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第21話獣人姿になってしまったようです3

(私でも着られそうな服を探し出して、借りないと!)

 侍女長に助けを求めるにしても、裸にシーツを巻きつけた姿で部屋の外に出るのは無理だ。

(そんなことをしようものなら、私の心が死ぬ)

 異性に見られるよりはマシかもしれないが、あんなに綺麗なお姉さんに見られたくはない。

(サイズは合わなくても、魔王のシャツなら、シャツワンピースっぽく誤魔化せるのでは?)

 そう考えて、クローゼットルームに向かったのだが。あいにくハンガーに吊るされたシャツには、手が届かなかった。

 子猫の姿の時も「魔王、大きいな」とは思っていたのだが、ここまで身長差があったとは。

(魔王、どれだけ高身長なの! 背伸びしても無理なんですけど⁉)

 諦めて、他を探すことにした。だが、手が届く位置にあるのは革靴やブーツ、鎧や武具などが乱雑に置かれているくらいで、美夜は途方に暮れた。

「服が、にゃい……」

 ぽつりと呟く。また噛んだ。久しぶりに人の言葉を口にしたため、舌の機能が弱っているのだろうか。不安に思いつつ、クローゼットルームの奥へと進んでいく。

 ふと、壁際に鏡が据え置かれていることに気付いた。黄金の装飾が施された、豪奢な全身鏡だ。

(そういえば、人に戻った姿を確認していなかったな)

 随分と痩せてしまったようだし、少しだけ怖いけれど、きちんと鏡で確認しておきたい。そう考えて、美夜はほてほてと鏡の前に移動した。そっと鏡を覗き込んで、その姿勢のまま硬直する。

 てっきり、醜く瘦せ衰えてしまった自分の姿が映し出されるのだと思い込んでいたのだが、まるで違う姿がそこにあったのだ。

 黒髪にこげ茶色の瞳という純日本人的な色彩だった美夜。異世界に召喚されてからは、真っ白でふわふわの毛並みとブルーの瞳の子猫姿でいることにすっかり慣れていたのだが──

 この肉体の、あまりにも変貌した様子に言葉を失ってしまった。

「ふみゃ……」


 そこにいたのは、十九歳の羽柴美夜ではなかった。

 似ても似つかない色彩を纏った、十歳ほどの少女が鏡の中から呆然と自分を見返している。

 思わず、頬をつねってしまったが、ちゃんと痛い。夢ではないようだ。

(どうして、若返っているの……? しかも、髪と目の色まで変わっている!)

 子猫の時と同様に、黒髪は白銀色に。瞳も澄んだ青色に変化していた。

 そして何よりも彼女を驚嘆させたのは──

「頭に三角の耳……? にゃんで、ふわふわの尻尾まである、ニャッ⁉︎」

 鏡の中の愛らしい少女は猫耳と尻尾付きの獣人姿に変化していたのだった。

「ふみゃあああん」

 パニックに陥った美夜は、泣きながら安心できる場所に駆け戻った。彼女がいちばん安心できる場所──それは、魔王のベッド。服を調達しにクローゼットルームに向かったことをすっかり忘れて、シーツを身に纏った姿のまま、ベッドに潜り込んで泣いた。


「みゃおう……!」

 魔王、と切迫した声音で呼んだのが聞こえたのだろう。

 宴の真最中のはずの、アーダルベルトが大慌てで転移してきた。

「無事か、勇者!」

 魔王の声が室内に響く。来てくれたんだ──ホッとすると同時に、危機感も覚えた。

(私が勇者でも大事にしてくれているのは、子猫の姿だから。……なら、人の姿になった私を見たら、魔王は攻撃してきたりしない……?)

 だって、あれほどに『我が宿敵の勇者よ』などと口にしていたのだ。

(私が子猫じゃなくなったことを知って、嫌われたらどうしよう……)

 そう考えると、無性に怖くなってしまい、ベッドの中で震えてしまった。

 息を殺して隠れていると、寝室が明るくなった。魔王が灯りをつけてくれたのだろう。

「どこにいる、勇者?」

 ひそめた声音で呼ばれたが、勇気が出ない。どうしよう、どうしようと混乱したまま、美夜は固まってしまっている。硬直していると、カーテンが開かれる音がした。

 怖くて。だけど助けてほしくて、気が付くと弱々しい声音で「みぃ」と鳴いてしまっていた。

「……どうした、勇者。何を怯えている? 何かあったのか」

 頭の上からかぶっていたブランケットが魔王の手で取り除かれてしまう。バレた、と肩を揺らしてしまったが、その後の言葉が続かない。……怒っていないのだろうか?

