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第32話 潮見城の団結

紅雨季こううきの到来を前に、潮見しおみ城の広場は領民たちで溢れていたれていた。

その数はゆうに数百にも達し、彼らの表情には不安と恐怖が入り混じっている。


彼ら領民がここに集まった理由は他でもない。

領主である俺が、この場に集まるよう指示を出したからだ。


「さてと、そろそろ時間だな」


これだけ大勢の前で話をする経験は、俺にはあまりない。

それでも前世では、大学での研究発表や会社でのプレゼンテーションなど、人前に出て話す機会はいくらでもあった。

だから大丈夫だと自分を鼓舞しながら、領民たちの元へと移動する。


俺が彼らの前に立つと、一瞬にして場が静まり返った。


「皆、今日はここに集まってくれてありがとう」


風が吹き抜ける中、俺の声だけが広場に響いた。


「まず、はっきりと宣言しておこう。俺は逃げない。この潮見城から一歩も動かない」


その言葉に、領民たちの間でざわめきが起こった。

これまでの潮見城の歴代城主たちは、紅雨季になると真っ先に風間かざま城へと避難していたからだ。


「お前たちの多くは疑問に思っているだろう、なぜ俺がこの城に留まるのか? でも、それは単純なことだ。俺はここの領主であり、お前たちの命を守る責任がある。その責任から逃げることはしない」


俺の言葉が通じたのだろう、領民たちは息を呑んだ。

彼らに俺の気持ちが伝わったと感じた俺は、さらに声を大きくして告げる。


「そして、みんなに大事な知らせがある。すでに我が潮見城の鉱石と真珠は市崎町の商人に売却済みだ。彼らの貨船が明日にも食料を積んで、この地に到着するだろう」


その言葉に、領民たちの一部から歓声の声が上がった。

顔に僅かな希望の光が灯ったのがわかる。


「この取引によって、潮見城の全住民が紅雨季を乗り切るのに十分な食料が確保される。だが、これは単なる始まりに過ぎない」


俺は深く息を吸い込んでから、言葉を続ける。


「今まで風間城は毎年、紅雨季に我々に食料を供給してきた。だが、それは決して公平な交換ではなかった。市場価格に基づいて潮見城が二ヶ月分の鉱石と真珠を売却すれば、それだけで半年分の食料を確保できるはずだった」


領民たちの間から驚きの声が上がった。

さらに俺は彼らに言葉を投げかける。


「にもかかわらず、これまで風間城は我が潮見城を都合の良い資源供給地として扱い、安価で鉱石と真珠を買い叩いてきた。そんな暴挙は、許されることではない。だからこの不均衡な関係を断ち切ることこそが、潮見城の繁栄への第一歩だ!」


広場には緊張感が漂い始める。

俺の言葉が、彼らの生活を根本から変える可能性を秘めていたからだ。



「そして、もう一つ重要な発表がある。今年の紅雨季は、全員が潮見城で過ごすことになる」


この言葉に、領民たちは一斉に動揺を見せた。

これまで紅雨季になると、領民は風間城へ避難するのが当たり前だったからだ。


「風間城との関係が断絶された以上、ここを離れても行く当てはない。我々は潮見城を守りながら生き延びるしかないのだ」


領民たちからのざわめきが大きくなった。

そしてしばらくすると、広場の隅から一人の老人が声を上げる。


「城主様、風間城へ避難できないのであれば、潮見城が荒獣に襲われたらどうするのです? 我々は皆殺しにされてしまう!」


老人の言葉に、多くの領民が同意の声を上げた。


彼らの恐怖は理解できる。

紅雨季の恐ろしさは、この地域で生きる者なら誰もが知っていることだった。


「確かに荒魔こうま荒獣こうじゅうは恐ろしい存在だが、決して森に生息する猛獣を超える脅威ではない。それに今までとは違い、潮見城には奴らへの対策案がある──あれを見てくれ」


俺は広場の先になる、石垣へと指さす。

現在進行中である石垣プロジェクトの一部だ。


「あの石垣は、すでに防衛の要塞として機能しつつある。適切な防御策を講じれば、石垣は十分に荒魔たちの攻撃を防ぐことができるはずだ」


老人は納得したようだったが、まだ不安を抱えている様子だった。

だから俺は、彼らにこう提案する。


「みんな安心してくれ、石垣は俺たちを必ず守ってくれる。そして何より重要なのは、ここにいる俺たち全員が団結して戦うことだ」


老人と目を合わせる。

そこから視線を動かすと、彼の隣には妻と思わしき老婆が立っていた。

続けて俺は彼女と目を合わせ、さらに隣にいる商人風の男性へと視線を移す。


俺は領民たち一人ひとりの顔を見渡しながら続ける。


「だが、俺は何も見返りなしに戦えとは言わない。紅雨季が終わるまでの間、石垣で戦った者には250もんを支給する。また、万が一戦死した場合、その家族には5000もんの補償を行う」


報酬の話を聞いた領民たちは、大きくどよめいた。

これだけの金を稼ぐのは、辺境の地である潮見の平民では難しい。

すぐさま、広場のあちこちから肯定的な声が上がる。


「城主様、私は戦います!」

若い男が前に出て、力強く宣言した。


「オレもだも」

「俺も戦う!」

「それだけの金がもらえるなら、やらない手はないな」

「やってやろうじゃねえか!」

「あの石垣があれば、そう簡単にはやられないだろう」

「城主様が残るってのに、俺たちだけ逃げるわけにはいかねえよなッ!」

「潮見城のために命を捧げます!」


次々と声が上がり始め、広場は闘志に満ちた雰囲気に包まれていった。


俺は領民たちの士気が上がっていく様子を見ながら、伝助に目配せをする。

伝助は俺の合図を受け、数人の兵士とともに食料の配給を開始した。


俺は伝助に近付き、耳元でささやく。


「この場に集まった者たちの半数以上が城に残れば、潮見城の防衛は十分に可能だろう」


「若、ご安心ください。思った以上に多くの者が残る気持ちになっているようです」


伝助は微笑みながら、広場へと視線を向ける。

そこには潮見城防衛のために残った領民たちが、数えきれないほど並んでいた。


彼らの目は明るく、希望に満ち溢れている。

これならきっと、潮見城を守れるはずだ。




広場での演説が終わり、俺は自室に戻る。

すると、三人の"みこ"に出迎えられた。

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