その数はゆうに数百にも達し、彼らの表情には不安と恐怖が入り混じっている。
彼ら領民がここに集まった理由は他でもない。
領主である俺が、この場に集まるよう指示を出したからだ。
「さてと、そろそろ時間だな」
これだけ大勢の前で話をする経験は、俺にはあまりない。
それでも前世では、大学での研究発表や会社でのプレゼンテーションなど、人前に出て話す機会はいくらでもあった。
だから大丈夫だと自分を鼓舞しながら、領民たちの元へと移動する。
俺が彼らの前に立つと、一瞬にして場が静まり返った。
「皆、今日はここに集まってくれてありがとう」
風が吹き抜ける中、俺の声だけが広場に響いた。
「まず、はっきりと宣言しておこう。俺は逃げない。この潮見城から一歩も動かない」
その言葉に、領民たちの間でざわめきが起こった。
これまでの潮見城の歴代城主たちは、紅雨季になると真っ先に
「お前たちの多くは疑問に思っているだろう、なぜ俺がこの城に留まるのか? でも、それは単純なことだ。俺はここの領主であり、お前たちの命を守る責任がある。その責任から逃げることはしない」
俺の言葉が通じたのだろう、領民たちは息を呑んだ。
彼らに俺の気持ちが伝わったと感じた俺は、さらに声を大きくして告げる。
「そして、みんなに大事な知らせがある。すでに我が潮見城の鉱石と真珠は市崎町の商人に売却済みだ。彼らの貨船が明日にも食料を積んで、この地に到着するだろう」
その言葉に、領民たちの一部から歓声の声が上がった。
顔に僅かな希望の光が灯ったのがわかる。
「この取引によって、潮見城の全住民が紅雨季を乗り切るのに十分な食料が確保される。だが、これは単なる始まりに過ぎない」
俺は深く息を吸い込んでから、言葉を続ける。
「今まで風間城は毎年、紅雨季に我々に食料を供給してきた。だが、それは決して公平な交換ではなかった。市場価格に基づいて潮見城が二ヶ月分の鉱石と真珠を売却すれば、それだけで半年分の食料を確保できるはずだった」
領民たちの間から驚きの声が上がった。
さらに俺は彼らに言葉を投げかける。
「にもかかわらず、これまで風間城は我が潮見城を都合の良い資源供給地として扱い、安価で鉱石と真珠を買い叩いてきた。そんな暴挙は、許されることではない。だからこの不均衡な関係を断ち切ることこそが、潮見城の繁栄への第一歩だ!」
広場には緊張感が漂い始める。
俺の言葉が、彼らの生活を根本から変える可能性を秘めていたからだ。
「そして、もう一つ重要な発表がある。今年の紅雨季は、全員が潮見城で過ごすことになる」
この言葉に、領民たちは一斉に動揺を見せた。
これまで紅雨季になると、領民は風間城へ避難するのが当たり前だったからだ。
「風間城との関係が断絶された以上、ここを離れても行く当てはない。我々は潮見城を守りながら生き延びるしかないのだ」
領民たちからのざわめきが大きくなった。
そしてしばらくすると、広場の隅から一人の老人が声を上げる。
「城主様、風間城へ避難できないのであれば、潮見城が荒獣に襲われたらどうするのです? 我々は皆殺しにされてしまう!」
老人の言葉に、多くの領民が同意の声を上げた。
彼らの恐怖は理解できる。
紅雨季の恐ろしさは、この地域で生きる者なら誰もが知っていることだった。
「確かに
俺は広場の先になる、石垣へと指さす。
現在進行中である石垣プロジェクトの一部だ。
「あの石垣は、すでに防衛の要塞として機能しつつある。適切な防御策を講じれば、石垣は十分に荒魔たちの攻撃を防ぐことができるはずだ」
老人は納得したようだったが、まだ不安を抱えている様子だった。
だから俺は、彼らにこう提案する。
「みんな安心してくれ、石垣は俺たちを必ず守ってくれる。そして何より重要なのは、ここにいる俺たち全員が団結して戦うことだ」
老人と目を合わせる。
そこから視線を動かすと、彼の隣には妻と思わしき老婆が立っていた。
続けて俺は彼女と目を合わせ、さらに隣にいる商人風の男性へと視線を移す。
俺は領民たち一人ひとりの顔を見渡しながら続ける。
「だが、俺は何も見返りなしに戦えとは言わない。紅雨季が終わるまでの間、石垣で戦った者には250
報酬の話を聞いた領民たちは、大きくどよめいた。
これだけの金を稼ぐのは、辺境の地である潮見の平民では難しい。
すぐさま、広場のあちこちから肯定的な声が上がる。
「城主様、私は戦います!」
若い男が前に出て、力強く宣言した。
「オレもだも」
「俺も戦う!」
「それだけの金がもらえるなら、やらない手はないな」
「やってやろうじゃねえか!」
「あの石垣があれば、そう簡単にはやられないだろう」
「城主様が残るってのに、俺たちだけ逃げるわけにはいかねえよなッ!」
「潮見城のために命を捧げます!」
次々と声が上がり始め、広場は闘志に満ちた雰囲気に包まれていった。
俺は領民たちの士気が上がっていく様子を見ながら、伝助に目配せをする。
伝助は俺の合図を受け、数人の兵士とともに食料の配給を開始した。
俺は伝助に近付き、耳元でささやく。
「この場に集まった者たちの半数以上が城に残れば、潮見城の防衛は十分に可能だろう」
「若、ご安心ください。思った以上に多くの者が残る気持ちになっているようです」
伝助は微笑みながら、広場へと視線を向ける。
そこには潮見城防衛のために残った領民たちが、数えきれないほど並んでいた。
彼らの目は明るく、希望に満ち溢れている。
これならきっと、潮見城を守れるはずだ。
広場での演説が終わり、俺は自室に戻る。
すると、三人の"みこ"に出迎えられた。