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第41話 植物魔法を覚えました 2

「まぁ……。精霊さまが召喚主以外の存在に興味を持たれるなんて珍しい……」


 ぽかんと口を開ける、侍女長。

(そうなのかな? 単に動物が好きなだけじゃないのかなー)

 だって、この熟練の撫で方は、絶対になでなでマスター。もふもふを撫で慣れている手つきである。間違いない。魔王なみに心得ている手だ。


「ふみゃあおう」

 いけない、眠くなってしまった。慌てて、首を振って立ち上がった。

 大地の精霊たちは「もうおしまい?」と何だか、物足りなさそうな表情をしている。もっと働きたいのだろうか。

「うにゃあ?」

 なら、もっと【植物魔法】を見せてほしいな。

 そう猫語でお願いすると、なぜか通じてしまったようで、「まかせて!」とサムズアップされた。


「……え?」

 ぎょっとシャローンが目を見開く。

(あ、しまった! シャローンさんが呼んだ精霊だもん。勝手に魔力を吸い上げちゃったりする?)

 慌てて「私の魔力を使って!」とお願いすると、体内からほんの少し、何かが抜けたような気がした。

(もしかして、魔力を使われた? でも、少しだけよね。気を遣ってくれたのかな?)

 侍女長がぼやいたように、魔力を大量に消費した様子はない。


「まさか、これは……!」

 悲鳴のような声を上げるシャローンの視線の先には、花壇。

 小さくて愛らしい緑の双葉が芽吹いたばかりのそこを、信じられないといった表情で凝視している。

「んにゃ?(なぁに?)」

 不思議に思って、じっと見つめていると、大地の精霊たちが再び、あの不思議なダンスを踊り始めた。最初の時より、かなり激しい。楽しそうに、くるくる、くるり。

 精霊たちの舞に呼応するように、花壇の土が激しく輝き始める。

「にょわー……(わぁー……)」

 呆けたように光の柱を見上げていると、ふいに光が途切れた。終わったようだ。

 花壇の周辺にいた大地の精霊たちが「やりきった!」という満足げな表情を浮かべて、消えていく。

(すごい……けど、どうしようコレ……)


 種を植えたばかりの花壇では、可愛らしい緑の双葉だったそれが二十センチほどの高さまで成長していた。

【植物魔法】を使えるエルフのシャローンより、「もっと見たいな」という子猫の無邪気な願いの方が、より効果があったということか。


「すごいですわ、ミヤさま。私たち、森の民であるエルフでしか使えないはずの【植物魔法】を目にしただけで修得されるとは……!」

「んにゃっ⁉(ええっ⁉)」

 違う、違うよっ? 慌てて、首をぶんぶんと振って訴えるが、シャローンの目には入っていないようだ。両手を組んで、うっとりと宙を仰いでいる。

「さすが、召喚勇者さまですわね。とてつもない力を秘めていらっしゃる。魔王さまの敵として在れば、どれほど脅威となったことか……」

(いえ、本当に。今のは可愛い子猫がちょっとだけお願いしたのを、猫好きの精霊さんが聞いてくれただけであって、召喚勇者の力とかじゃないから……!)

 にゃあにゃあと必死で訴えるが、残念ながら子猫の言葉は彼女には通じない。

 何かに気付いたかのように、はっと顔を上げる。

「もしや、ミヤさまは他の精霊さまとも意思疎通が可能なのでは?」

 期待に満ちた眼差しを向けられて、美夜は困惑する。

【植物魔法】を扱える、他の精霊ということは、水の精霊や光の精霊のことだろうか。


「ぜひ、呼んでみてくださいませ。ミヤさまなら、できるはずですわ!」

「みゅう……」

 こんな、小さくて可愛いだけが取り柄の、いたいけな子猫に無茶を言わないでください。

 そうは思うが、ちょっとだけ好奇心がくすぐられたのも事実である。

(他の精霊はどんな姿をしているのかな? 気になる……!)

 親指サイズの、どんぐり帽子をかぶった大地の精霊は可愛らしかった。

 気の良い小人さんだったし、他の精霊も同じように優しい子たちなのだろうか。


(それに、私の「お願い」のおかげかもしれないけれど、シャローンさんほど魔力を消費せずに植物を育てるお手伝いができたんだもの。大地以外の魔法も使ってみたい……!)


