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第42話 植物魔法を覚えました 3

 次に【植物魔法】を見せてくれたのは、光の精霊だ。

 自慢の肉球を触らせてあげると、それはもう発奮してくれて、神々しい光を放ってくれた。熱くも眩しくもない、不思議な光だ。

 水の精霊の慈雨じうが体の傷を癒すポーションなら、これは心を癒す効果のあるものだと思う。


「ああ、またしても奇跡が……。なんと美しく、優しい光なのでしょう」

 シャローンはもう感動の涙を流している。

 美貌のエルフが膝をついて一心に祈る姿はまるで宗教画のように美しい。ファンタジーな光景を拝めて、眼福だ。

 一瞬のことだったが、この光は中庭どころか、魔王城全体に降り注いだため、さすがに魔王が駆けつけてきた。


「どうした、何があった勇者よ!」

 開口一番の名指しなあたり、信用されていないのが明白である。

(でも、あながち間違ってもいないんだよね……。ごめんなさい多分わたしが犯人です)

 チートな勇者であるなら、いっそのこと「俺、何かやっちゃいました?」ってとぼけられたのに。

 だが、ここにいるのは「可愛い」を武器にした、非力な子猫ちゃんである。

 執務室から飛んできた魔王の前で、美夜はこてんと転がってみせた。「く」の字にやわらかく身体を曲げながら、絶妙な上目遣いでお腹を見せるのみ!

「みゃおーん?」


 なになに、なにかあったの? わたし、子猫だから分かんない! 