 不思議に思って、そっと顔を出した。なぜか、ブランケットを握り締めたままの姿勢で硬直している魔王を見上げて、現状を訴えることにする。

「……魔王、アーダルベルト……? あにょ、わたし、にゃんでか、わからにゃいけど、こんにゃ姿なにょ。どうしよう……?」


 魔王の手からブランケットが落ちた。目を見開いている。相当、驚いているようだ。それもそうか。つい数時間前までは、可愛い子猫だったのに、今は獣の耳と尻尾が生えた子供なのだから。

(それにしても、ちゃんと喋れないのはどういうこと? ナ行がニャ行になっちゃう……)

 恥ずかしすぎる。いとけない幼女なら分かるけれど、見たところ十歳くらいの年齢なので、こんなに舌足らずなはずがないのに。

(もしかして、この獣人のような姿になったことと、関係があるのかな?)

 魔王は愕然とした表情で、美夜を見下ろした。

「まさか、勇者、か……?」

「そうにゃ、よ? さっきまで子猫だった、わたし」

 また噛んだ。もう、こういうものだと理解して、開き直るしかない。

 幸い、魔王は人間の姿に戻った美夜を見て、すぐに攻撃してくることはなかったようなので、一安心だ。それもそうか。子猫にあんなに優しかったのだ。

非力な少女を虐めるような、そんな卑怯な男ではないのだ、魔王は。……たぶん、きっと。

 魔王がそっと歩み寄ってくる。大丈夫だと思っていても、少しだけ怖い。

 震える美夜の身体をシーツごと魔王が抱き締めてきた。

(ふぇ? どういうこと?)

 美夜が顔を上げると、至近距離で目が合ってしまう。

 紫水晶アメジスト色の、綺麗な瞳に自分の姿が映し出されている。きょとんとした、間抜けな表情だ。まじまじと観察されていることが急に恥ずかしく思えてしまって、美夜はたどたどしい口調で説明する。

「月を見ていたら、急に熱くにゃって、変わったにょ。顔も髪も変わったし、こどもの姿に、にゃってるにょ。わたし、どうしちゃったのにゃ……?」

 魔王が困惑しているのが伝わってくる。これはもう一押しか、と期待して。

 涙目の美夜はここぞとばかりに、魔王の胸元にぎゅっとしがみついたのである。かつて読んだ少女漫画で仕入れた知識よ、唸れ。頼りになるのは貴方だけよ、と目で訴えつつ抱きつくのだ!

 そして、震える声音で「助けて」と訴える。これが大事。心の底から思っていることなので、嘘ではない。我ながら頼りなげな声を出せたと思う。

「どうしよう……。怖いよ、魔王」

「……落ち着け、ミヤ。私がそばにいる」

 勇者、と呼ばれなかったことに美夜は驚いた。思わず、魔王のシャツを握り締めてしまった。しまったと思うが、もう遅い。いかにも高価そうな上質のシャツにシワを寄せてしまっている。

 これは弁償になるのだろうか。どうしよう、お金なんて持っていない。

 ぴるると尻尾の先が恐怖で震える。耳もぺたんと寝てしまった。これはもう、甘えて許してもらうしかない。人間だけど、まだ子供だし許してくれることを期待しよう。

 魔王の胸元に額をぐりぐりと押し付けて、ごめんなさいと訴えていると、なぜか首のあたりに息を感じた。

 何だろう? 顔を上げようとしたら、うなじのあたりに何かが押し当てられた。

 猫の性質が未だ色濃く残っている身体が、自然と跳ねてしまう。

(うなじ! うなじはダメ! そこを咬まれると、力が抜けていくの……ふにゃああ)

 そこは急所のひとつなのだ。母親猫に咥えられて運ばれるため、首筋を押さえられると脱力してしまう──


「ああ、勇者──……いや、ミヤ。お前は私の『魂のツガイ』なのだな……?」

 熱のこもった声音で囁く魔王。息が当たって、くすぐったい。何かを語りかけてきているけれど、それどころではない。聞き返そうとしたところで、待ちに待った救世主が現れた。

「このバカ陛下がッ!」

 低い罵り声と共に風を切るような、鋭い音が魔王の寝室で響いた。

 同時に、誰かの呻き声がして、美夜は唐突に自由を取り戻す。

「みゃっ?」

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す美夜は、足元に倒れた魔王を不思議そうに見下ろした。

 美夜の救世主は、麗しいエルフの侍女長、シャローンだった。


 見事な足技で魔王を昏倒させた彼女は、労わるような微笑を浮かべて、シーツを巻き付けただけの美夜を保護してくれた。

 まずは冷えた身体を暖めましょうね、とお風呂をすすめてくれ、その間に着替えを用意してくれたのだ。有能すぎる。大好き。

「もう遅い時間なので、ミヤさまはこちらでお休みになってください」

 ハチミツ入りのホットミルクを飲ませてくれて、落ち着いたところでベッドに押し込まれた。

 魔王の寝室ではなく、どうやら客間のようだ。ふかふかの枕はラベンダーの香りがして、心が落ち着く。泣き疲れていたこともあり、美夜はすぐに眠りに落ちてしまった。




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