俺は、最終的に一つの決断を下す。
「灯里をここに呼ぶ」
幸い、時間はまだそこまで遅くない。
俺は伝助を呼んで、隠れ家にいる灯里を城へと連れてくるよう指示した。
しばらくすると、しばらくして、灯里が緊張した面持ちで部屋に入ってきた。
灯里とはそれなりに親交が深まっている。
だからこそ、以前のように、俺が夜伽をするために呼んだという誤解を生むことはないだろう。
それに、この場にはもう一人の来客があった。
灯里は紗夜へと視線を向けると、俺に尋ねる。
「若様、何があったの? その人は誰?」
「彼女は紗夜。『
「『血塗れのみこ』の……」
灯里が警戒するように、紗夜へと体を向けた。
何かあれば、火焔の力を使うつもりなのだろう。
「灯里、お前に聞いてほしいことがある──紗夜、話してくれ」
俺は紗夜に目配せをした。
彼女は灯里に、先ほどと同じように入魂の危険性と、『血塗れのみこ』の拠点へ移ることで生存の可能性が高まることを淡々と説明した。
灯里は黙って、紗夜の話に耳を傾けていた。
その赤い長髪が灯りに照らされ、炎のように揺らめいている。
紗夜の説明が終わると、灯里はまっすぐに俺の目を見つめた。
「あたしは
迷いのない、澄んだ声だった。
それでも俺は、忠告せずにはいられない。
「灯里、危険だぞ。お前は──」
「わかってるよ、若様」
灯里は俺の言葉を遮って、続ける。
「でも、あたしにとって最も重要なのは、どこで生きるかじゃない。誰のそばで生きるだよ!」
灯里の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
ここでの生活がそれほど気に行ってくれていたのかと、俺は胸が熱くなる思いにふけってしまう。
しかし、紗夜がそれに待ったをかける。
「あなたは分かっていない。『
「それでも、あたしは残る」
灯里の声は静かながらも、力強い意志が宿っている。
大切な宝物をしまい込むように、灯里は優しくつぶやく。
「それにここには……この城には、あたしにとって守るべき人がいるから……」
気のせいかもしれないが、灯里の目が一瞬だけ俺に向けられた。
同時に、紗夜が諦めたように肩を落とす。
「あなたの意志は理解した。そういうことなら、私もこの城に残る。あなたが成人を迎えるまで見届けたい」
「紗夜も潮見城に!? え、ちょっと待て!?」
「では、いずれまた」
紗夜は俺に一礼し、そのまま夜の闇の中へと消えていった。
「最後にあいつが言ったこと、本気か? まさか紗夜も潮見城に……」
思いがけない爆弾発言もあったが、俺は『血塗れのみこ』の真の目的について改めて考え始める。
俺の目の前で、紗夜は影の中に消えていった。
あれは間違いなく、“みこ”の力だろう。
紗夜の能力は異様なほど洗練されており、まるで生まれながらの刺客のようだった。
あれほどまでに、“みこ”の力を向上させる『血塗れのみこ』の真意が気になる。
『血塗れのみこ』の組織の正体、そして紗夜自身の背景には、まだ何か隠されたものがあるのではないか。
俺の胸中には、新たな疑念が生まれていた。
そうして別のところへと落ちていった俺の意識を、灯里の言葉が現実に引き戻す。
「若様?」
「灯里……そうだ、お前にもう一度、確認しなければならないことがある」
俺は灯里の正面に向き直る。
「さっきの話だけど、本当にいいんだな? 潮見城に残るリスクも少なくないが……」
「言ったでしょう、若様。あたしはここに残るって」
「…………そうだな、お前の選択だ。俺はそれを尊重する」
灯里の表情が少し和らいだ。
「でも、覚えておけ。お前は一人じゃない。俺も伝助も、そしてこの城の皆もお前を守る。『入魂』の時が来たら、必ず乗り越える手助けをする」
灯里は小さくうなずく。
「ありがとう……」
「もう遅い、帰って休むといい。いきなり呼びつけて悪かったな」
灯里は俺の指示に従い、自室へ戻るために歩き出した。
その足取りは、どこか重そうに見えた。
◇
灯里が皆本守の部屋を出ると、廊下は暗闇に閉ざされていた。
後ろ手で部屋の扉を閉めると、灯里は小さく息を吐く。
「はぁ……」
灯里はしばらくの間、その場に静かに立ち尽くす。
そして背を壁に預け、そっと目を伏せる。
その瞳には、複雑な感情が揺れていた。
誰にも聞こえないほどの小さな声で、灯里はつぶやく。
「……バカ」
その言葉に込められた思いを、彼女自身すら言葉にすることはできなかった。