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第35話 技術革新の灯火

水を飲み切った灯里あかりが、俺の肩越しに覗き込んでくる。「ねえ若様は、次は何を作るつもり?」


「これからが本番だ。溶接ができたから、次はこれを作る」


俺は円筒形えんとうけいの図と、その中に収まる棒状の部品の絵を指差す。


「これは『シリンダー』、そしてこれは『ピストン』と呼ばれるものだ」


「しりんだあに、ぴすとん? 前のセメントみたいなやつ?」


「セメントと同じで、これからの潮見しおみ城の発展に大きく活躍してくれる物だな。シリンダーとピストンを使って、熱エネルギーを機械的な動力に変換するんだ。簡単に言えば、熱を使って物を動かす仕組みさ」


「熱を使って、物を動かせるの?」


「そうだ、エネルギーは、他のエネルギーに変換できるからな。たとえば、蒸気機関じょうききかんなんてものがある」


俺はイラストを描きながら、灯里に説明する。


「蒸気機関は、水を熱して蒸気にし、その圧力でピストンを押し動かす。ピストンの動きを回転運動に変えれば、車輪しゃりんを回したり、大きな機械を動かしたりできるんだ」


「熱で、車輪を動かす? そんなことが……本当にできるの?」


「できる。熱エネルギーを、運動エネルギーに変換するだけだからな」


そもそもエネルギーとは、『仕事をすることができる能力』のことをいう。

それらのエネルギーは、他のエネルギーに変換することができる。


たとえば現代日本では、日常生活にエネルギーを変換させることが当たり前だった。


電灯のボタンを押せば、電気エネルギーを光エネルギーに変換できる。

光だけでなく、扇風機をつければ電気エネルギーは風を生み出す力学的エネルギーとなる。


熱エネルギーであれば、エンジンを使って運動エネルギーに変換し、車を動かすことができる。

他にも巨大な工場の動力にもなるし、山のように大きい船舶を動かすことだってできるのだ。


「灯里の火焔かえんの力は、大きな熱エネルギーを生むことができる。それは無限の可能性を持っていることと、同じなんだ」


「あたしの力に、無限に可能性が……!」


灯里の目が好奇心で輝いていた。

俺の目的は、この蒸気機関の開発にある。

そのためにも、灯里の協力は不可欠だ。興味を持ってくれて助かった。


「蒸気機関は、熱を利用して発生させた蒸気の圧力を活用し、機械を自動で動かす技術だ。だが実現するには、いくつか課題がある」


「あ、あたしにできることなら、なんでもするよっ!」


「この蒸気機関を発明するためには、灯里の力を借りることになる。そのためにも、まずは精密な部品が必要だ」


「蒸気機関の前に、部品を作らないといけないのね」


シリンダーとピストンの密閉性、蒸気を通すための配管の精度、耐圧性を確保できる素材の選定。

これらは、蒸気機関の稼働を実現するために解決すべき技術的問題だ。


この世界の技術水準では、こうした精密な加工を行うことは極めて難しい。

だけど、灯里の力があれば、この壁を乗り越えることができる。


「灯里の超高温の炎を使えば、鋳造や溶接の精度が飛躍的に向上する。これまでの鍛冶技術では不可能だった、精密部品の加工が可能となるんだ!」


灯里が不安そうに、俺のことを見上げてくる。


「あたしに、できるかな……?」


「できるとも。セメントだって、きちんと作ってみせたじゃないか」


俺は、灯里の小さな肩に手を置く。


「潮見城を守るため、蒸気の力で動く新しい武器を作る。俺の知識と、灯里の能力があれば、この世界ではまだ誰も見たことのない力を生み出せるはずだ!」


「あたしの力と、若様の知識を合わせる……」


「そうだ、俺たちにできないことはない。これまでもそうだったように、これからも二人で乗り越えて行こう!」


俺は灯里の目を見ながら、こう告げる。


「それに"みこ"の力は、単なる破壊の道具なんかじゃない。みんなを守ることができる、創造の力でもあるんだ。それを俺と一緒に証明しよう」


灯里の瞳が、炎のように輝いた。


「わかったよ若様…………あたし、そのしりんだあとぴすとんってのを、絶対に作ってみせるよ!」


作業場に火が灯され、灯里の手から青白い炎が再び現れる。


ピストンとシリンダー。

これが俺たちの、秘策の一歩となる。


これらが完成すれば、潮見城は単なる防衛のための拠点ではなく、技術革新の発信地へと変わるだろう。

潮見城を照らす、小さな灯の火がつく。



炎と鉄が交わる音が、新たな時代の足音のように潮見城に響いていた。

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