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第38話 忍び寄る暗殺者

密書には、重三郎じゅうざぶろうの名とともに『皆本みなもとまもる暗殺計画』の文字が刻まれていた。


俺の中で、何かが急速に冷えていくのを感じる。

重三郎は単なる忠実な部下ではなく、監視者であり、暗殺者だったのか。


紗夜さや、この情報は……」


「私の情報に間違いはない。重三郎は、皆本守を暗殺する間者かんじゃ──しかもこの男は、お前の兄姉と繋がっている可能性が高い」


「兄姉ってことは、後継者争いか……」


この体の持ち主であった皆本守の記憶によれば、兄姉からいくどとなく暗殺をしかけられてきている。

今回の件も、そういうことなのだろう。


このまま重三郎を放っておけば、俺の命が危ない。

それだけじゃない、伝助でんすけ灯里あかりといった身近な者たちにも危険が及ぶかもしれない。

俺が原因で、大切な人を巻き込むわけにはいかない──この件については、すぐに対処しなければならなそうだ。


「紗夜に頼みがある。重三郎について、任せてもいいか?」


「皆本守がそう望むのであれば、引き受けよう」


「助かるよ──それと、これも教えてくれ。お前の背後には、誰がいるんだ?」


「……………………」


紗夜はその問いには、答えてはくれなかった。

彼女は自分の考えだけで、俺に協力してくれているようには思えない。

裏で何者が、紗夜に命じているのだろう。


「皆本守、安心しろ。いまの私は、お前の味方だ」


紗夜は薄く笑うと、蒸気機関じょうききかんの設計図を懐に収める。


「この設計図は、重三郎の件の報酬としてもらっておく」


「おい、なにを勝手な──」


「皆本守に、私を阻む権利はない」


俺が止める間もなく、紗夜は静かに窓から消えていった。




翌朝。

俺はさっそく、異変に気づいた。


裏切り者として名が挙がった重三郎の姿が、どこにも見当たらない。

代わりに、新たな近侍きんじとして徳兵衛とくべえという青年が配属されていた。


不思議に思った俺は、伝助を政務室に呼びつける。

彼の表情は暗く、何か重大な報告があることがはっきりとわかった。


「伝助、なにかあったのか?」


「若、実は……重三郎が昨夜、城内の井戸に落ちて死亡しました」


伝助の言葉に、俺は驚いたふりをする。

おそらく、紗夜が何らかの手を使ったのだろう。


「なぜ重三郎は井戸に落ちた? 詳しい状況は?」


「調査したところ、現場には争った形跡はなく、警備兵も外部からの侵入者を目撃していません。おそらく『事故死』だったようです」


「そうか……」


紗夜が何をしたのかは分からない。

しかし、重三郎が死んだという事実だけは確かだった。


それが偶然なのか、それとも計画通りなのか──その答えは、俺にもわからなかった。



政務室から伝助が退出する。

それを待っていたかのように、突如として背後から人の気配がした。


振り返ると、紫色のショートヘアの少女──紗夜が、部屋の隅に立っていた。


「驚かすなよ……いったい、いつからそこにいたんだ?」


「皆本守には関係ない」


紗夜は昨夜と変わらずに、冷静な表情をしていた。

彼女が政務室にやってきたのには、なにも俺と雑談をするためではない。

俺に、重三郎の話をしに来てくれたのだろう。


万が一聞き耳を立てている者への対策を兼ねながら、さっそく本題を切り出すことにする。


から、何か聞き出せたのか?」


紗夜は一瞬だけ考えるような仕草を見せた後、淡々とした口調で答える。


は、私の姿を見るなり自殺した」


その言葉に、俺の背筋が凍りつく。


「自殺だって!?」


「私が近づいたとき、奴は私の正体を察した。そして躊躇うことなく、井戸に身を投げて命を絶った」


それは、まるでその瞬間が訪れることを知っていたかのような、あまりにも冷静な行動だったそうだ。


「奴は何者かの命令で動いていた。おそらくだが、皆本みなもとりんによって送り込まれた可能性が高い」


「皆本凛──姉上か」


「奴の行動は訓練された振る舞いを感じた。そして迷いのない自害から、二、三年の教育を受けた完全なスパイだったと推測できる。命を惜しまないその覚悟から、皆本凛の手の者であるだろう」


「たしかに、その可能性は高いな」


姉の凛は、国主の座を巡る後継者争いのためなら、どんな手段も厭わない。

そして、その争いは今も続いている。


「暗殺、か……」


現代日本では馴染のなかった言葉が、重くのしかかる。

重三郎は俺を殺そうと計画し、そして失敗して命を絶った。


人の命すら、駒として扱われる世界。

城主である俺は、そういった駒たちから狙われる立場になっているのだ。



そう思ったところで、ふと、紗夜のことが気になった。


紗夜はただの"みこ"ではない。

彼女の背後には、何か・・がある。


今この瞬間に、紗夜に尋ねることはできるだろう。

それでも彼女は、昨夜のように沈黙を貫くはずだ。


教えてもらえないのであれば、調べるという手段もある。

潮見城主である俺には、その方法も不可能ではない。


だとしても、俺は紗夜の背後関係を知るべきなのか、それとも知らないほうがいいのか?


その答えは、俺の中ではまだ出ていなかった。

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