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第37話 宰相は乳兄弟を見守る2

 まぁ、つまりアーダルベルト王国内では『小さくて可愛らしい』生き物はほぼ存在しない。

 愛らしく見えるホーンラビットさえ狂暴で、誰彼構わず突き殺そうとするし、その鋭い前歯で引き裂こうとしてくる狂暴な魔獣なのだ。

 そんな国に住んでいるため、アーダルベルトは愛らしい愛玩動物と触れ合うことをすっかり諦めていたのだが、そんな彼の前に降臨──もとい、召喚されたのが、あの勇者だった。

 この世界には存在しない、小さくてふわふわで愛らしい、猫という種族。しかも、子供だ。生まれて一ヶ月の赤子だという。そんなの可愛らしいに決まっているではないか!


 おかげで、アーダルベルトはすっかり勇者に夢中になっている。二百年共に過ごしているテオドールからしても、デレッデレの骨抜き状態だ。

 鉄面皮のおかげで周囲にはあまり気付かれてはいないが、相当に寵愛している。

(くっ……これが、せめて獣人の娘なら、嫁にできたのに!)

 あらゆる美女から迫られ、求婚されてすっかり女性不振になった彼にもようやく春が来たかもしれないのに、と当初は肩を落としていたのだが──


 勇者ミヤのおかげで、魔王陛下が食事を取るようになった。勇者ミヤのおかげで、魔王陛下は不眠症から解放されて、熟睡できるようになったようだ。勇者ミヤと共に過ごす時間を確保するため、あの魔王陛下が真面目に仕事をこなすようになった──

 次々と宰相テオドールの元に賞賛の言葉が届くようになり、認識を改めた。

「勇者ミヤさまはすばらしいです。皆、誠心誠意お仕えするように」

 てのひらクルックルだな、と賢者には大笑いされたが、何とでも言え。

 食事に興味がなく、睡眠が浅く、書類仕事よりもダンジョンに潜る方を好むアーダルベルトが健康になり、仕事も真面目にこなすなど、良い影響しかないではないか!

 自分たち以外に心を許すことがなかったアーダルベルトのことを心配していた母が、勇者ミヤのおかげで変わってくれた、と大喜びしていたが、同感だ。

 母は子猫と戯れるアーダルベルトを眺めて、微笑ましげにこう言った。

「愛しい者ができると弱点になると、先代の魔王陛下は仰っておりましたが、私はこうも思うのですよ。愛しい者ができると、誰より強くもなれるのだ、と」

 伴侶のいない自分にはまだ分からない考えだが、アーダルベルトが救われたのは事実なので、今は勇者に感謝している。

 子猫を膝に乗せておけば、魔王陛下は大人しく執務机に向かってくれるのだ。

 たまに、じゃれついてきた子猫と盛大に遊び始めることはあるのだが、執務室を抜け出してダンジョンに消えることがなくなっただけでも、すばらしい成果なのだ。

 ともあれ、愛らしいペット──もとい、勇者と過ごすようになり、アーダルベルトは以前にも増して、冴え冴えとした美貌が際立ち、魔力が研ぎ澄まされていった。

 間違いなく、三食おやつをしっかり食べていることと、子猫と遊ぶことによる適度な運動、子猫を抱っこして熟睡できている恩恵だろう。

 名付けるなら、子猫健康法とでもいうべきか。しかし、肝心の子猫が勇者ミヤしかいないので、魔王陛下限定だ。



 年若いと侮られがちなアーダルベルトだが、此度の生誕祭ではその存在感を否が応でも、各種族の代表に刻み付けることができた。

 強者にしか従わないと豪語していたドラゴニュート一族。ワイバーンを乗りこなす、竜騎士軍団の長であるロドリゲスなどは、アーダルベルトの変化にいち早く気付けた者だ。

 王国の守護神と名高い、戦上手の将軍は今代の魔王のことを覇気が少ないと嘆いていたのだが、溺愛する子猫を守るために気を張るアーダルベルトを「良き眼光よ」と見直していた。

