人後に飛躍的に向上する。しかし、その過程は想像以上に苛酷だわ。魔力の安定化には壮絶な苦痛が伴い、多くの“みこ”が成長の途中で命を落としてしまう」


「成人……つまり十七歳を超えればいいのか?」


「そういうこと。だからこそ、『血塗れのみこ』は若い“みこ”を集め、その成長を助けようとしている」


俺は思わず眉をひそめた。

暗殺者として育成するという噂とは、ずいぶん違う話だったからだ。


「もしかして、聖地を探しているというのは、この試練となにか関係があるのか?」


「それは知らない。でも一つ確かなのは、『血塗れのみこ』の拠点で生活することで、“みこ”の生存率が上がるという事実だけ」


「それが本当であれば──」


灯里たちを『血塗れのみこ』へ送る、大きなメリットとなる。


俺はその話を聞きながら、自身の内に渦巻く葛藤を抑えきれなかった。

灯里と茜の力は、荒魔と戦うために必要不可欠なもの。

けれどもそれ以上に、彼女たちを危険に晒すことに強い抵抗を感じてしまう。


俺の目的のために、灯里たちに死のリスクを背負わせてもいいのか?

仲間たちがいる『血塗れのみこ』に灯里たちを渡し、少しでも生存確率を上げるべきなのではないか?


この問いに、簡単に答えを出すことはできなかった。

だが、最終的に一つの決断を下す。


灯里自身に選択の権利を委ねること。


「灯里をここに呼ぶ」

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