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第17話 魔王の生誕祭2

◆◇◆


 その夜は、城中が慌ただしかった。

 何せ、今宵は魔王であるアーダルベルトの生誕二百年を祝う宴が開かれるのだ。


 二百歳と知れば、異世界から召喚された勇者であるミヤは驚くだろうが、アウローラ王国の魔族たちからすると、まだまだ青二才である。

 通常の人間族と比べて、魔族は十倍の寿命を誇っているのだ。

 なので、アーダルベルトは人間族の適正年齢で数えると、二十歳の若者にすぎない。侮られても仕方がないところだが、そこは歴代最強の魔王という実力で、敵対勢力を黙らせている。

 魔族の国、アウローラ王国は実力がすべての脳筋国家なのだ。


「五十の部族の長と、そのパートナーが参加しております。有力部族の長より順に謁見となりますので、くれぐれも逃げ出されませんように」

「む……分かっている」


 宰相テオドールに軽く睨まれて、アーダルベルトは軽く顎を引いた。

 逃げたわけではなく、面倒だったので席を外しただけなのだが、それを言うと倍の小言が返ってくるので、おとなしく頷いておく。前科があるので、今回は見張りがつくのは想像に難くない。

 己の生誕祭と銘打たれているが、楽しい宴とは無縁。これは、魔王の権威と王国の繁栄を見せびらかすためだけの催しなのだ。

 先代の魔王であるアーダルベルトの父親は、祝いの品を殊の外喜んでいたので、魔王におもねりたい部族はこぞって高価な品を献上していた。

 それもまた、彼にとっては面倒な慣習でうんざりしている。


 アーダルベルトはアウローラ王国の最高権力者である、魔王だ。

 魔族の王。そして、移民として移り住んできた亜人たちの王でもある。数多の部族を従えており、彼が望めば、数万の精鋭が集まるだろう。

 それほどの権力を有しているが、アーダルベルト本人は基本的に物欲がない。

 王族として生まれ育ったおかげもあるのだが、何かに執着したこともほとんどなかった。金銀財宝に美しい歌姫、贅を尽くした豪邸にもまったく興味を覚えなかったのだ。

 己の手に馴染む魔剣だけには拘りがあったが、それも己の魔力に耐え切れず、折れてしまう剣が相次いだために、頑丈な物を求めただけ。

 豪奢な見た目だけの宝剣には、目も向けない。

 これでもかと多種多様に用意された賄賂の類に、アーダルベルトは一切見向きもしなかったし、むしろ無駄なことだと、嫌悪を示した。

 おかげで、王宮内はかつてないほど清廉としている。

 現アウローラ王国は、腐敗とは無縁のクリーンな統治で有名だ。家柄や格式よりも実力主義、成果主義な現政権のおかげで、アウローラ王国はかつてないほど栄えていた。


(もっとも、それを気に食わない小物がいるのは確かだが……)


 強い者こそ正義、という魔族の国なので、正々堂々と立ち向かって挑んでくる相手には、アーダルベルトも相応の礼儀を払う。そういう相手こそ、好ましいとさえ思っている。

 だが、賄賂を寄越してくるような小物は、武力以外の能力にも劣っているものが殆どなのだ。


「面倒な……」

 つい、嘆息してしまうと、テオドールがおや、と片眉を上げた。

「そうですか? 私などはこれを良い機会だと考えておりますが」

「良い機会?」

「ええ。下心のある連中の試金石しきんせきにちょうど良いではありませんか。おかげで、選別が捗りますとも。ふふ……」

 美貌の宰相として人気のあるテオドールがうっそりと微笑む姿はなかなか迫力がある。

 さすが、かの女傑の息子だけはあり、侮れない乳兄弟だ。

「ふむ。試金石か。たしかに、そう考えると、悪くない機会かもしれんな」


 敵対するトワイライト帝国から、頼みの綱の勇者を浚ってきたアーダルベルトに、民たちは快哉を上げた。長引く戦に、嫌気がさしていたのだろう。

 武闘派が多いアウローラ王国とはいえ、戦ともなれば、それなりに被害はある。

 もともと、人族の方から仕掛けてきた戦なのだ。魔素に溢れた豊かな土地を狙っての、侵略戦争。

 異世界から召喚した英雄願望のある勇者の耳元で、自分たちに都合の良い話を捏造して聞かせて、傀儡かいらいにしてアウローラ王国へけしかけていたのが、帝国の老皇帝。奸智にだけは長けていた。

 此度こたびの召喚勇者である子猫のミヤをアーダルベルトが浚った際に、塔と召喚陣を破壊しておいたので、しばらくは安泰のはずだ。


(皇帝にも痛い目を見せてやったからな)


 密偵に探らせた帝国の現状を思い起こし、アーダルベルトはくつりと喉の奥で笑う。

 魔王直々に皇帝のもとへ赴き、雷魔法で懲らしめてやったので、老皇帝は恐怖のあまり寝所にこもって、ぶるぶると見苦しく怯えて暮らしているらしい。

 老皇帝をあの場で殺さなかったのは、どうせすぐに次代の皇帝が立つのが分かり切っていたからだ。先代皇帝の仇を打つのだ、と帝国民に訴えて、仇討ち戦に持ち込むに決まっている。