 さっそく他の精霊を呼び出そうかと思ったが、よく考えなくても、呪文を知らない。

 何やら難しい言葉をシャローンは使っていたようだが、美夜は覚えていなかった。

 なので、もう普通に呼び掛けることにした。


「うみゃみゃみゃーん!」


 できるだけ、可愛らしい声音で呼び掛ける。精霊さんたち、来て! 

 水の精霊さん、光の精霊さん、植物を育てるお手伝いをお願いします! にゃーん。

 我ながらアレな呼び掛けだったが、なぜか通じた。


「水の精霊さま……! それに、光の精霊さままでっ? 成功ですよ、ミヤさま! 素晴らしいです。エルフ族に伝わる召喚の呪文なしで、これほどにたくさん呼ばれるとは……」

 感動に打ち震える侍女長、シャローン。

 花壇の周辺には、十体ずつの二種の精霊が集まってくれていた。計二十体。とても賑やかだ。

「ふにゃあ」

 ふわふわと宙に漂うのは、光の精霊。こちらも四頭身の小人サイズだ。見た目はタンポポそっくりだ。

 真っ白の綿毛のような帽子をかぶり、服はタンポポの花びらのワンピース。大地の精霊は男の子のように見えたが、こちらは女の子に見える。淡く光っており、とても愛らしい。

 そして、もう一種の水の精霊。こちらも四頭身で宙に浮いているが、なんと下半身が魚の尻尾だった。淡い水色の髪と瞳をしており、まるで人魚のように美しい。青いウロコが光に反射して、とても幻想的な姿だ。


(どっちも女の子なんだねー。かわいいな)

 大地の精霊と同じく、子猫姿の美夜が気になって仕方がないようで、周囲をふわふわと舞い踊りながら、そっと触れてくる。

(子猫を触ってみたいのかな? 魔法を見せてくれるなら、撫でてもいいよ)

 そう伝えると、精霊たちは大喜び。光の精霊たちは無邪気に子猫の毛並みにダイブして、抱き付いてくる。水の精霊たちはおずおずと近寄ってくると、おそるおそる触れてきた。ひんやりした感触が心地よくて、喉を鳴らして身を任せる。

(うん、やっぱりだね。精霊さんたちは魔王と同じ、猫好きだ!)


 うっとりと瞳を細めながら、すりすりしてくる精霊たち。

 大胆な子は、美夜のふわふわの腹毛に埋もれて、恍惚としている。これは、あれだ。吸っていますね? 精霊も猫吸いするんだ……。


(この世界、猫がいないって聞いたけど、そのわりには猫好きが多すぎない?)


 心底不思議だったが、珍しい存在だからこそ、これほどに愛されているのかもしれない。たぶん、猫はパンダ。グッズでひと財産が築けるのではないだろうか。


 ともあれ、今の目的は【植物魔法】だ。

「にゃーん(魔法、見せて?)」

 こてんと転がって、ふわふわのお腹をチラ見せしてお願いすると、精霊たちは大いに張り切ってくれた。まずは水の精霊がしゅばっと片手を上げて立候補。

 十体の小さな人魚たちが、海のように空を泳ぐと、柔らかな霧雨が中庭に降り注いだ。

 ぐっしょりと濡れることはなく、優しく肌を湿らせる程度の、恵みの雨だ。


慈雨じう……! ああ、なんてこと……。この目で水の精霊さまの奇跡を拝むことができるとは」

 感極まったかのように、地面に膝をついて祈り始める、シャローン。

 それほどまでにすごい魔法なのだろうか。

 こっそり【鑑定】してみると、ポーション並みの効果のある恵みの雨であるらしい。

 人や動物にもそれなりに効果はあるようだが、大地に根を張る植物向きの回復魔法のようだった。

【鑑定】では、枯れた植物を蘇らせることもできるとか。


(植え直したお花だけで良かったんだけど……。中庭の植物ぜんぶが元気になっているね)

 しかも、花壇どころか、雑草や芝生まで、恵みの雨のおかげで生き生きと育ってしまっている。

これは草むしりが大変そう。

(庭師さん、ごめんなさい)

 心の中でそっと手を合わせておく。

 張り切って、栄養たっぷりの雨を降らせてくれた水の精霊さんも悪気がなかったことは知っているので、きちんとお礼を伝えておいた。

 鼻先でちょん。猫の愛情表現である、あの挨拶をしてあげると、虹色に輝いて消える。


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