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第34話 灯里との開発作業

長谷川はせがわ昌治まさはるは、風間かざま城を支配する六家の当主たちが酒を飲む姿を横目で見ながら、静かに思案する。


──皆本みなもとまもる潮見しおみ城防衛計画は、風間城にとって悪い話ではない。


もしも皆本守が潮見城を守ることに成功すれば、風間城は毎年荒獣との戦いに費やしていた巨額の軍事支出を削減できる。

さらに潮見城が堅固な防壁となれば、風間城と潮見城の間に広がる未開拓の土地が大きな利益を生み出す。

それらの土地を新たな農地や居住区として活用できる可能性が高まるからだ。


そして現在、風間城は人口の増加による圧迫を受けており、拡張の余地を求めていた。

そうした背景を踏まえると、潮見城の防衛は、風間城にとっても利益をもたらすはずだった。


──ここは一言、申しておくか。


昌治は六家の貴族へと「恐れ入ります」と、再び声をかける。


「皆さま、わたくし昌治に良い考えがあります。あえて風間城が皆本守を支援し、石垣の建設に協力するのです」


これにより、風間城は潮見城を通じて莫大な利益を得ることができる。

そう思っての提案だったというのに、風間城の城主である石川いしかわ武彦たけひこが強く反発をした。


「昌治、お前はバカか? なぜ我らが潮見城などを支援しなければならないのだ」


「で、ですがご城主様──」


「黙れ、昌治! その考えはどうあっても承服できない。お前には失望したぞ」


石川武彦は軽蔑したような視線で、昌治へと避難の声を浴びせる。


「やはり武家のことは、武家の人間が取り仕切るのが一番。そういえば昌治──お前は、商人の家から引き取られた身だったな」


昌治は長谷川本家に迎えられたとはいえ、血筋は元々商人に過ぎない分家の者だ。

武士としての本質を持たない者が口を挟むべきではないというのが、石川武彦の意見だった。


風間城主である石川武彦は、こう続ける。


「私はこれまでの人生において、単なる利益ではなく、力と誇りによって地位を築いてきた。この意味が、わかるか?」


「そ、それは……」


「昌治の考えは、利にしか目がない商人の考え方だ。すべてを損得で考えるのは、武士の在るべき姿ではない」


昌治には、わかった。

城主である石川武彦は、昌治の提案は領土や戦の本質を無視した、商人の発想に過ぎないものだと考えていると。


石川武彦は、昌治に疑問を投げかける。


「私は常々不思議に思っていたのだ。そもそもなぜ風間城が、自らの掌の外にある者と取引をしなければならないのか?」


風間城主は、前から潮見城のことを目障りだと思っていたのだろう。

これまでため込んでいたうっぷんを晴らすように、石川武彦は言葉を発する。


「風間城の支配に従わない者に、利益を与える理由はない。それどころか、秩序を守るためには、規律を破った者には相応の報いを受けさせるべきだろう」


「秩序を守るためで、ございますか?」


「その通りだ。どんな理由であったとしても、潮見城は風間城の支配下にあるべき領地だ。いくら新しい城主が国主の四男になったとしても、関係ない」


昌治は、確信した。

風間城主である石川武彦は、潮見城のことを心の底から見下していると。




潮見城のとある一室に、俺は灯里あかりを呼んだ。

紅雨季こううきから潮見城を守るための、秘策を実行するためである。

俺は灯里の火焔かえんの能力を活用し、新たな技術開発を進めていた。


「灯里、その調子だ」


「わかってるって。あたしに任せてよね!」


俺は灯里の操る青白い炎に見入っていた。

灯里の小さな手が空中で踊るように動き、意志に従って炎が二枚の鉄板の継ぎ目を舐めていく。


「すごいぞ、灯里……!」


思わず漏れた俺の感嘆の声に、灯里は一瞬だけ目線を上げ、照れたように微笑んだ。その表情は、一日も早くみんなの役に立ちたいという決意に満ちている。


「若様、あと少しで終わるよ」


灯里の声は集中のためか、いつもより低く落ち着いていた。

"みこ"の炎は鉄板の最後の部分を溶かし、ついには二枚の鉄が完全に一体となる。


「できた……!」


作業が終わると、灯里は深呼吸をして手を下ろした。

灯里の手から炎が消え、室内が再び薄暗くなる。


久しぶりに顔を見せるご主人に駆け寄る愛犬のように、灯里が俺にパアッと顔を向ける。


「若様、どうっ?」


「ああ、完璧だ」


鉄板の接合部せつごうぶを指でなぞりながら、俺は感動を隠せなかった。

溶接の跡は滑らかで、まるで最初から一枚の鉄板だったかのようだ。

これは間違いなく、この世界の鍛冶技術では決して達成できない精度だろう。


「本当にすごいぞ、灯里。お前の炎は普通のよりも遥かに高温で、鉄の融点を簡単に超えている。これで金属の溶接ようせつという技術を、この世界で実現できる!」


俺の言葉を受けた灯里は、誇らしげにうなずきながらも、疲れた様子で椅子に腰を下ろした。

精密な溶接作業に神経を使ったせいか、それなりに体力を消耗したのだろう。


俺は水の入った木製の杯を、灯里に差し出す。


「疲れただろう、まずは休んでくれ」


「ありがとう、若様」


灯里が水を飲み干す間、俺は次の計画のために紙に図面を描き始めた。

水を飲み切った灯里が、俺の肩越しに覗き込んでくる。



「ねえ若様は、次は何を作るつもり?」

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