密書には、
俺の中で、何かが急速に冷えていくのを感じる。
重三郎は単なる忠実な部下ではなく、監視者であり、暗殺者だったのか。
「
「私の情報に間違いはない。重三郎は、皆本守を暗殺する
「兄姉ってことは、後継者争いか……」
この体の持ち主であった皆本守の記憶によれば、兄姉からいくどとなく暗殺をしかけられてきている。
今回の件も、そういうことなのだろう。
このまま重三郎を放っておけば、俺の命が危ない。
それだけじゃない、
俺が原因で、大切な人を巻き込むわけにはいかない──この件については、すぐに対処しなければならなそうだ。
「紗夜に頼みがある。重三郎について、任せてもいいか?」
「皆本守がそう望むのであれば、引き受けよう」
「助かるよ──それと、これも教えてくれ。お前の背後には、誰がいるんだ?」
「……………………」
紗夜はその問いには、答えてはくれなかった。
彼女は自分の考えだけで、俺に協力してくれているようには思えない。
裏で何者が、紗夜に命じているのだろう。
「皆本守、安心しろ。いまの私は、お前の味方だ」
紗夜は薄く笑うと、
「この設計図は、重三郎の件の報酬としてもらっておく」
「おい、なにを勝手な──」
「皆本守に、私を阻む権利はない」
俺が止める間もなく、紗夜は静かに窓から消えていった。
翌朝。
俺はさっそく、異変に気づいた。
裏切り者として名が挙がった重三郎の姿が、どこにも見当たらない。
代わりに、新たな
不思議に思った俺は、伝助を政務室に呼びつける。
彼の表情は暗く、何か重大な報告があることがはっきりとわかった。
「伝助、なにかあったのか?」
「若、実は……重三郎が昨夜、城内の井戸に落ちて死亡しました」
伝助の言葉に、俺は驚いたふりをする。
おそらく、紗夜が何らかの手を使ったのだろう。
「なぜ重三郎は井戸に落ちた? 詳しい状況は?」
「調査したところ、現場には争った形跡はなく、警備兵も外部からの侵入者を目撃していません。おそらく『事故死』だったようです」
「そうか……」
紗夜が何をしたのかは分からない。
しかし、重三郎が死んだという事実だけは確かだった。
それが偶然なのか、それとも計画通りなのか──その答えは、俺にもわからなかった。
政務室から伝助が退出する。
それを待っていたかのように、突如として背後から人の気配がした。
振り返ると、紫色のショートヘアの少女──紗夜が、部屋の隅に立っていた。
「驚かすなよ……いったい、いつからそこにいたんだ?」
「皆本守には関係ない」
紗夜は昨夜と変わらずに、冷静な表情をしていた。
彼女が政務室にやってきたのには、なにも俺と雑談をするためではない。
俺に、重三郎の話をしに来てくれたのだろう。
万が一聞き耳を立てている者への対策を兼ねながら、さっそく本題を切り出すことにする。
「
紗夜は一瞬だけ考えるような仕草を見せた後、淡々とした口調で答える。
「
その言葉に、俺の背筋が凍りつく。
「自殺だって!?」
「私が近づいたとき、奴は私の正体を察した。そして躊躇うことなく、井戸に身を投げて命を絶った」
それは、まるでその瞬間が訪れることを知っていたかのような、あまりにも冷静な行動だったそうだ。
「奴は何者かの命令で動いていた。おそらくだが、
「皆本凛──姉上か」
「奴の行動は訓練された振る舞いを感じた。そして迷いのない自害から、二、三年の教育を受けた完全なスパイだったと推測できる。命を惜しまないその覚悟から、皆本凛の手の者であるだろう」
「たしかに、その可能性は高いな」
姉の凛は、国主の座を巡る後継者争いのためなら、どんな手段も厭わない。
そして、その争いは今も続いている。
「暗殺、か……」
現代日本では馴染のなかった言葉が、重くのしかかる。
重三郎は俺を殺そうと計画し、そして失敗して命を絶った。
人の命すら、駒として扱われる世界。
城主である俺は、そういった駒たちから狙われる立場になっているのだ。
そう思ったところで、ふと、紗夜のことが気になった。
紗夜はただの"みこ"ではない。
彼女の背後には、
今この瞬間に、紗夜に尋ねることはできるだろう。
それでも彼女は、昨夜のように沈黙を貫くはずだ。
教えてもらえないのであれば、調べるという手段もある。
潮見城主である俺には、その方法も不可能ではない。
だとしても、俺は紗夜の背後関係を知るべきなのか、それとも知らないほうがいいのか?
その答えは、俺の中ではまだ出ていなかった。