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第31話 灯里の選択

俺は、最終的に一つの決断を下す。

灯里あかり自身に、選択の権利を委ねることにした。


「灯里をここに呼ぶ」


紗夜さやは無言でうなずく。

幸い、時間はまだそこまで遅くない。

俺は伝助を呼んで、隠れ家にいる灯里を城へと連れてくるよう指示した。



しばらくすると、しばらくして、灯里が緊張した面持ちで部屋に入ってきた。


灯里とはそれなりに親交が深まっている。

だからこそ、以前のように、俺が夜伽をするために呼んだという誤解を生むことはないだろう。


それに、この場にはもう一人の来客があった。

灯里は紗夜へと視線を向けると、俺に尋ねる。


「若様、何があったの? その人は誰?」


「彼女は紗夜。『血塗ちぬれのみこ』の“みこ”だ」


「『血塗れのみこ』の……」


灯里が警戒するように、紗夜へと体を向けた。

何かあれば、火焔の力を使うつもりなのだろう。


「灯里、お前に聞いてほしいことがある──紗夜、話してくれ」


俺は紗夜に目配せをした。

彼女は灯里に、先ほどと同じように入魂の危険性と、『血塗れのみこ』の拠点へ移ることで生存の可能性が高まることを淡々と説明した。



灯里は黙って、紗夜の話に耳を傾けていた。

その赤い長髪が灯りに照らされ、炎のように揺らめいている。


紗夜の説明が終わると、灯里はまっすぐに俺の目を見つめた。


「あたしは潮見しおみ城に残る」


迷いのない、澄んだ声だった。

それでも俺は、忠告せずにはいられない。


「灯里、危険だぞ。お前は──」


「わかってるよ、若様」


灯里は俺の言葉を遮って、続ける。


「でも、あたしにとって最も重要なのは、どこで生きるかじゃない。誰のそばで生きるだよ!」


灯里の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。

ここでの生活がそれほど気に行ってくれていたのかと、俺は胸が熱くなる思いにふけってしまう。


しかし、紗夜がそれに待ったをかける。


「あなたは分かっていない。『入魂にゅうこん』の痛みは想像を絶するもの。多くの“みこ”がその苦しみの中で自ら命を絶つことを選ぶほど」


「それでも、あたしは残る」


灯里の声は静かながらも、力強い意志が宿っている。

大切な宝物をしまい込むように、灯里は優しくつぶやく。


「それにここには……この城には、あたしにとって守るべき人がいるから……」


気のせいかもしれないが、灯里の目が一瞬だけ俺に向けられた。

同時に、紗夜が諦めたように肩を落とす。


「あなたの意志は理解した。そういうことなら、私もこの城に残る。あなたが成人を迎えるまで見届けたい」


「紗夜も潮見城に!? え、ちょっと待て!?」


「では、いずれまた」


紗夜は俺に一礼し、そのまま夜の闇の中へと消えていった。


「最後にあいつが言ったこと、本気か? まさか紗夜も潮見城に……」


思いがけない爆弾発言もあったが、俺は『血塗れのみこ』の真の目的について改めて考え始める。


俺の目の前で、紗夜は影の中に消えていった。

あれは間違いなく、“みこ”の力だろう。


紗夜の能力は異様なほど洗練されており、まるで生まれながらの刺客のようだった。

あれほどまでに、“みこ”の力を向上させる『血塗れのみこ』の真意が気になる。


『血塗れのみこ』の組織の正体、そして紗夜自身の背景には、まだ何か隠されたものがあるのではないか。

俺の胸中には、新たな疑念が生まれていた。


そうして別のところへと落ちていった俺の意識を、灯里の言葉が現実に引き戻す。


「若様?」


「灯里……そうだ、お前にもう一度、確認しなければならないことがある」


俺は灯里の正面に向き直る。


「さっきの話だけど、本当にいいんだな? 潮見城に残るリスクも少なくないが……」


「言ったでしょう、若様。あたしはここに残るって」


「…………そうだな、お前の選択だ。俺はそれを尊重する」


灯里の表情が少し和らいだ。


「でも、覚えておけ。お前は一人じゃない。俺も伝助も、そしてこの城の皆もお前を守る。『入魂』の時が来たら、必ず乗り越える手助けをする」


灯里は小さくうなずく。


「ありがとう……」


「もう遅い、帰って休むといい。いきなり呼びつけて悪かったな」


灯里は俺の指示に従い、自室へ戻るために歩き出した。

その足取りは、どこか重そうに見えた。




灯里が皆本守の部屋を出ると、廊下は暗闇に閉ざされていた。

後ろ手で部屋の扉を閉めると、灯里は小さく息を吐く。


「はぁ……」


灯里はしばらくの間、その場に静かに立ち尽くす。

そして背を壁に預け、そっと目を伏せる。


その瞳には、複雑な感情が揺れていた。


誰にも聞こえないほどの小さな声で、灯里はつぶやく。


「……バカ」


その言葉に込められた思いを、彼女自身すら言葉にすることはできなかった。

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