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第40話 植物魔法を覚えました 1

■ 第十三章 植物魔法を覚えました


 満月の三日間が終わり、子猫の姿に戻ってから、美夜は侍女長であるシャローンと共に中庭の手入れを頑張った。

【火魔法】で無残に焼け落ちた植物を集めて取り除き、土を入れ替えて花の種を植えたのだ。

 どうにか焼け跡は片付けることはできたけれど、花がなくなって殺風景なことに変わりない。


(せっかく綺麗なお庭だったのに……)

 咲き誇っていた花々が、美夜が焦がした場所だけごっそりと姿を消している状況に落ち込んでいると、手入れを手伝ってくれた侍女長がそっと背を撫でてくれた。

「ミヤさま、大丈夫ですよ。私はエルフ。植物魔法は得意なのです」

 誇らしげに胸を張るシャローンを美夜はおずおずと見上げた。

(植物魔法……?)


 こてんと小首を傾げる。何だろう、それは。初耳な魔法だ。

 少なくとも図書室にある魔法の本には書かれていなかったように思う。

 不思議そうにしていると、シャローンがこっそり教えてくれた。


「植物魔法とは『緑の手』とも称される、特別な魔法なのです。精霊と言葉を交わすことのできるエルフのみが扱える魔法なので、王城の図書室には魔法書はありません。なので、ミヤさまがご存じなくても当然ですわ」


 エルフにしか使えない、植物魔法。

 それは目に見えない精霊に魔力を捧げて、植物の成長を早めることができる特別な魔法らしい。

「みゃみゃっ!(なにそれ、とっても便利!)」

 思わず、興奮してしまった。


 花だけでなく、野菜や樹木の成長の手助けできる魔法だと教えてもらい、美夜はぱあっと顔を輝かせる。すばらしい。

 うっかり【火魔法】でダメにしてしまった庭を元通りにできるのも嬉しいが、何より野菜を育て放題な魔法なのがいい。最高だ。

 植物魔法を覚えることができれば、野菜も果物も作り放題!

 この先、何かあったとしても、その植物魔法さえあれば、どうにか生きていくことが可能になる。


(野菜の種や苗を手に入れることができれば、ご飯には困らないってことよね? 自分で食べる分以外の余った野菜は市場とかで売れば、生活費も稼げる。……最高では?)


 これまで自分なりに努力して生きてきたのに、勇者召喚の儀式とやらに巻き込まれて、異世界に誘拐されたのだ。

 あわや、天敵たる魔王の手に落ちるところ──いや、もう落ちてはいるのだが、なぜか抱き締めていた子猫の姿に変化して。

 おかげで命は助かったのだが、人生何があるのかは分からないのだ。

(この先、手に職があるのに越したことはないものね!)

 どうにか、【火魔法】【水魔法】【土魔法】【風魔法】の四属性を覚えることはできたが、それだけで食べていける自信はないので、ぜひとも覚えておきたいところだ。

 野菜や果物。穀類──小麦は当然として、あるのならば、ぜひとも米を育てたい。


(魔王城の食事は美味しいけど、お米が出ないのは物足りないのよね)

 そこは生粋の日本人。白飯がとても恋しい。贅沢は言わないので、塩にぎりを食べたかった。

 穀類に野菜、果物は育てればいいが、たんぱく質は絶対に必要なので、これは自力で狩るしかない。そこらへんは覚えた魔法を使えば、どうにかなりそうではある。


(この世界にはダンジョンがあるって宰相さんが言っていたし、お肉はそこで狩ればいいよね?)

 ダンジョンの中だと、倒した魔物がブロック肉を落とすそうで、解体の手間は不要。

 さすがに自力で獲物を解体するのは遠慮したかったので渡りに船である。

(ダンジョンで獲物を狩ったら、レベルも上がるみたいだし、一石二鳥よねっ!)

 最弱の子猫だと落ち込んでいた美夜だが、魔法を覚えたことで、少しだけ自信がついたようだ。

 これぞ、まさしくスローライフ。便利な植物魔法はぜひとも覚えたい。


「にゃあああああん」

 甘えた声音で侍女長の足首に頬をすり寄せる。

(見せて、見せて! 植物魔法、見たいっ)

 おねだりすると、ちゃんと伝わったようだ。

 黄金色の髪をかき上げながら、くすりと笑われた。

「ミヤさまは植物魔法を見てみたいのですね? では、披露しましょうか。偉大なる祖、エルディヤールの血族がエルフ、シャローンが大地の精霊にこいねがう。この地に恵みの祝福を」

 侍女長が焼け跡の前に跪き、呪文のようなものを詠唱すると、周囲が淡く光を放ち始める。

「にゃっ?」


 慌てる美夜の目前に、小人が現れた。親指ほどの大きさの、小さな人型の生き物だ。──否、生き物なのだろうか? それは、四頭身の愛らしい精霊だった。

 どんぐりの帽子をかぶった、ずんぐりした体型の──おそらくは、大地の精霊。

 シャローンの願いに応じて姿を現してくれたのは、五体の土属性の精霊で、種を植えたばかりの土の周囲をほてほてと歩いている。


(ちっちゃくて、かわいい)

 時折、ぴょこりと飛び跳ねたり、しゃがみこんだり。コミカルな動きを繰り返していることから、彼らが躍っていることに気付いた。

(もしかして、豊穣の舞とか、そういうやつなのかも?)