 メイドさんたちなら一発で「どちたのー?」とメロメロになって駆け寄ってくる、魅惑のポージングである。

 全力で媚びる子猫の姿に、魔王もあっさり陥落した。


◆◇◆


 その場はどうにかごまかせたつもりの美夜だったが、当然しっかりと追及された。

 なにせ、王城に居合わせた人々すべてに癒しの光が降り注いだのだ。なんと、建物内部にいても関係なく、城内の虫一匹に至るまでが、光の精霊の恩恵にあずかれたらしい。


「古傷が治りました! ポーションでも消せなかった傷跡なのに……」

「私なんて肌荒れと胃もたれが解消されたわ。ストレスからも解放された気分ですっ」

「先祖代々の呪いが消えたんだが⁉ 国一番の呪術師でもお手上げだった呪いが!」


 次々と朗報が届き、魔王と宰相は無言で天を仰いだ。

 あいにく癒しの光の賜物で、頭痛を覚えることもなく、すこぶる元気だったので、いつものように額を押さえることはなかった。

 宰相テオドールはふう、とため息を吐くと口を開いた。


「慢性的な睡眠不足でしたが、かつてないほどに活力が湧いて出てくるようです」

「うむ。それは良かった」

 魔王が真顔で頷く。報告書をめくりながら、宰相が淡々と読み上げていく。

「大臣たちは肩こりや腰痛、果ては老眼まで治ったと大喜びでしたよ」

「……うむ」


 古傷が治ったと自己申告してきた者はちょうど庭で薔薇の手入れをしていた者なので、水の精霊の慈雨じうのおかげなのだろう。

 肩こりや腰痛などの軽い症状は、癒しの光のおこぼれか。

 慈雨じうのミストをほんのり浴びた可能性も高い。いずれにしろ、魔王城にいた人々にとっては悪いことではなかったので、勇者ミヤを頭ごなしに叱責しづらい。


「私がつい好奇心に負けて、ミヤさまに精霊の召喚をお願いしてしまいましたので……」

 元凶の一人であるシャローンも反省したように項垂れているし、当の子猫がうるうるとした瞳で魔王を見上げてくるので──

「悪気はなかったようだし、問題はないだろう」

 これにて審議は終了、とばかりに魔王が鷹揚おうように頷く。

「アーダルベルトさまっ!」

「テオドール、そう怒るな。皆も喜んでおるし、今回はどうやら精霊たちが勝手に暴走したと聞く。こればかりは仕方あるまい」


 そう、美夜は精霊たちに【植物魔法】を見せてほしいとお願いしただけなのだ。

 最大級の効果のある魔法を次々と炸裂するなんて、思いもしなかった。


「……承知致しました。母上は詳細を報告してください」

「当然ですわね」

 宰相と侍女長が神妙な表情で話し合いを始めたので、美夜は魔王の腕の中から、そっと顔を上げた。問答無用で抱っこされているため、脱走は早々に諦めている。


 美夜は前脚で魔王の腕をたしたしと叩いた。なんだ? と顔を覗き込まれる。

「にゃっ!」

 視線を合わせて「あっちに行きたいの」と訴える。たしたし。

 ふむ、と思案した魔王が立ち上がる。

 宰相と侍女長はエルフ族の【植物魔法】の神秘、その奇跡について熱く語り合っていた。


(今なら、こっそり抜け出しても気付かれない!)


 魔王と子猫は視線を交わすと、頷き合った。

 こっそり執務室から抜け出して、廊下に立つ。


「それで、どこに行きたいのだ?」

「うにゃにゃっ(あっちあっち)」


 曲がり角にくると、曲がりたい方向の魔王の腕をたしたしと叩いて向かった先は、魔王城の厨房だ。

 突然、この国の最高権力者が現れたことに騒然とする場を魔王は腕を振るだけで静かにさせる。さすがのカリスマ性だ。

「ここでいいのか、勇者よ」

「にゃあ」

 こくんと頷く。そう、美夜は厨房に来たかったのだ。

 どこに行けば、目的の物が手に入るのか分からなかったので、てっとり早く厨房を目指した。欲しいものは、野菜。


(なんとなく【植物魔法】が使えることが分かったから、次こそは野菜を育ててみたい!)


 そんなわけで、野菜の種を求めて、厨房にやって来たのだ。

 にゃごにゃごと身振り手振りで説明して、どうにか目当ての野菜を手に入れた。

 まずは比較的、栽培が簡単そうな根菜類から着手するつもりだ。


(ジャガイモもどきにサツマイモっぽいイモ類! あと、カボチャ(仮)にニンジン風野菜も)

 ほくほくしながら、野菜を持ち帰る。

 見た目は日本にあった野菜とほぼ同じだが、微妙に色や匂いや形が違うので、暫定な名前で呼ぶことにした。味も変わらないことを祈ろう。

 もちろん野菜を入れたカゴを抱えるのは魔王アーダルベルトだ。子猫は荷物を持てないので仕方ない。

 この国で魔王に荷物持ちをさせる、唯一の存在であることを自覚しないまま、美夜は魔王の肩に乗り、ご機嫌で尻尾を揺らす。

(さっそく、明日にでも野菜を植えるわよー!)

 農業の知識はあまりないけれど、イモは種イモとして、切って植えることだけは知っている。一応、厨房の食糧庫から芽が出ているイモを選んでもらったので、大丈夫だとは思うのだが。


(おイモは売れるはず! 売れなかったとしても、自分で美味しく食べればいいもんねっ)

 貧乏苦学生だった美夜はイモが好きだった。他の野菜に比べて、比較的安価に購入できる上に、お腹に溜まる食材だったので、とてもお世話になっていた。

 イモ料理のレパートリーには少しばかり自信がある。油で揚げれば、だいたい美味しい。

 ニンジンや豆苗などはリボベジ──再生野菜として栽培して、二度三度と楽しんでいたのは良い思い出だ。

 豆苗はお安いので、よくお世話になっていた。葉物野菜として楽しんだ後は、そのまま鉢植えで育てれば、サヤエンドウやグリーンピースを収穫できるのだ。

 ニンジンは水を入れた小皿にヘタを入れておくと、面白いくらいに葉が生えてくる。サラダにしてもいいし、炒め物やかき揚げにしても美味しいのだ。


(水だけで、あれだけ育つんだもん。【植物魔法】なら、もっとたくさん栽培できるんじゃない?)