 副将軍である虎獣人のティグルも以前と違うアーダルベルトの魔力を肌で感じていたようで、従順の意を示していた。

 両将軍の後ろ盾があると、とても心強い。

 テオドールは生誕祭の成功を確信して、こっそりほくそ笑んでいたのだが──


「陛下っ⁉」

 なぜか突然、今宵の主役である魔王アーダルベルトが消えたのだ。得意とする【闇魔法】の転移を使ったのだろう。すぐさま追い掛けるか迷ったが、主役の代わりに進行する役目がいる。

 傍らに控えていた侍女長──母が素早く目配せをしてきたので、彼女に任せることにした。

 幸い、あらかたの部族との挨拶は済んでいる。あとは無礼講ということにして、酒と贅を尽くした料理を提供し、王国一の楽団に演奏を指示した。

 当代きっての歌姫と舞姫も張り合うように宴を彩ってくれる。いずれも劣らぬ美姫たちは皆、魔王陛下の寵を狙っているため、ここぞとばかりに見事な芸を披露してくれた。

 おかげで、どうにか生誕祭は盛況のうちに幕を下ろすことができたが、主役の不在を胡麻化ごまかすのは大変だった。これは絶対に文句を言ってやろうと考えていたのだが、翌日、母から顛末を聞き出して、頭を抱えてしまう。


「まさか、勇者ミヤさまが陛下の『魂のツガイ』であったとは……」

 魔王と勇者なんて、天敵もいいところではないか。

 よりによって、何でそんな厄介な相手に惚れてしまったのか、我が乳兄弟は!


(だが、本能によって縛られるものだから、仕方ない)

 乳兄弟で、幼馴染みで、彼の右腕でもある自分からしたら、女性に興味のない魔王陛下にツガイが現れたことは祝福すべき慶事ではある。

「これが、せめて獣人であれば問題はなかったのですが……」

 いっそのこと、人族であった方がどうにかなったかもしれない。


 アウローラ王国では帝国の人間は何よりも嫌われているが、勇者は異世界の人間だ。無理やり、帝国に召喚された被害者でもある。

 その点を前面に押し出せば、勇者と魔王が手を取り合って帝国と対峙する、という感動的なフィナーレに持ち込むことも可能だったのだ。


「だが、ミヤさまは人間でもなく、ましてや獣人でもなく、猫の

 妖艶な美貌の持ち主たる魔王陛下の『魂のツガイ』相手がてのひらサイズのふわふわの生き物だと知ったら、何かと理由を付けて謀反を起こしそうな部族もいるだろう。

「満月の間だけは、獣人の姿に変化するなら、あるいは……?」

 猫という生き物は虎や獅子の遠い親戚のような種族らしい。

 ならば、虎獣人である副将軍ティグルに獣人姿の彼女の後見人になってもらえば、心強い。

 そう考えたのだが、母であるシャローンには反対されてしまった。

「まだ早いわ。ミヤさまはあの小さな獣の肉体に二つの魂を押し込まれた状態なのよ。その身に魔素が馴染んでいないから、中途半端な姿のままなの」

「……まだ早いということは、いずれは?」

「ええ、おそらく。魔力がいちばん強くなる、満月の夜に獣人の姿に変化したということは、ミヤさまがレベルを上げて強くなって、魔力を自在に操れるようなれば、獣人の姿を普段でも取れるようになると思います」

「おお、それなら……!」

「ふふふ。そうなれば、晴れてアーダルベルトさまは愛らしくて強い伴侶を堂々と披露できるようになるわ! だから、それまで私たちにできることは、ミヤさまが成長するまで守り抜くことよ」

「なるほど、理解しました。陛下と共に在る時なら心配は無用でしょうが、普段から護衛を付けておくべきですね」

「そうね。勇敢で従順、……あとはあまり、ミヤさまを怖がらせない見た目の者がいいと思います」

「ふむ。それはなかなか難しい……。とりあえず、何人か探しておきます」

「お願いするわ。最終選考はミヤさまにお任せしましょう。相性というものがありますからね」

 母と息子の密談により、勇者ミヤの護衛役を探すことになった。


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