 興味深く、大地の精霊たちを凝視していると、シャローンが形の良い眉を不審げに寄せた。


「……ミヤさま。もしかして、精霊のお姿が見えていらっしゃいます?」

「うにゃ? にゃん!」

 おそるおそる尋ねられたが、何を当たり前のことを聞いてくるのだろう。

 不思議に思いつつも「見えているよ!」と頷いて見せると、たいそう驚かれてしまった。

「まさか……! ミヤさまはエルフの血が……いえ、そんなはずはありませんわね。やはり、異世界からの召喚勇者の力なのでしょう。末恐ろしいことですわ」

 畏怖に満ちた眼差しを向けられて、戸惑う。

 シャローンの様子から、普通は精霊の姿は見えないものなのだと気付いた。

(こんなにハッキリ見えているのに?)

 というか、じっと見つめていると、何だかうずうずしてきた。


「……にゃにゃ(狩りたい)」

 本能的な思考に小さな子猫の脳が支配されそうになる。

 あれは獲物として、ちょうどいい大きさ。お尻をふりふりさせながら、陽気に踊る精霊を狙っていると、気付いた侍女長に慌てて確保されてしまった。

 こんなにしっかりと抱き締められてしまうと、飛び付くことができない。

「ダメです、ミヤさま! 大地の精霊さまは獲物ではありません」

「…………にゃ」

 心の中で「ちっ」と舌打ちする。


 侍女長の腕の中でおとなしく大地の精霊を眺めていると、やがて彼らは動きを止めた。

 すると、種を植えたばかりの土がむくりと動き始める。

 もぞもぞと蠢く土を、固唾を飲んで見守っていると、ひょこりと緑の芽が姿を現した。小さくて、愛らしい双葉だ。

「にゃにゃっ⁉」

 ええっ、と驚いた。まさか一瞬で芽吹かせることができるなんて!

「植物魔法は大地と水、光の精霊さまが、こちらが捧げた魔力を糧にして、植物の成長を早めてくださる魔法なのですよ」

「ふにゃあ……(なるほど)」

 一度にすべての精霊を召喚することはできないようだ。

「便利ではありますが、魔力をかなり消費してしまうので、よほどの時以外はあまり使いません。今日のところは大地の精霊さまにお願いするだけで精一杯ですわね」

 言葉通り、侍女長はいつもよりも精彩に欠いた表情で苦笑する。エルフといえば、魔力量が多く、魔法が得意なイメージがあるので、そんな彼女でさえこれほどに疲労するとは驚きだ。

(そんなに魔力を消費するなら、ほいほい使えないかー……)

 植物魔法でチート農家スローライフ生活は夢のままで終わりそうだ。


 しょんぼりと落ち込みながら、美夜はシャローンの腕から地面に飛び降りた。せっかくなので、花壇をもう少し眺めてみたい。ふんふんと匂いを嗅ぎながら、花壇の土を踏みしめる。

 大地の精霊の力なのだろう。焦げた土と入れ替えた、新しい土はふかふかになっていた。ほどよく空気を含み、やわらかい。【鑑定】してみると、『大地の精霊に祝福されし土』となっていた。

肥料いらずの、上質な土に変化している。

 ほえぇ、と感心していると、いつのまにか五体の大地の精霊に囲まれていた。

 不思議そうにこちらを見上げている。あ、どうも子猫です。何となく、ぺこりと頭を下げてみた。

 狩猟本能を掻き立てられた、あの不思議なダンスを踊っていなければ、襲いたいという欲求は湧き上がってこなかったので、平和的に挨拶ができる。

 なぜか、大地の精霊たちも真似をするように、ぺこりぺこりと頭を下げてきた。かわいいな。

 ほのぼのと見詰め合っていると、そのうち親指サイズの大地の精霊さんたちがそろりと近寄ってきた。小さな手でそっと頭を撫でられる。

 よしよし? いいこいいこ、かな?

「みゃ?」

 驚きはしたが、特に不快でもなかったので、そのまま大人しく撫でられた。

 なかなかに撫でるのが上手である。

 一人が撫でると、我も我もと他の精霊たちも寄ってきて、計十本の手でわしゃわしゃと全身を撫でられた。これが意外と気持ちがいい。

 つい、ゴロゴロと喉を鳴らしてしまった。


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