 ウキウキしながら、美夜はふたたび魔王に抱っこされたまま裏庭に向かった。

 中庭は『精霊さまの奇跡が行われた場所』として聖地巡礼ツアーのようなものが開催されているので、人目を避けたのだ。

 裏庭は使っていない空き地があると魔王アーダルベルトが教えてくれたので、その土地を借りることにした。お城の持ち主である魔王の許可は貰ったので、念願の家庭菜園だ。


「ここに畑を作るつもりなのか、勇者よ」

 うみゃっと頷くと、「分かった」と腕組みして静観の構え。

 きっと、彼も精霊たちの【植物魔法】が気になっていたのだろう。

「テオドールに知られると、面倒だ。防音の結界を張っておこう」

 共犯者の表情で微笑み合うと、さっそく家庭菜園作りに挑戦する。


 にゃーん、と精霊たちを呼ぶと、前回よりも多くの精霊たちが寄ってきた。

 大地の精霊に光の精霊、水の精霊が楽しそうに舞い踊る。エルフにしか見えないとシャローンから聞いていたが、本当に魔王には見えていないようだ。

 裏庭は畑に向いていない硬い地面だったが、大地の精霊に頼むと、あっという間にふかふかの上質の土に変化する。ジャガイモもどきは魔王に頼んで、魔法で切り分けてもらう。

(このまま土に植えていいのかな? いいの? よし、じゃあそのまま入れちゃう!)

 いいよいいよー、と大地の精霊に頷かれたので、前脚で土を掘って埋めてみた。犬には負けるが、猫も埋めるのは得意なのだ。苦手な食べ物とか、臭い匂いのするものには土をかけます。


 結局、根菜類はすべて土にそのまま植えることになった。

 大丈夫かな、と多少不安を覚えないでもなかったが、自信満々な大地の精霊を信じることにした。

 次は私の出番! とばかりに水の精霊が雨を降らせる。

 光の精霊も優しく、あたたかな光を照らしてくれた。

 魔王の結界のおかげで、音や気配を遮断できているため、誰にもバレることなく、【植物魔法】を展開させることができた。


(ジャガイモもどき、どんな味なんだろう? 煮物やシチューにはしっとりした食感で煮崩れしにくいメークイン。ほくほくの男爵イモはポテトサラダやコロッケに向いているんだよね。もしかして、キタアカリに近い種類だったら、甘くて美味しいからポタージュにして食べたいなー)


 そんなことを考えながら、ひとつひとつイモを埋めていったからか。

 大地と水と光の精霊たちが力を合わせて【植物魔法】をかけてくれた畑からは、三種類のそれぞれ味や食感の違うジャガイモが実ることになった。

 そう、魔力を提供した美夜の念が通じたのか、精霊たちが気を遣ってくれたのか。

 異世界のジャガイモのもどきは、元の世界の美味しいメークイン、男爵、キタアカリとして転生してくれたのだった。

 もちろんサツマイモっぽい野菜も、ねっとりクリーミーな安納芋あんのういも、濃厚な甘味たっぷりの紅はるか、絹のような滑らかな口当たりのシルクスイートが収穫できた。

 ちなみにカボチャ(仮)とニンジン風野菜に関しては、あまり知識がなかったからか、スーパーでよく買っていた、普通のカボチャとニンジンが実った。これはこれで食べやすいので嬉しい。


(美味しい野菜が作り放題! やったね!)

 大喜びの子猫を抱き上げながら、魔王は複雑そうな表情で家庭菜園というには立派すぎる、裏庭の一角を眺めた。

 単なる空き地だったはずなのに、今では根菜が大量に育っている。


「思った以上にとんでもない能力だな……。これはやはり、利用されないよう護衛が必要か」

 何事かを思案しながら、ぽつりとつぶやく魔王アーダルベルト。


 美夜はそれを、【植物魔法】を使える精霊たちの能力のことだと思ったのだが、エルフしか交流ができなかったはずの精霊を従えることのできた自分のことだとは思いもしなかった。



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