 それが面倒だったので、死なない程度に攻撃して見逃してやったのだ。

 思惑は当たり、老皇帝は権力にしがみつき、保身のために護衛で固めた寝所に引きこもっている。召喚勇者も奪われたことで、しばらくは戦どころではないはずだ。


「帝国が力を失って、戦どころでない間に、我が国の膿を出し切るか」

「ふふ、仰せのままに。腕が鳴りますね」

 その麗しい容貌と反して、このエルフの一族は戦闘民族なのだ。

 虫も殺さないような美しい顔で、容赦なく敵を追い詰める様は魔王であるアーダルベルトが引くほど、なかなかに凄まじい。

 敵になると、とんでもなく厄介な相手だが、味方になると、とても頼もしい存在だった。

「中には勇者であるミヤさまを担ぎ上げようとする、不埒な輩もおるやもしれませんからね」

「……なんだと」

 ぴくり、とアーダルベルトは肩を揺らした。

 怒りのあまり、漏れ出す魔力の強さに、テオドールが端整な顔を顰める。

「陛下、落ち着いてください。そう考える者がいるかもしれない、ということです」

「む、そうか。だが、気になるな。あんなに無力で非力な勇者を傀儡かいらいにしようとする輩がいるかもしれんのか。けしからんな」

「そうならないよう、我が一族の手練れに護衛を任せておりますので」

 にこりと微笑まれて、ようやくアーダルベルトは怒りを収めた。

「それは心強い」

「それに今宵のミヤさまは、陛下の寝所でお留守番なのでしょう?」

「ああ。早めに夕食を済ませて、今は眠っているところだ」


 アーダルベルトの寝室には幾重にも結界を張ってある。

 魔王自らが張ったものに加えて、魔術の得意な侍女長も念入りに精霊魔法で守りを固めてもらっているので、おそらくはこの国でいちばん安全な場所となっているはず。

 満腹になるや否や、眠りに落ちた子猫はそのまま寝台に移動させたので、朝まで起きないだろう。

 護衛のメイドたちは今宵の生誕祭の手伝いに走り回っている。

 たった独りで部屋に残してきたのだけは心配だが、さすがにこの宴に主役であるアーダルベルトが欠席するわけにはいかない。


「数時間の辛抱ですよ、陛下」

「分かっている」


 宰相に宥められ、アーダルベルトは苦々しい表情で頷いた。

 窓の外には、煌々と輝く満月。

 魔王の生誕祭にこの上なく相応しい、ひと月のうちでいちばん魔力が満ちる夜だった。


◆◇◆


 王城の大広間は魔族と獣人、亜人たちがひしめいている。

 魔王であるアーダルベルトの生誕を祝い、その治世を称えて乾杯を交わせば、賑やかな宴の開始だ。楽団が曲を奏で、一角ではダンスが披露されている。

 美酒の盃を傾け、とりどりのご馳走に舌鼓を打ち、会話は弾んでいるようだった。

 その間、魔王たるアーダルベルトは玉座に腰を掛けたまま、次々と現れる部族の長たちと顔を合わせていた。


 大広間の奥、紗のカーテンで遮られただけの簡易な謁見の間だ。

 まずはアウローラ王国で随一の戦闘力を誇る、ドラゴニュートの一族と言葉を交わす。大型の魔獣であるワイバーンを従え、それを乗りこなす竜騎士軍団の長、ロドリゲスだ。

 アウローラ王国の将軍である彼は、壮年のドラゴニュートである。立派な体格を誇り、体表を覆う翡翠色の鱗がとても美しい。愛用の槍を振り回すだけで、百の兵が吹き飛ばされるという。

「魔王陛下は、此度こたびは帝国のじじぃに一泡吹かせたとか。痛快である!」

 脇に控えるのは、虎獣人の副将軍、ティグルだ。獣の血が濃く、【獣化】スキル持ちの勇猛な騎士である。空はロドリゲス率いる竜騎士軍団が、陸地は彼が率いる獣人部隊の独壇場だ。

「なんでも、陛下が連れて帰られた勇者は獣人であるとか。一度、お会いしたく思います」

 数多の獣人に慕われているティグルは、同じ祖を持つとされる勇者が気になるようだ。

 だが、勇者は厳密には獣人ではない。猫なのだ。しかも、生後一ヶ月の子猫。

 小さな蜘蛛一匹に翻弄される勇者が、この勇猛な虎の獣人を前にして冷静でいられるとはとても思えない。

 アーダルベルトは重々しい表情で、「うむ」とだけ頷いておいた。

 考えておこう、の意思表示である。飽くまで、考えるだけなので、会わせるとは言っていない。


「陛下におきましては、ご機嫌麗しく……」

 謁見の間には次々と有力な一族の代表が現れる。

 とても面倒くさい。が、これも魔王としての大事な仕事なのだ。昨年のように、抜け出すわけにはいかない。食事をとる暇もないので、ワインを飲んで空腹をごまかしつつ、謁見に励む。

 愛らしい子猫のへそ天寝姿を思い浮かべながら、贈り物への礼を述べた。


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